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五十八話「魔道具ディスペルポーション」



「……これが」

「そう、これが」


 俺がその瓶を持ち上げると、中にある液体がドロリと揺れる。


 【――魔道具ディスペルポーション――】


 少し汚れている瓶。それを俺は掴み上げ、慎重に確認する。

 すると、瓶の裏側に何やら紙が張り付けてあり。


「これは……」


 瓶の裏には、食品のように。生産地や生成方法などが書かれている紙だった。

 そしてそのポーションの詳細を読むと。


『スネーク・デーモンから採取された魔力から毒への変換機関を調べ。

 毒を魔力へ分解する新たなポーションを生成しようと努力した。

 我々小人族は様々な方法、錬金術を用い。ついに完成した品である。』


 ……なるほど。

 スネーク・デーモンの体の一部を使って作られたポーションと言う訳だ。

 これを俺が使えば、体の毒を、呪いを魔力へ変換し治療することが出来るらしい。


「見つけた」

「ここまで来て、正解だったね」


 安堵したようにケイティの肩が下がる。

 本当の実在していたこのポーションを見て、俺もどこか胸がスッキリしたような感覚だ。


 だが、今すぐここで使う事は出来ない。

 何故なら、こんな話があったからだ。



――――。



「できればなんだが、ポーションは一度持ち帰ってほしい」


 小さなお爺さん。

 ハミ・ガキコさんがそう申し訳なさそうに言う。


「何故でしょうか?」


 と、ケイティが聞くと。


「そのポーションがあれば、そうゆう毒や呪いに侵された人間を救えるかもしれない」


 確かにその通りだ。

 きっと俺以外にも、病に侵されている人間はいる訳で。

 ……つまり。


「ここに持ち帰ってこれば、ハミさんで複製出来るんですか?」

「あぁ、これでも元々現役だったんじゃ」


 そのポーションをハミさんへ持ち帰れば、俺以外の人間も救える。

 もしかしたら、今まで難病と言われ治療が出来ないと言われていた病も。

 噛まれたら即死と言われていた毒なども。

 そのポーションがあれば、治療できてしまうのかもしれない。


 俺だけの命じゃない。

 大勢の命を救う可能性がある。

 そんなポーションなのだと説明された。


 でも、それを公に説明し、腕利きの冒険者を集めればいいと思ったのだが。

 どうやらその話をサザル王国は信じていなく。

 だからこそ、神級魔法使いであるケイティに声を掛けたのだと。

 ある条件と共に。

 そう。

 俺の治療だ。



――――。



 魔病を本当に治せるのかは帰らなきゃ分からないのだが。

 体に入った毒や呪いを、魔力に分解。

 そんな事が可能なのだろうか?

 錬金術ってすっげぇ便利なのかな。


「取り合えず、あとはサヤカが目覚めるまで待つか」

「そうだね」


 サヤカは毒に侵され、気を失っている。

 現在は安定しているが、まだ目が覚めていない。

 俺も同様に毒を食らっていたのだが。気を失わなくてよかった。

 多分だが、俺も気を失っていたらサヤカと同じような状態になったと思う。

 俺の体とサヤカの体のデカさもあるだろうが。

 そうゆうので毒が早く回らなかったのかもしれない。


 それにしても、あの窮地を何とか脱することが出来たのがでかい。

 この部屋に辿り着くのは不幸中の幸いだったけど。

 俺があそこまで動けるとは自分でも思っていなかった。

 相手が良かった。

 もし巨大な魔物だったら、多分俺はビビッて行動できなかっただろうから。

 サヤカが倒れて、俺しか動けなくて、相手が蛇だったから対処できた。

 ……ん?


