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二十九話「ケニー・ジャックとその兄弟達」




 戦いの火蓋は切られ、激しい熱気と黒い慟哭がその場を支配した。




 黒い黒煙の向こうで人は戦い、血を流していた。

 剣が風を切る音が響き、魔物の鋭い叫び声が聞こえた。


「――【魔法】!!!」


 魔法使いが空に向かって各自の魔法を打ち上げる。

 カラフルな閃光が空を舞い、それは魔物の命中する。


「サリー!!」


 そんな時俺は、満身創痍のサリーに駆け寄っていた。


「……サリー」

「重症で意識を失っています。治療をしますので離れてください」


 ふと、優しい香りの金髪が揺れた。

 近づいて気づいたのだが、サリーにいち早く駆け寄り、魔法を掛けていたのは。

 中央広場まで魔物を誘導するときに協力したナタリーだった。

 修道女の様な服装の彼女が杖を取り出し、温かい光をサリーに当てる。


「ナタリーさん。俺もやりますよ」

「……手が空いているなら貸してほしいです。この怪我は……」


 ひと目でわかる。その現状の酷さ。

 サリー・ドード。右腕はおかしな方へ曲がり。腹は裂け血が滲んでいた。

 既に少し冷たくって。その強面な傷跡と別に、様々な場所に傷が生まれていた。

 前線の、厳しさを感じた。


「わかりました。手伝います」

「詠唱します」


 二人で息を吸い、宣言した。


「――世界のマナよ、人の痛みを癒やし、清らかな加護を宿らせろ」


 杖が光り、温かい光がサリーを包んだ。


「――【魔法】ヒール」

「――【魔法】ヒール」



――――。



「世界のマナよ、台風を起こし、強大な影響を与え給え!!」



 ゴゴゴと、ガガガと。

 そう轟く轟音が戦場を支配した。

 そして白髪の少年、サヤカは言った。


「――【魔法】ザ・ストーム」


 刹那、天地一変。

 激しい風が魔物を上に持ち上げ。空に縦横無尽に放り投げられた魔物を目に映した瞬間。


「世界のマナよ、大気の熱量を奪い、その姿を、変え給え!!!」


 空に生成される青白い塊、それが空に鋭い形で30程生成された瞬間。


「――【連鎖魔法】氷の剣」


 鋭い氷の塊が魔物へ直進する。

 鈍い音を出しながらその氷の塊は魔物に突き刺さった。

 が、それは核には届かず、ただ魔物を奥に押し返しただけだった。


「……ダメなのか……どうすれば」


 元々、核は慣れていない人間は壊すの困難だと言っていた。

 正直一撃で核を壊せるとは思っていない。

 核を見つけても、それを壊せなきゃ意味がない。

 壊せなきゃ、行けないんだ。


「……くそ」


 核は硬いし、小さいのだ。

 大きさで言えば、ボクの拳くらいの大きさらしい。

 それを正確に狙うまでは出来る。

 だが、その核の硬さは一流の騎士ですら切り落とすのは至難の業であると言っていた。


「――世界のマナよ」


 でも、諦めるわけに行かない。

 ここで攻撃をやめてしまったら。

 ボクはただの木偶の坊だ。

 何かはしなければいけないのだ。

 地面をひっくり返して手でも、魔物の進行を止めなきゃいけない一大事なんだ。


「――【魔法】篠突く雨」


 空が黒く曇り、その場に強い雨を降らせた。

 ボツボツと降りしきり、戦場を濡らしていった。


「君!」


 すると、遠くから騎士が駆けつけてきて。


「その魔法を続けてくれ!ここらへんの地形は土が柔らかいから、雨で魔物の足が挟まるかもしれない」

「わかりましたが……それは騎士の皆様も同じなのでは?」


 雨の魔法は、騎士と魔物が戦っている少し奥の方で行った。

 この魔法の意図は連鎖魔法だ。

 熱霧をこれに重ねれば、魔物も弱るのではないかと言う憶測による。

 だけどこの魔法を、騎士と魔物が戦っている場所で降らせてしまったら。

 魔物にも有効かもしれないけど、騎士たちも。


「大丈夫だ!!雨を利用した戦い方がある。それを使えれば、戦況が変わるかもしれない!!」

「……わかりました」


 そう言うなら、やってもいいのだろう。

 わからないけど、近衛騎士団は雨が得意なのだろうか?


「――【魔法】篠突く雨」


 音を立てて、水が降り注ぐ。

 なんとも言えない匂いが、その戦場の恐ろしさを隠していた。

 でも、聞こえてくる黒い慟哭。

 聞こえてくる、人の叫び声。



 激しい雨が戦場に降り注いだ。



――――。



「あめ……」


 一人の騎士が、腕を無くした状態で言った。

 いいや、騎士と言ってもいいのだろうか?

