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六十話 「また会いましたね」




 何とか宿へ帰ってきた。

 1日も迷宮に居たんだ。すごく疲れている。

 サヤカもすぐ宿で眠ってしまった。

 相当疲れていたのだろう。

 ケイティはディスペルポーションを複製の為ハミさんへ渡しに行ったきりだ。

 俺とサヤカは、宿で取り合えずの休息を取ることとなった。


 と、まぁ。

 だけどさ。


「……なんか、眠れねーよな」


 何だか、胸騒ぎがする気がする。

 今夜、何かが変わりそうな。そんな胸騒ぎだ。

 だからか、俺はろくに寝付けず。こうしてサザルの街を散歩しているのだ。


「………」


 もうそろそろ日をまたぎそうだな。

 流石に真夜中の街は、危険か。

 家に帰るとしよう。


 と言う事で、俺はその足で宿まで帰ったんだが。

 ……人が居た。


「――――」


 人が、いたのだ。

 サヤカじゃない。

 誰かが、宿の窓から月を見ていた。

 俺は強盗かと思って、急いで宿に入ると。


「……誰だ」

「あ」


 知らない人影だ。

 そして聞こえてきた、甘い女の声。

 若めだな。

 でも、どこでも聞いたことがない。

 初対面か?


「えっと、確か……あ、うん。ケニー・ジャックさんって言うんだね」

「……お前、どうして俺の名前を?」


 宿の奥へ進むと。

 黒いドレスを身にまとった。まだ十代らしい少女が立っていた。

 黒髪のショートボブで、うなじが良く見える。

 そんな少女が、俺に背を向けて立っていた。


「単刀直入に打ち明けましょう。それの方が彼が喜ぶらしいので」

「……彼?」


 少女は、何かを知っているような仕草だった。

 俺の名前を知っていて、ここに俺が居ることも、知っている。

 一体、何者なんだ――。


 すると、ふわりと。

 薔薇のような香りが部屋に広がった。

 少女が、俺に振り返ってきた。

 そしてその顔を見た瞬間。俺は身の毛がよだつ程の恐怖を全身で感じた。









「――私の名は、死神です」








「は?」


 と、俺は言う。

 本来なら馬鹿なことを言うなと冗談をふかしていたかもしれない。

 だけど、それを信じてしまう証拠が、そこにあった。

 ツノだ。


 少女の頭からは、見た事のあるツノが生えていたのだ。

 それは死神の本体。死神の本当の姿。

 その死神が、どうしてこんな場所に――。


「何をしに来た」

「……剣を収めてくださいな。私たちは忠告と経過を見に来たのですから」


 花のように、落ち着いた様子で少女は俺に言ってくる。

 忠告?経過?

 何を言っているんだ。

 お前らが、どうして。サザル王国にいるんだよ。


 死神は新たな死神候補を探す為、グラネイシャで数人の貴族を狙っている筈だ。

 どうして、もう宿主を変えている?

 こっちの予想が外れていたのか?

 ……いいや、違う。


「お前、名前は」

「……だから、私たちは死神と」

「本名。人間の名は?」

「……はぁ。興味でもあるのですか?」


 その少女は困ったように顔をしかめてから。

 その名を言った。


「私の前の名前は、クラシス・ソースって言うんです」


 ……クラシス・ソース。

 死神候補の最後、候補の中の最年長者。

 16歳の、貴族の女の子だ。

 つまり、死神候補は正しかった。間違っていなかった。

 あの王様は、的確に条件にあう人間を。きちんと探し当てれていたのだ。


「………」


 だが、ここに死神になっているクラシス・ソースが居ると言う事は。

 ――王都で、候補の護衛が失敗していると言う事か?

 ……グラネイシャで、何が起こっているんだ。


「そんなことより、貴方に伝えたい事が二つあるんです」

「……長話をするつもりはない。要件を伝えて、出て行ってくれ」


 分が悪い。

 相手は魔物を大勢率いている死神だ。

 ここで戦った所で勝てるわけが、ない。

 要件を済ませて、さっさと俺たちの前から消えてくれ。


「じゃあまず一つ目。忠告からですね」

「………」


 こいつが俺に忠告。

 なんの話なのか思い当たらないが……。


「――あなた、魔解放軍に騙されましたね」

「……は?」


 騙された?

