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五十九話「帰還」




 迷宮から出て、ボク達はすぐにギルドへ運び込まれた。

 一晩でてこなかったから心配だったと言う猫耳の人が、ボク達を病院へ運んでくれたのだ。


 一度ボクは服を脱がされ。

 目立った傷が無い事を確認され、一応の検査を受けた。

 検査と言っても、体に入った毒による後遺症を本格的に調べていただけだ。

 特に異常は無かった。

 ご主人さまと師匠が頑張ってくれたお陰だ。


「………」


 今ボクは、ご主人さまと師匠の検査を外で待っている。

 また一人かと、退屈そうに両足を振るけど。

 振ったところで、特に何もなかった。


 外は日が沈みかけてた。

 迷宮に入った時は昼から行ったけど。

 ボクが迷宮の中で本当にぐっすり寝てしまったからか。

 入った日から次の日の夕日を見ている。


「……お荷物になっちゃったなぁ」


 一人反省会。

 と言っても、多分だけど、今回は仕方がなかった気がする。

 目覚めた時色々事情を聴いたけど。

 スネーク・デーモンなんて魔物が居るのも前情報としてなかった。

 でも、まぁ。

 人食い迷宮なんて呼ばれていたから。想定外も予想外も覚悟はしていた。

 ボクじゃなくっても、師匠でも同じように倒れてたかもしれないんだ。


 だから、ボクは悪くない。

 よね。


「………」


 あの日から。

 ずっと、こんな調子だ。

 夢に出てくるあの死体。

 忘れられない死体。

 ボクの過去。


 今までは魔法とか食べ物とか。

 新しく触れるもので誤魔化してきたけど。

 やっぱり、そこにいるんだよね。


「やぁ、サヤカくん」

「……やぁ、アーロン」


 夕日から生まれる。ボクの影が。

 そう、話しかけてきた。


「……なんなの」

「………」

「……出て行ってよ」

「――――」

「消えてよ」

「――」

「お願いだから」

「――――――――」

「聞いてよ!」

「――――――――――」

「……なんか、言ったら――!」

「――私は、お前の事を許さないからな。アーロン」

「っ……」


 いつも。

 いつもいつもいつも。

 何度も何度も。その言葉がボクに投げかけられる。

 それを聞くと、何も言えなくなる。体が固まる。

 息が出来なくなる。


 ボクは、いつまで経っても。

 過去に縛られている。




「ただいま」

「おかえりなさい」


 取り敢えず、ご主人さまと師匠は帰ってきた。

 なんの異常もなかったらしい。

 だが、やはり体力はないようで。

 病院で休ませてもらうのもお金がかかってしまうらしく。

 宿にみんなで帰った。


 会話は無かった。

 疲れていたからだ。

 成果はあったらしいけど。

 それが何なのかは知らない。


 ご主人さまが行きたいと言ったから、ボクは付いていった。

 きっとその先に、ボクを光に導く何かがあると思って。

 ボクを救ってくれる何かがあると思ってついていった。

 いいや、まぁさ。

 ご主人さまに光を求めすぎてるのかもしれない。

 日に日に、ここ数か月。

 よくそれが夢に出てくる。

 だから、ご主人さまから。欲しかった。

 求めていた。

 救いを。


 ボクをあのオークションから救ってくれたご主人さまに。

 ずっと助けてもらいたかった。

 暗闇から救い出してほしかった。


 でも、それは自分の問題だと。

 そう思っている。

 向き合うのが怖いから、忘れる努力をしてきた。

 だけど、うん。

 やっぱり、話さなきゃいけないよね。



――――。



 同じ白髪だった。

 でも、その人は。

 多分だけど、赤の他人だ。


「なにみてんのよ」


 そう、子供ながらに感じる殺意に。

 僕は目をそらすことが出来なかった。

 だから、こうなった。


「っ……」

「声上げるなよ?近所迷惑だから」


 蹴られた。

 殴られた。

 落とされた。

 ぶたれた。

 かけられた。

 浴びせられた。

 言われた。

 刺さった。

 苦しかった。


 暗い世界だった。

 ずっと、太陽の光なんて見た事がなかった。

 隙間から流れてくる小さな風は、僕の体中の傷には優しくなかった。

 頭を上げれば見えてくるのは鉄格子。

 這いつくばるように僕は倒れていて、指の上には蟻の行列が歩いていた。


 そして。


「――私は、お前の事を許さないからな。アーロン」

「………」

「返事は?」

「はいっ……」


 バンッと。

 強く鉄格子を閉めて行った。


 僕の味方なんていなかった。

 なんせ、監禁されていたからだ。

 僕が生まれたからお母さんと僕は捨てられたらしい。

 まだ顔を覚えてるお父さんに。

 家の全財産を持っていかれ。

 元々お父さんにあった借金を押し付けられて。


 だから、お母さんは……。

 赤の他人は、こんなに冷たいんだ。

 冷たくって、酷くって、僕を許さないと。




 ある日の事だ。

 母親が突然僕を地下牢から出した。

 やけに強引だったけど、初めて外の世界を見た。

 太陽が本当にあるんだと感動していると。

 気がついたら。また鉄格子の中に居た。


「お前、顔だけは良いのになぁ」

「女だったら高く売れたかもしれませんね」


 僕はその日から、赤の他人を見る事は無くなった。

 僕を売る事しか考えてない言葉には何とも思わなかった。

 気分で言ったら、解放されて旅行気分だったかもしれない。

 だけど、変わらなかった。


「お前、今日から女と名乗れ」

「え?」

「男らしい事した途端、お前を殴るからな」

「………」


 鞭を持った男にそういわれてから。

 ボクは、女になった。


「調教には暴力が一番だ」


 そう語りながら。その男はボクを殴った。

 新人の実習らしい。

 もうボクには、感情がなかったと思う。

 新人の実習の為に鞭で叩かれても、何も湧いて出なかった。

 色んなオークションに出されて。

 隣の女の子が売られて行っても、自分が取り残されて、金にならないと罵られても。

 何も、感じなかった。


 でも――。


『彼女の名は【サヤカ】! 

