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四十一話「ストーカー」



 時刻、午後四時頃。

 ゾニー・ジャック。喫茶店に入店を確認。

 と、俺はメモをしてみる。

 カキカキと。


 現在、俺は喫茶店の物陰から怪しい人物を見つけるためにゾニーの後をつけている。

 サヤカに選んでもらった服は、結構しっくり来ており。

 あまり目立っていないように思う。


「注文内容はコーヒー。と」


 特に意味はないと思うが、なんというか。

 あまり絡んでこなかった弟の趣味や好きな物がわかるかもしれないと思うと。

 俺の腕にある筆がはかどった。


 ちゃんと許可は取ってるぞ?

 ゾニーも嫌々ではあったが了承してくれている。

 だから俺はあくまで犯罪を犯しているわけではない。

 ゾニーのことを思ってやっているのだ。

 ちゃんと犯人は見つけるさ。


「んっ。あれは甘いで有名なケーキじゃないか」


 ゾニーは甘いもの好き。と。



――――。



 兄さん。なにメモを取っているんだ……。


 喫茶店の窓から見える黒ずくめの男に向け、僕はそう思った。

 この時間からこのケーキを食べるのは僕の趣味だけど。

 兄さん、ただ僕の趣味を探っているだけなんじゃない?


「……と言うか、別に兄さんが来てくれなくても。ストーカーくらい自分で捕まえられるのに」


 実際ストーカーされていると気づいていたのは僕だ。

 ただ、その先に起こる面倒事と、考えていた事があったから僕からアクションを起こさなかっただけであり。

 だから、要するにだ。


「別に、兄さんが居なくっても……」


 そうだ。兄さんが居なくっても解決していると思う。

 ただ不愉快だったと伝えただけで動いてくれる兄さんは、お人好しすぎる。

 どんなけ優しいんだ。


「あっ、トーストもお願いできますか?」


 と、店員に告げ。僕はいつも通りに本を取り出す。

 パラパラ、そう捲ると。

 ――世界は循環した。

 この一枚一枚に、色んな世界が展開されており。

 見ているだけで異世界に連れて行ってくれる本が、好きだった。


「……来たか」


 やはりいつもどおりだ。

 この時間にこの喫茶店でトーストを注文すると現れる。

 それも、必ず。

 本を捲りだした瞬間にだ。


「背後?違うか。これは三時の方向か?……右後ろ側だな」


 そいつに聞こえないくらいの声量で、そう僕は呟いた。

 感じる熱い視線、感じる形容しがたい感覚。

 本を捲る時現れるストーカー。

 ――今、右後ろの机に座っている。


「………」


 ケニー兄さんは見つけているのだろうか。

 いいや、多分まだだ。

 僕が外に出て、相手がついてこなきゃ多分ケニー兄さんは見つけられない。

 ここで座って、ストーカーの気配を感じ取れるのは。

 僕だけなんだ。


 ペラペラと、本を捲りながらコーヒーを啜る。

 そして本格的に、僕はそいつを意識した。

 今まで面倒だなと言う理由で野放しにしていた。

 だが、それはなんの解決にもならない。

 いまこそ、動くときなんだ。


「――っ!」


 勢いよく、僕は後ろを振り返った。

 犯人の顔を見てやる。

 もし戦闘になっても、体術には自信がある。

 だからこそ出来る芸当だ。

 そして、僕の視線の先には。


「……ん?」

「……?」


 びっくりしたような顔で僕を見ているのは、知らないお婆ちゃんだ。

 知らない老人だ。


「…………」


 あれ、違うな。

 この人からは視線を感じない。

 あの嫌で、不愉快な視線は感じないぞ。

 どうして?おかしいな。

 僕が人を見間違えるわけない。


「……振り向くのを察知された?」


 そんな手練なわけ……。

 いや、ありえるな。

 犯人像が掴めない今だからこそ、どんな可能性だってありえるんだ。

 一体誰だ。

 何かしらの刺客か?にしては長期間仕掛けてこないのは変だな。

 今の所、本当におかしい狂人しか浮かばない。

 僕に何かしらの復讐心を持っていて、それを晴らそうと機会を伺っている。


 魔法大国グラネイシャ・王都近衛騎士団は出張が多い。

 数匹の魔物が敵な場合もあるが、ある時は密輸組織であったり。

 ある程度組織化された犯罪集団だったりもする。

 だから、知らぬ間に恨みを持たれていても不自然じゃない。


 犯人の実態がほしい。


「お待たせしました。トーストです」

「……あ、ありがとうございます」

「たまごペーストと、オレンザペーストがございますが……」

「オレンザペーストでお願いします」


 僕はいつもどおり、そのトーストにオレンジ色のオレンザを塗る。

 これ、酸っぱくて美味しいんだよなぁと少しだけ頬をとろけさせるけど。


 それは刹那の一瞬で、直ぐにストーカーの事で頭がいっぱいになった。



――――。



「突然振り返る癖あり。と」


 その頃ケニーは。

 何も気づかず、弟の奇行を淡々とメモしていた。


「うーん。特に異変はないな」


 ただオレンザペーストのトーストを食べてるのは意外だったくらいだ。

 他の異変は特に感じないな。

 ……そう言えばだが、どうしてゾニーは付けられていると気づいたのだろうか?