 何を言っているんだこの女。

 魔解放軍?知らないぞそんな名前。


「魔解放軍とは、現在も封印されている魔王の復活を目論む魔族の集まりです。

 数十年の歴史があり、所属している魔族も構成員も数が多いと言う特徴があるそうです」

「それが、俺になんの関係がある」

「ハミ・ガキコなんて偽名に騙されるなんて、貴方も序列も愚かですね」

「……はぁ?」


 騙された……?

 俺が?

 ハミさんに?

 偽名……なのか。確か今、ケイティはそのハミさんにポーションを。


「部屋からは出させませんよ。言われた通り、長話はさせませんから」

「だからって……これは無理やりすぎねーか?」


 その事態に、俺は下手な笑いをしながら言うしかなかった。


 俺は、影に掴まれていた。

 クラシス・ソースの足元から伸びた影が、俺の足に、腕の形となって。

 そして、何となくそれは。

 影の中を移動できるような、そんな魔物な気がした。

 この威圧感、人食い迷宮でも同じようなものを感じた。

 影を泳げる魔物。

 ……動けない、か。


「愚かです。そのポーションを入手するために、貴方たちは利用されたのです」

「……ふざけるな。そんなわけ、あるか」

「別にいずれ分かります。それが明らかになるのは、時間の問題ですから」


 クラシスは落ち着いていた。

 品のある声で、花のような表情で。

 窓の前に立ち、俺に言葉をつづけた。


「そして、忠告がもう一つ」

「……なんだ」


 まだ、あるのかよ。

 もういいだろ。魔解放軍とか、騙されたとか。

 嘘だとしても悪質な奴を、言わないでくれ。

 本当なら。俺の魔病は……。


「サヤカと言う少年は、貴方が王都で会議を受けている時」

「――――」

「実の父親の死体を、自らの手で燃やし隠蔽しました」


 …………。

 は?

 え?は?

 何言ってんの、こいつ。


「受け止められませんか?そうだとは思っていたそうです。が、私の前任の。最後の仕事がそれだったらしいですよ」

「……前任?」

「ええ。あなたたちは一度会った事があるはずです。北の街、襲撃時に居た、死神の子ですよ」


 そう言えば、あの時のあいつはどうなったんだ。

 死神が移った後、死神だった人間は。どうなるのだろう。

 ……駄目だ、逃避するな。

 サヤカが死体を燃やした?

 もし本当だとしても、何故知っている?


「………」

「……」

「お前が仕組んだんだろ」

「あら。察しが良いのですね」

「何故そんなことをした?サヤカに何を望んでいる」

「別に。だそうですよ。強いて言うなら、そのサヤカさんも――死神候補にはなりえたんじゃないですか?」

「あっ……」


 そうゆう事か。

 サヤカに、人間不信を植え付けるために。

 結果的にサヤカに死神はとりつかなかったが。

 そうゆう未来も、あり得たかもしれないのか。


「まぁただ。まさかサザル王国に行くとは思いませんでした。なので、第二候補だった私が」

「………」


 ………。

 ――俺は、結果的にサヤカを救っていたのか。

 ……ははっ。ここにサヤカを連れて来て良かったのかと少し考えてたから。

 なんか、良かった。

 でも。死神は別の候補を見つけた。

 王様の作戦。候補を護衛し、死神に宿主を失くさせる作戦が失敗している訳だ。

 状況は、最悪だ。


 サヤカとは、つもる話もある。

 俺も隠し事をしていたから、変に攻めようとは思わない。

 多分だが、サヤカはサヤカなりの理由があるはずだ。

 クラシスは言った。

 「死体を燃やした」と。

 「人を殺した。死体を増やした」などの言い方ではない。

 人殺しをしたわけじゃないんだ。

 なら……本人が話すまで待つか。


「で、経過ってのはなんの事だよ」

「……飲み込みが早いと、彼が驚いていますよ」

「そりゃ結構な事だ。さっさと喋れ」

「では、僭越ながら」


 クラシスは。少しだけ黙った。

 考えるように黙って、目と口を閉じた。

 そして、覚悟を決めたような顔をして。

 言った。


「――あなたに魔病を仕向けたのは、死神。彼です」

「――――」


 キーーン、と。

 鳴っていた。

 ゆっくりと、こぶしに力が籠った。

 俺は真顔になった。

 俺は全てを忘れたように、目の前が見えた。

 見えた。見えて、そして。


「お前を殺してやるよ」

「……怖い事言いますね」

「………」

「彼があなたに、半年前に仕向けたそうです。

 私はワケを知りませんが。彼曰く、あなたはいつか、彼を脅かす存在になると」

「……脅かす?」

「ええ。あなたはいつか、大物になるはずでした。それは彼にとって不都合だった」

「………」


 大物になる?