「なぁケイティ。あの蛇がスネーク・デーモンって奴らなら」

「うん」

「俺、核とか潰さずにがむしゃらで戦ってたけど。もしかして……」

「多分だけど、一匹も倒せてないと思う。

 体を貫通とか切断してたから蛇を無効化出来てたけど、その命までは絶ててない」


 まじか……いや、そうだよな。

 あんながむしゃらな戦い方で無効化出来てたのが凄いんだ。

 俺もよく頑張ったな。

 自分を褒めておくか。


「兄さんのお陰で何とかなったよ。ありがとう」

「……お、おう」

「なによ。なんか嫌そうだね」

「嫌じゃねーよ!!」


 違うんだケイティ。

 俺の心で思っている事をケイティから言われたから驚いただけなんだ。

 別に、嬉しいとかじゃねーし。


「顔が赤いよ」

「うっせ」


 なんにせよ。

 ここまで何とか来れた事が嬉しい。


「入口の死体は、蛇に噛まれたのを気づかずに迷宮から出ようとした人が。

 入口付近で息絶えたって事なのかな?」

「それだとおかしくねーか?サヤカはもっとはや……あ、体が小さいからか」

「サヤカくんは体が小さいから毒の周りが早かった。

 他の冒険者は噛まれた事に気づかず、出口まで毒がまともに回らないって事だと思うよ」


 それがあの死体の真相。

 悲しい事に、なぜ死んだのか気づかず死んでしまったのだろう。

 あの蛇が、何人の人間を殺してきたのか。

 考えただけでゾッとする。


「ここからどう出る?」

「さぁね。サヤカくんが起きてから考えた方がいいと思うよ」

「……?それまたどうしてだ」

「兄さん。サヤカくんを子供だと思ってない?」


 いや、子供だろ。

 何言ってるんだ。


 するとケイティは、またこいつ分かってないなと肩を落とす。


「もう立派な魔法使い。子供でも、彼の知識と閃きが窮地を脱する事だってある」

「……そっか。悪い」


 サヤカも、立派な魔法使い。

 そうだもんな。おん。

 いつまでも子ども扱いはダメだ。

 いつか大人になって、いつか立派な魔法使いになって。


 千年先にも轟くくらい。立派な魔法使いになってほしい。


 あいつにはそんな素質があると思う。


「ま、現時点では私の考えでもここの脱出方法は。ないかな」

「お前、自分が出来ないからってうちのサヤカに期待してねぇか?」

「だっていいじゃん。私だって天才じゃないんだもん」

「お前は天才だろ」

「違うし」


 ぷー。と、むくれた顔を見せてくる。

 お前は天才だろ。

 誰がどう見ても優等生で、神級の魔法をたったの数年で覚えている。

 本来なら一生かけて取得できる難しい魔法なのに。

 ケイティは25歳と言う若さで神級を使いこなしている秀才なのだ。


「……私だって、確かに魔法は出来るけどさ」

「ん?」


 ケイティはどこかもじもじしながら。


「他の事はダメダメなんだ……」

「他の事?」

「これでも教師の資格をもって、学校で先生しようとしたんだけど。子供と仲良くできなかったし。

 旅してたとしても、いつになっても彼氏とか出来ないし。

 旅に目的は無いし。ぱっとしないし。人当たりも、いい方じゃない」

「………」

「私って、魔法だけなんだ」


 ……人には、それぞれの悩みがある。

 カールもエマもゾニーも俺も。

 みんな様々な悩みがあるから頑張ろうとする。


 ケイティの悩み。天才の苦悩……いいや、よそう。

 ケイティも人間なのだ。

 神級魔法使いでも、ちゃんと人間なのだ。

 一人の女性なんだ。


「もう少し自分を飾ってみたらどうだよ」

「私、服のセンスとかないから」

「うちのサヤカ、意外とセンスあるぞ」

「そうなの?」

「何ならな。俺の知り合いに、貴族のドレスとかを作ってるやつがいる」

「………」

「その人なら、オシャレを知っているかもしれない」


 貴族のドレスを作っている人間。

 ――ロジェ・レイモンだ。

 ヨアンからいつしか聞いたことがある。

 トニーの母であるロジェは、出張が多く、その仕事内容は。

 貴族のドレスの特注を作る。そんな仕事らしい。


「俺もあまり服のセンスがないが。お前は人に頼ってみたらどうだ?」

「……そうだね」


 色んな場所を旅してたら。友達もできないだろ。

 ま、俺らは兄妹だ。