 明らかに相手が怪しい挙動などをしていたのだろうか。

 そこらへんを聞いておけばよかったなぁ。


 ……ストーカーがゾニーにどんな感情を抱いているのだろうか。

 世間的にストーカーと言うのは、歪んだ愛や嫌がらせなどが目的だったりする。

 それも人の後をつけると言う悪趣味は。

 やはり、狂っていると思う。


「……」


 ゾニーが店を出ると、そこから道を歩き始めた。

 俺は見つからないように後をつけ、遠くから怪しいやつが居ないかと目を見張る。

 だが、ぱっとみ全て同じに見えるのは俺だけなのだろうか。

 ……俺の目が悪いだけなのか、それとも。


 ゾニーの勘違いか……。

 流石に弟を疑いたくはないけど、勘違いだとしたら。

 俺はゾニーが心配だ。

 今だにあいつの腹の中が分からない。

 何かしらの心変わりがあった事は見ていればわかる。

 だけどそれを、俺に相談とかする素振りがない。

 ただ忽然と、人間が変わるように、あいつは感情が無くなった。


「……なにか、あいつのためにしてやりたい」


 俺は諦めない。

 あいつの為に、あいつの真意を知りたい。

 それは気になるとかじゃない。

 兄として。

 血がつながっている兄として。


「いてっ」

「あ」


 イッテェ。

 突然現れた黒い人影。

 それは俺の胸くらいの身長の人間だった。

 そしてそいつと、今ぶつかった。

 声色的に女の人だろうか?どこか聞き覚えが。

 あぁ、でも謝らなきゃ。


「す、すいません。前を見れていなく……って」

「……!?」


 明らかに悪いのは俺だ。

 何故ならゾニーの様子を見るのに夢中になりながら。考え事をしていたのだ。

 前を見ていなかったのは明らかに俺だ。

 俺に非が……。


「え?」


 次の瞬間。

 その人影が、俺の顔を見た瞬間に路地裏に走り出した。

 ん??どうゆうことだ。

 そんな怖い顔だったか、俺の顔。


「……ん?待てよ。あいつのあの小柄な感じ」


 どこかで見たことが……。

 まさか、あいつがストーカーだったりするか?

 まさかぁ……。


「…………」


 拍子抜けな顔から一変、ケニーは路地裏に走り出した。


 いや明らかにそうだろ。

 あいつもゾニーの事を見てたから俺にぶつかったんじゃねぇのか?

 ゾニーの兄弟である俺に気づかず。

 ぶつかり、俺の顔を見て気づいた。

 つまり、俺の事も知っている人物と言う事だ。

 だからあいつ。

 俺とゾニーと、面識があるぞ。


「まてぇ!」


 路地裏の奥へ行くと、そこには分かれ道があった。

 右側は地下へ進む道で、左は大通りへの道。

 どっちだ?

 どっちに曲がったかまでは見えなかった。


「……くっそ」


 お手上げか?

 いいや。

 考えろ。どうすればいい。

 アイツを捕まえるためには、どうすればいいんだ。

 ふと、俺は右下にある水たまりを見た。

 別に前日に雨が降っていたわけじゃないが、この家で水蒸気が出ているのか。

 そこから水たまりが……。


「……一か八か、やるか」


 俺は杖を取り出し。

 久しぶりに握る感触を噛みしめる間も無く。


「世界のマナよ、鏡の世界へ誘い、我々に反転世界を見る権利を与え給え」


 刹那、杖の先から雫が落ち。それは水たまりに落ちると。

 その水たまりに、ビジョンが映された。

 マナはどこにでも存在する。

 そしてマナは、環境により変化する。

 水に含まれているマナは、その水が何かを反射しているだけで変化する。

 それは、反射して映った物を、数分だけ記憶すると言うマナ変化だ。

 それを反射世界などと言ったりするが。名称などはどうでもいい。


「右か……」


 俺はその水たまりに反射した。奴の影が向かった先を睨む。

 そこは地下への入り口だった。

 俺は、そこに直進した。



――――。



「兄さんはどこに行ったんだろうか……」


 さっきから兄さんの気配がない。

 どうしたものか。

 僕を見失ったのか?

 そこまで早足な訳ではなかったと思うんだけど。


 ゾニーは街の中心部、中央広場跡地でそう呟く。

 ――第一次、大規模魔物群討伐作戦。

 兄さんや現地の人間は魔物の進軍や侵略と簡単に言うが。

 実際の名称はこういう物だ。

 街に漏れた魔物を一掃するため、ここ、中央広場にて作戦が行われた。

 その影響で、本来あった噴水などがなくなっており。

 その跡地に、『平和祈念像』と言う銅像が建設されている。


 僕自身、こうゆうものをくだらないと思っているのだが。

 まぁ、人の支えになるなら。あったほうが良いと思う。

 死亡者こそ居なかったが、その一件で街の住民は恐怖を覚えているらしく。

 この街を去った人も少なくないそうだ。


 だが、この街を離れなかった人間も一定数居る。

 そんな人らは、再建を願い壊れた街を直していると。


 人間はやはり凄いなと、感心してみる。


「……」


 もちろん、兄さんもだ。

 あの一件で、兄さんのイメージがガラリと変わってしまった。


「……兄さんは、かっこよすぎるよ」


 ゾニー・ジャックはそう呟き、自分の宿屋へと戻った。



――――。




 その頃ケニーは。


「捕まえたぞ……!」

「……ハァ、ハァ」


 ストーカーを捕まえていた。

 腕に掴んだ人間。

 それは先程から追い求めていた正体だった。


「どうしてこんな事をお前がしてるんだよ」

「……いや、その」


 ふと、懐かしい金髪が揺れたと思うと。

 エマとは違う儚さを持った淑女が顔を出した。


 ストーカー。

 否。

 金髪美女、ナタリーだった。




 余命まで【残り219日】


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