 何を、言っているんだろうか。

 俺が大物になるなんて、想像できないが?


 正直、彼。いいや、死神の本体は何を考えているのか分からない。

 どうして人の将来なんかが分かるのだろうか。


「……それで、俺が魔病に苦しんでいるのを眺めに来たって訳かよ」

「いいや、だから経過ですよ。経過観察……あなた、忘れてるのか知らないのかどっちなのか分かりませんね」

「何が言いたいんだよクラシス」

「……はぁ」


 クラシスはため息を吐いた。

 面倒くさそうに、俺を見ながら。

 どうやらクラシスはイライラしているようだ。


「あなたは今日、あと数分で、魔病に掛かってから182日が経過する」

「……?」

「半年、魔病の症状で、半年に出るものがあったはずですが」


 ……。

 あ、ああ。

 あ!

 最近色々ありすぎて忘れてたけど。

 魔病は、半年経過すると。


「俺から、魔力が消えるのか……?」

「ええ。それを確認しに来ました」


 クラシスはそっと微笑む。

 やっと話が通じて、胸を撫でおろしている様だった。


 ――きえ、消える。

 消えてしまう。

 もし数日この時がずれていたら、俺は迷宮の中で魔力を失っていたのか?

 危なかったな。

 いや、そう安堵できる事じゃない。

 だって、そう。

 今まで実感がなかった魔病が、一気に実感を増してしまう。


「――――」


 なんだ、これ。

 心臓の音が聞こえる。

 ドクンッ、ドクンッって。

 ……0時を回るのか?


「まあ、あわよくば、奇跡が起きれば。魔解放軍からディスペルポーションを取り返し。治せるかもしれませんけど」

「お前、どうして魔解放軍の情報を教えてくれるんだよ」

「だって。彼の目的にはいらない存在なんですよ?」


 ん?それだとおかしい筈だ。


「死神は、大昔の戦争の幹部だったんだろ?魔王についていた筈なのに、どうしてその復活を邪魔する?」

「――俺ハ、アイツノ人形ジャナイ!」


 え?


 唐突に、クラシス・ソースの青い目が。赤色の鋭い目に変わった。

 クラシスから感じる威圧感が変わり。

 瞬間、窓から突風が部屋に入ってきた。

 その風は部屋の紙や小物を倒し。

 クラシスのその異変を、際立たせていた。

 ――まるで、内に秘めた怪物が喋っているような。


 ……まさか、お前が。


「お前が死神かよ」

「アァ、ソウサ。俺ハ人形ジャナイ。人間ヲ、滅ボス悪魔ァ!」

「クラシス・ソース。あんた、とんだ悪魔に体を売っちまったな」


 ふっと、青い瞳に戻り。


「私も同意の上です。これでも私、闇が深いのですよ?」

「可愛い箱入りお嬢様の方が、俺は好みさ」


 クラシスは、窓枠に足を掛けた。

 きっともう、俺の体の中には。

 魔力が無いのだろう。それを見届けたから、帰るのだろう。

 だが、うん。


「リベンジだ。今度会った時は、お前をちゃんと殺してやるよ」

「ええ。心待ちにしております」


 俺の殺意に、クラシスは満面の笑みで返した。

 風が舞い、クラシスの髪の毛がふわりと浮いて。

 その表情が、顔がきちんと見えた時。


 本当に花のような、美人な少女だと。そこで俺は心で感じた。


「――では、ごきげんよう」


 最後に見えたクラシスの瞳には、どこか迷いがあった気がした。

 が、多分、気のせいだろう。



――――。








 余命まで【残り182日】


 魔力喪失。






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