 違うか。

 俺は、人間だ。


 雨が降っていた。

 その場は、騒然としていた。

 血が流れていた。

 黒い何かが蠢いて、それは叫びながら人を殺した。

 ザクザクと、グチャグチャと。

 ありえない方向に引っ張られて、ちぎれていく仲間を見た。

 そして俺は、この場所に仲間を導いた。

 俺が扇動したんだ。


 馬の音がした。

 俺の剣は折れていたし、戦えなかった。

 目には絶望が写って、その先には知ってる顔があった。

 腕が千切れた痛さなんて感じなかった。

 感じるのは、胸の痛み。

 苦しみ。

 後悔。


「へる……く?」


 知ってる青年の顔だった。

 顔、頭だった。

 俺が切り倒した魔物の爪に。

 突き刺さっていたその頭部。

 絶望の顔で、ありえない程なにかに満ちているその表情。

 それに、無慈悲に、爪が突き刺さっていた。

 俺は知っている。

 俺がもう少し早く来ていれば、助かったかもしれない命だ。


「――――」


 そして、今も尚。人が死んでいる。

 誰かを守る為と大義名分を掲げて、俺より“強い”人間が戦っていた。

 剣を向けて、地獄を見て、足がすくむけど、それでも戦う。


 俺は、カール・ジャックだ。


 団長だ。


 だけど、俺は。


 弱い人間だ。


 数々の絶望を見る毎日だった。

 昨日まで喋っていたやつが居なくなったり。

 その地獄を見すぎておかしくなるやつも居た。

 俺は優秀じゃないし、弱いから、割り切れなかった。


 ――前代未聞だった。

 前代未聞のこの魔物の襲撃に。

 俺は流石に、死期を悟った。

 だって、無理だったんだ。

 俺がもっと、ちゃんと指示ができていれば、変わったかもしれない。

 このヘルクと言う青年の未来も、ここで死に突き進む英雄を救うことも。


 考えるのは、後悔の事。

 体の痛みより、胸の痛み。

 弱く脆く、それが俺であり。

 それが人間だ。


 ずっと震えていた。

 ずっと考えていた。

 ずっと知っていた。

 俺は弱くって、周りが異常だと。

 いいや、俺が異常なのかもしれない。


 何も守れてないのに、俺は団長になった。

 それが間違いだったんだ。


 アンナ、見てるか。

 俺を呪ってるか。

 俺が救えなかったお前は。

 きっと、俺に死んでほしいと思ってるんだろ。


「報いが、来たぞ。アンナ・イザル」

「――兄さん?」


 その時、声がした。

 振り返ると、知ってる顔だった。

 馬に乗っている兄弟だった。


「ゾニー」

「カール兄さんの死に場所はこんな場所じゃない……雨が降った。つまり、勝機だよ」


 俺の状態を見てもなお、言葉を考える時間も無く咄嗟にそう言った。

 どうしてお前がそんな事を言うのだろうと思った。

 だけど、そうか。

 みんなどこか弱いのか。

 そう言えば、父さんも弱い所があったんだ。


「…………」

「ほら、立って。戦うよ」


 俺の腕をそう引っ張ってきた。

 でも俺は、片腕がもう無くって。

 だけど、左腕をゾニーが掴み上げて。

 でも、馬から降りれないようだった。

 その理由は。ひと目見れば分かった。

 片足が、折れているのだ。


「僕も片足が折れてる。だけど戦わなきゃ、もっと人が泣いちゃう」

「………」

「腕が無くても、

 足が無くても、

 頭が無くても、

 頭しか無くても。そいつは戦った。

 だから、みんなが英雄で、みんなが勇者なんだ」

「……俺も英雄、か」

「ねぇ兄さん。ケニー兄さんも居るんだ」

「……そうだったな」

「せめて、兄弟は守ろう」


 そう言えば、ケニーもこの戦いに参加しているのか。

 おいおい、こんなタイミングで俺の後悔を思い出すなんて。

 だめだな。

 だめなお兄ちゃんだ。


「馬を持ってこい」


