「……何処まで情報を掴んでいるわけ?」
雫の問いに、梓は首を傾げる。
或いは、悪戯めいた、または子供っぽく笑みを浮かべて、
「何処まで、とは?」
「しらばっくれないで。研究部門に居るあんたなら、分かるはずでしょう。オーディールの技術を盗むために潜入したスパイが居るか居ないかぐらい、はっきりとしているのでは」
「残念なことに、この国にはスパイを取り締まる法律は存在しない。それぐらいは、公僕であるあなたも知っているはずだけれどね?」
戯言だった。
或いは、無駄な時間と言って良い。こんなことを延々と話している暇があるのなら、少しは建設的な会議を開くべきである。
さりとて、それを言ったところで解決するはずもない——ということは紛れもなく事実だ。実際問題、確かにここでああだこうだと言っているのは側から見れば無駄と考えるのが当然だろう。
しかしながら、言ったところで——。
「……オーディールの技術を盗みたいと思っている国は沢山居る。それは、事実です。だけれど、それを如何にかして守っていくのがこの国。既に大々的にオーディールの存在を公表しているから。それに、オーディールが複数機居る唯一の国でもあるのだからね」
「この国が? 何故?」
雫の問いに、梓も首を傾げる。
「……そんなこと、わたしだって知りたいぐらいよ。異界の存在も、この国が良い国だと思っていたのかもね」
そう言って、梓は立ち去っていった。
モニターの中では、未だ二機のオーディールが向かい合った形で停止している。
◇◇◇
「……こうも動かないと、少し困るな」
三度、聡のコックピット——或いは公園の一角。
フィールドである砂場では、二機のオーディールが立っている。砂で出来ているそれは、壊そうと思えば簡単に壊すことの出来るぐらい、脆いものではあるのだろうが——しかし、それをしようとする度胸もない。仮に自分が乗っている機体を、コックピットの中で壊してしまったなら如何なってしまうのか……あまり考えたくはなかった。
「如何すれば良いのだろうね?」
聡の隣に座る少女は、ポツリと彼に問いかけた。
問いかけたところで、明朗な答えが出てくるはずもないだろうに。
「如何すれば……。いや、こんな簡単に出来るはずが?」
「ない、と?」
「ない……うん、難しいと思う。だって、相手は如何いう手を出してくるか、さっぱり分からないし……」
「分からないから、戦う前に諦めるの?」
少女の言葉は純粋で、しかし鋭く聡の心に突き刺さる。
「そんなつもりは……」
「いいや、そんなつもり、でしょう。実際、如何やって倒そうか決めれば良いだけの話なのに、何故最初の一歩を踏み出すことが出来ないのかしら? その一歩さえ踏み出せれば、あとはそう難しい話でもないでしょう。或いは……この空間は仮想空間であることを、あまり理解していないのかしら」
「仮想空間……」
分かっているつもりだった。
この空間は現実ではなく——この戦いのために設けられている仮想的な空間であるということを。
即ち、幾ら傷つけようが傷つけられようが、現実にはノーダメージなのだということを——分かってはいても、なかなか一歩を踏み出せずにいた。
「分かっているさ。分かっているけれど」
「でも、進まないと。ほら」
少女は、砂場に手を伸ばす。
相手のオーディールがゆっくりとこちらに歩き始めてきた。
そのスピードは徐々に、徐々に——加速度的に上がっていく。
「急がないと。避けないと。……幾ら仮想空間だからって、ダメージは負いたくないでしょう?」
逃げないと。
聡は思うと、オーディールも右に避けてくれた。
パイロットが思えば、どんなことだって実現してくれる——願望機。
それが、オーディールなのだ。
「避けないと……」
「分かっているよ!」
分かっている。
頭の中では避けないといけないことぐらい、とっくのとうに分かっていることだった。けれども、行動がそれに伴わなかった——。
分かっていたのに、一切動くことが出来やしない。
そして——聡の乗るオーディールは、もろに敵の攻撃を喰らってしまうのだった——。
◇◇◇
シミュレートマシンから出てきたエーデルワイスは、不服そうな表情を浮かべていた。
「お疲れ様、エーデルワイス」
マリアの言葉を受け取ってもなお、釈然としない表情を浮かべていた。
「如何したの、エーデルワイス?」
「……見ていなかったの? あの戦闘を」
「戦闘……」
見ていなかったわけがない。
エーデルワイスと聡の戦いを、だ。
「見ていたわよ。圧倒的な勝利だったじゃない、もっと喜んでも良いのではなくて?」
「……あんな戦いで、あんな勝ち方で——喜べるとでも? もしそんな奴が居たとしたなら、戦士としての誇りをかなぐり捨てた人間と言っても差し支えないでしょうね」
「戦士の誇り、って……。古代ローマとかじゃあるまいし。ただまあ——あの戦いは流石にどうかと思うけれどね」
マリアは横に視線を移す。
隣に項垂れる様子で立っていたのは——聡だった。
完膚なきまでに負けてしまったからか、一言も発することなくシミュレートルームから立ち去ろうとしていた。