 互いに協力していこうじゃないか。



――――。



 一晩だろうか。

 サヤカが目覚めるまで、俺とケイティは迷宮の奥の隠し部屋で夜を明かした。

 別に男女が二人っきりで密室にいるからと言って何もなく。

 サヤカが目覚めるまで、各自休んだり飯を作っていた。

 あとはぁ、雑談などが弾んだかな。

 そして。


「ん……」


 サヤカの目が覚めた。

 目覚めたサヤカは特に異常がなかった。

 後遺症的なのもなければ、体の異常もなかった。

 完治したと断言してもいいと、ケイティは言った。


「ご迷惑をお掛けしてごめんなさい」

「いいよいいよ!大丈夫」


 と、サヤカが頭を下げる。

 ケイティは困ったように俺に助けを求めてきたが。

 何だか面白いので、ほっておくことにした。

 プクーと膨れた顔でケイティにポコポコと殴られたが。

 それはまた別の話。



――――。



 色々飛ばし飛ばしで行っているが。

 これは体感時間とさせてくれ。

 ここまで来るのに、サヤカが目覚めてから時間が掛からなかった。

 俺らは身支度を終え。


 ついに、脱出の時だ。


 サヤカが目覚めた事で作戦会議が円滑に進み。

 俺らはディスペルポーションをリュックに詰め。

 杖を持ち短剣を装備し。


「いくよ」


 階段を上る。

 ここで外に出られるか、それは考えた作戦がうまくいかなきゃ分からない。

 まず、サヤカと話し合ったのは蛇の生態についてだ。

 ――蛇は目が良くないと。

 確かに考えてみれば、俺が蛇の進行を食い止めている時。

 的確に、俺の急所を狙って飛び込んできている様には見えなかった。

 蛇は、匂いで獲物を判断していると。


「サヤカ、始めろ」

「はい。風よ歌え、風よ歌え」


 淡い光を放ち、ケイティが持っていた魔道具が光る。

 そこからサヤカはそのお守りを握り。操作するように。

 ――ブワッと。風の球体がその場に生まれる。

 魔力から風を生み出せる魔道具。ケイティが持っていたのをサヤカにあげた品だ。


「――っ」


 今度はケイティがその球体を杖で操る。

 風を杖で操れる事は、ケイティが知っていたらしい。

 ここで諸君は、ケイティが上級連鎖魔法とやらで蛇を全滅させればいいのではと思うのだろうが。

 それでは色々不都合が出るらしい。

 一つは数の問題。一つは核を壊せないと言う事。

 先ほど窮地を脱するために使用したあれで、仕留められた蛇はほとんどいない。

 何故なら核は、魔法では破壊できないからだ。


「――飛べ」

「サヤカ、詠唱」

「はい」


 ケイティが風の球体を奥へ届ける。

 奥、数時間前に俺たちが通ってきた道だ。

 そしてサヤカが詠唱する。実はだが、ケイティはあまり連鎖魔法の種類を知らないらしい。

 何故なら、神級魔法を覚えるために。普通魔法の応用である連鎖魔法は要らなかったからだ。

 つまり、サヤカはこの場で一番と言っていいほど。

 魔法の組み合わせ、応用がうまい人物だ。


「――【連鎖魔法】砂嵐」


 激しい砂嵐がサヤカの足元で揺れる。

 蛇が居るのは足首らへんのはずだ。

 そこで砂嵐を起こし、蛇の目を潰してしまえば。

 何なら、砂で蛇の鼻がつぶれてしまえばいいのだが。

 そうはうまくいかない。

 だから、俺らは。


「今だッ。ケイティ!」

「風よ歌え――ッ!!」



 入口付近にある“腐敗臭”を、お守りの魔法を起用に使いこの部屋まで風で流したのだ。



 蛇の嗅覚は優れているらしい。

 だから、激臭な物を蛇に向けると。

 悶絶して蛇がドタドタと地面で跳ねる。


「うっ……」


 もちろん俺らも臭い。

 だが、口に出してはいけない。

 何故なら。


 ――この腐敗臭は。死体が腐った匂いだからだ。


 死んでしまった彼らを、臭いなんて言えない。

 それはもの凄く失礼な事だとこの場の全員が理解している。

 もし屍が無かったら。俺らはここを脱出できなかったかもしれないんだ。

 感謝しなければいけない。



――――。



 こうして俺らは、迷宮から無事脱出を果たした。



 余命まで【残り183日】


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