 俺は白馬に飛び乗った。

 いつも乗り慣れたその心地に、俺はもう一度覚悟を決めた。

 そして、その折れた剣を左腕で持って。

 俺は魔力を、その剣に込めて。


「――【魔剣】五月雨」


 剣を空に掲げて、そう唱えた。

 すると、剣が青く光って。

 周りに降ってきている雨が青く、淡く光り輝いた。


 ――希望の雨。


 この世のどんなものにも、魔力は宿っている。

 草にも木にも、雨にも雲にも。

 だから、水に含まれた魔力が。

 空高くにある、長年使われていなかった魔力を地上に運んでくれる。

 その現象を、『魔力の雨』と言った。

 その魔法を使うためには、空高くの魔力が必要だったのだ。


 青く光る雨は、騎士の体に染み渡り。

 それはバフとなり。

 雨に当たる度に、傷口がゆっくりと塞がっていく。

 騎士の傷を癒やしながら、体に入ってくる魔力を剣に流し。


「さぁ、お前らの恐怖の顔は。どんなもんかな」


 魔物に指を指し、そう呟いた。

 ヘルクのセリフを、ヘルクの思いを背負い。

 その騎士達は己の剣を鮮やかに光らせながら。

 団長――カールは、また剣を振った。



――――。



「急患だ!腕が折れちまったみたいで」

「わかった!そこに寝かせてくれ」


 第四防衛ライン。

 医療テント内。


「ケニー!そこの薬を持ってきてくれ」

「これか?」

「違う!その横の奴だよ!」

「あいよ」


 トニーが必死にそう叫ぶ。

 医療テント内には7人の人間が走り回っており。

 俺、トニー、エミリー(赤毛の少女)ナタリー(金髪の修道女)。

 他3人の魔法使いが、騎士の怪我を治していた。

 急ぎ足で走りながら、各自杖を唱え薬を飲ましたりしていた。


 ぱっと見、24人くらいは来た。

 全員体力切れや剣が折れたり、足が折れて動けなくなったりしていた。

 そう人に、痛み止めや魔法を駆使し。

 何とか治療を回していた。


 常に気を抜くことは出来ず。

 いつ前線が崩れるのか、いつ魔物の侵略を止めれるかすらわからないから。

 永遠にこの忙しさをやらなきゃ行けないかもしれないと言う焦りと。

 この戦いに未来があるのかと言う焦り。

 肉体労働もそうだが、精神的にも辛い。


「この実を齧れ」

「んっ……く」

「足の怪我は今から治す、まずは魔力を回復しろ」


 騎士に、特別な実を食べさせる。

 茶色い見た目のその実を齧れば、魔力も体力も回復らしいのだ。

 俺は試したことがないから知らないがな。


「俺、見たんです」

「……見た?」


 それは、実を食べたばかりの騎士が言った。

 声色は震えていた。

 全身の、震えていた。


「俺が魔物に切りかかって、戦っている時」

「………」

「魔物の奥に、ツノを生やした人間が立ってたんです」

「は?ツノを生やした人間?」


 何を言っているんだろうか。

 頭がおかしくなってしまったのだろうか。

 いいや、ダメか。

 こいつらをそうゆう風に見るのはだめか。


「そいつは……どうなったんだ?」


 俺はそう話を聞いてみた。

 すると、騎士は言った。


「笑いながら、魔物を操っていました」


 ……魔物を操る?

 そんな事が可能な人間が居るのだろうか。

 どこの本にも乗ってなかったぞ。そんなの。

 これがこの騎士のおかしくなった戯言だとしても。

 そんなものが、幻覚で見えてしまうなんて……。


「――え」

「伝令。魔物の数減少。残り約200体!!」


 その時、医療テントに人が駆け込んできた。

 見た目からして戦況を報告してくれる人間だ。

 焦ったようにそう告げる。

 ……後200体か、随分数が減ってきたな。これは勝てそう。なのだろうか。

 いいや、200は多いな。一匹でも大変なのに。

 …………。

 でも、どうしてこの場所に来たんだ?