 人族の両親が借金で首が回らなくなり売り払った一人“娘”です!

 年齢は9歳! 5,000Gからスタートです』


 ボクは――。


『――おいガキ。その髪の毛が邪魔で顔が見えねぇじゃねぇか』


 救われた――。


「おい司会者。そいつに俺の全財産、50,000Gを払う。

 だから汚い手で俺の奴隷を汚すな」



――――。



 ご主人さまに買われてから。

 少しずつ、感情が出てきた。

 最初こそは、売られないように必死だった。

 必死に必死に。自分の魅力をアピールしようとして失敗した。


 ほうきを天井に刺し、家の外に出されたときは。

 もう駄目だなって思った。

 たった二日だったけど、普通に自由に生きれたのは良かったなんて思った。

 売られて、またあの無に戻るんだろうなって思った。


 でも、違った。

 ご主人さまは、今までボクが出会った誰よりも優しかった。

 聞いたら外の話をしてくれる新人さん。

 面倒くさそうだけどちゃんとご飯をくれる奴隷市場の人。

 それと比べると、何倍も、何十倍も、何百倍も。

 救いだった。


 初めて食べたお肉で死にかけたのはいい思い出だ。

 気づいたらご主人さまが焦った顔で僕に杖を向けてて。

 なんか、心臓が止まってたらしい。

 だって、おいしかったんだもん。

 幸せで。嬉しくって。昇天しそうだった。


 魔法を覚えた。

 覚えて、使えるようになった。

 自分にも特技が生まれて。

 何だか、嬉しかった。

 だけど。でも、過去は消えなかった。



『私は、お前の事を許さないからな。■■■■』

「ボクも、許さないよ」


 どうゆう感情でそう言ったのか分からない。

 最近の事で舞い上がってたと思う。

 お肉の味を知って、友達が出来て、魔法を覚えて。

 もうボクは無敵か何かだと思ってたりした。

 でも。

 現実は違った。


「実はボクの名前って。『アーロン』って言うんですよね」


 試練が来た、と思った。

 今まで幸せだったツケだ。

 死んだと思った。無謀だったから、もう無理だと思った。

 もう駄目だと、心で思った時。



「そんな感動の別れみたいなの、俺がやらせると思ったのか?」



 ご主人さまが、また救ってくれた。

 ずっと救われてた。

 ずっと、ずっと。ご主人さまに。

 ケニー・ジャックに救われていた。

 救いを求めていた。


 でも、世界はまた試練をボクに課した。


「……これって」


 トニーの声だ。

 死体、死体死体。

 あぁ、死体だ。

 初めて見る、訳でもないけど。

 その死体を見ると、釘付けになった。

 だって、その死体は。


 ――お父さん?


 母親に全て押し付けた、あのお父さんだった。

 苦しそうに死んでいた。

 頭から血を流して、死んでいた。

 息をしてなかった。

 でも、その衝撃的なものを見て。

 ボクは動揺した。


「――魔法」

「な■■■んだよ」

「………消さなきゃ」

「■ぁ?」

「消さなきゃ。見たくな、い物は」

「は■――■で聞■ねぇよ――!」

「けさなきゃ」


 ――過去なんて、消えてしまえ。



――――。



「んっ……」


 え、あれ。

 ここは……宿?

 いつの間にか、ボク寝てたんだ。


 チュンチュン。と。

 鳥のさえずりが聞こえた。

 気が付くとそこは宿の中で、迷宮から無事に脱出できた後だろうと理解した。

 となると、さっきまでのあれは。


「あはは……」


 またあの夢を見た。と言う事だろう。

 あの日から。ずっと、こんな調子だ。

 夢に出てくるあの死体。

 忘れられない死体。

 ボクの過去。


 毎日見てる。だから、少しだけ眠るのが怖い。

 でも、目が覚めてしまえば。

 ボクは幸せな現実ユメに帰ってこれる。

 ご主人さまがいる現実ユメ

 友達がいる現実ユメ

 魔法が使える現実ユメ


「だから、元気に言えるんだよね」


 そう呟いて、ボクは布団を出た。

 少しづつ太陽が出てきていて。

 夜明けがやってきたと、窓の外から小鳥が教えてくれた。

 元気に、言える。


「おはようございます!!」

「――――」


 え――――。

 あ――――。


「……ごしゅじんさま?」



『そ■▽は、■▽て■る〇▽ー■ジ■〇■が▽■』


 え、どう――。

 あれ?―――。


『そ■には、■れて■る〇ニー■ジ■〇■がい■』


 よく、聞こえない。

 あれ?なにあれ。


『そ■には、■れて■るケニー■ジ■ャ■がい■』


「――――――――」



















 ――そこには、倒れているケニー・ジャックが居た。




 余命まで【残り182日】


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