 わざわざどうして戦況を報告してくれる人が……。

 その時、目に入ってきたのは見覚えがある姿だった。


「兄さん……?」


 俺は医療テントの奥の方で仕事をしていたから気づかなかったが。

 テントの入り口近くの担架に、カール兄さんが寝転がっていた。

 カール兄さんがここに運ばれたのはいつくらいだろうか。

 奥で仕事をしていたから分からないけど。ここに居ると言うことは……。


 恐る恐ると、カール兄さんに近づいた。


 色の抜けた銀髪が水で濡れた様に萎れており、その右腕は無かった。

 だけど血は止まっているらしく、だが、切断面は布で包まれていた。

 意識は少しだけ朦朧とし、疲れ切っているようだがある。

 朧気な声で、カール兄さんは言う。


「200か、多いな。報告ご苦労」


 初めて聞くその死にそうな声。

 戦争とは、こうゆうことなのだろう。

 ヘルクも嫌がるわけだ。


「そしてもう一つ、重大な報告が……ありまして」

「……もう知ってる」


 物怖じする様にテントの入り口に立っている人は言うが。

 カール兄さんは、何かを感づいていた。


「死亡者数、約94人。負傷者数、86人」

「……そんなに」


 そんなに、とは俺の言だ。

 死亡者数、94人。

 あぁ、そうだよな。

 ここに来る人がなぜ目に絶望を写しているのか。

 その時点で察するべきだったんだ。

 前線では、大勢が死んでいるんだ。


 負傷者も、多分ここにたどり着いてないだけで外にも居るのかもしれない。

 さっきからナタリーやエミリーが見当たらないのは、外で治療を行っているからかもしれない。

 そうだよな。

 いつもそうだ。

 状況は常に、絶望的。


「事実上、前線の崩壊です」

「……はぁ」


 カール兄さんはそうため息をついた。

 つまり、前線が崩壊したと言う事は。

 数分もすれば、この場所にも魔物が……。

 作戦は失敗したと言う事なのだろうか。

 街を。守れなかったと言う事なのだろうか。


 ……ため息をつきたくなるのもわかる。

 すべてが遅かったかもしれない。


「兄さん、言いたい事があるんだ」

「……ケニー?」


 自ら兄さんの元へ歩く。

 兄さんはそこで初めて、俺が居ることに気づいたようだった。

 俺は、考えも無く、話しかけた。

 特に何か言いたいことがあるわけでもなく。

 多分、衝動的にだと思う。


「兄さん」


 だけど、言わなければ行けない気がした。


「父さんの家を、父さんの墓場を守ってくれて……ありがとう」


 街もそうだし、サヤカも大事だ。

 だけど、今回この戦場に来た一番の理由は。

 父さんの生きた世界、発展させた街。

 そして父さんが眠っている墓場を。

 守りたかったんだ。


「ごめん。俺にもっと、力があれば」


 自分の言葉ではない様だった。

 だけど、思ったより言葉がスラスラと出てくるもんだから。

 自分で自分に驚いていた。

 諦めだったと思う。

 どうしようもないと理解した。


「ケニー、いいんだ。仕方がなかった」

「……」


 担架から上半身だけ起き上がり。

 色が抜けた銀髪の男がうつむいた。


「ケニー」

「なんだ?」

「ヘルクが死んだ」

「…………そう、か」

「ケニー」

「……なんだ?」

「ヘルクなら、ここでなんて言うと思う?」


 ヘルクなら、ここでなんと言うか。

 そんなの決まっている。


「――さぁ、君たちの恐怖はどんな顔なのかな。だろ」


 あの言葉を思い出した。

 初めてヘルクやサリーと会った時。

 最後に親父と再会した時。

 そう言われた。


 今思えば、初対面だからやばい奴だと思ってたが。

 今日喋った時に感じたのは。

 まともで、部下想いで、でも敵には容赦しなさそうなイメージだ。

 きっと、仲間には情が熱い人間なのだろう。

 強く、勇敢で、かっこよく、仲間がいて。


「……ヘルクは、敵にだけそう言うんだ」

「………」


 傷が残った体で、右腕がない体で。

 カール兄さんは顔を上げた。


「戦争はいきなり始まる。

 ただの騎士程度では、戦いを未然に防ぐことは出来ない。

 その戦いで、どう足掻き、何を残すのか。

 それが騎士の努めであり。

 ――優しい人はみんな助ける。それが僕の目標だ」


 ………。

 聞いて感じた事は単純だった。

 その言葉は、どうしようもない“善人”が言うセリフだったのだ。

 あの狂気の少年の言葉だと思えず。

 だけど、どこか納得してしまう。

 あの背中が、あの少年に、似合ってる気がした。

 そして、俺は気がついた。

 そんな善人が、守りきった人間が居ることを。

 それは街の人間もそうだし、俺たちもそうだが。


 俺の後ろで、強面の騎士がボロボロと泣いている音を隠しきれていなかった。


「ケニー」

「………」

「足掻き、何を残すか……それが騎士の努め」

「あぁ」

「まだ、諦められるわけないだろ」


 そうか。

 まだ諦めてないんだ。

 兄さんは、まだ戦うつもりなんだ。

 そんな体で。

 そんな表情で。

 そんな……剣で。


「――報告です!!」


 テントのいきなり入ってきたその報告が。

 俺たちの足を、もう一度動かすきっかけになった。


「死神と名乗る男が、交渉を持ちかけて来ています!」



――――。



 既に、日が落ちかけていた。

 戦場には静寂が走り、拠点の奥。

 丘の先には、白い目が整列して鎮座していた。

 そして、その中心に。


「始めまして。人間の皆様。私の名は、死神と言います」


 黒い髪の毛を持ち、一本のツノをおでこか生やした。

 人形の、男が立っていた。






 余命まで【残り28■日】


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