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第九章 最悪編

六十一話「裏切り」




 目覚めたときには。俺に魔力は無かった。


「ご主人さま?」

「もう大丈夫だよ。無理をし過ぎただけだから」


 サヤカが心配そうに俺に上目遣いをする。

 どうやら俺は、死神、クラシス・ソースと対峙の後。

 気を失っていたらしい。

 単純に疲れがたまってたのか。

 それとも、魔力喪失の影響かは知らないが。


 時刻は早朝だ。

 まだ全身の疲れが取れていないが。

 とにかく、やらなければいけない事がある。


「少し出かけるから、サヤカはここで待ってて」

「え、どう……はい。分かりました」


 サヤカの引っかかった言葉には少し思う事もあったのだが。



 今は、それどころじゃない。



 俺はすぐさま宿を飛び出し。早朝の街を走り出した。

 俺が向かっているのは、あのハミ・ガキコと呼ばれた人が居た地下だ。

 もし、もしだ。

 死神の話が真実で、ハミ・ガキコが偽名で。

 魔解放軍と言う組織に、騙されたとしたら。

 本当にそうだとしたら。

 俺たちが迷宮へ挑み手に入れた、魔道具ディスペルポーションを渡すわけにはいかない。


 それが無きゃ俺は助からないし、渡したらきっとろくなことにならな気がする。

 魔王を復活させようとする奴らが居るのは噂程度で知っていたが。

 そんな奴らが、俺らにまで関与してくるなんて。


「間に合ってくれ!」


 今はポーションとケイティの無事を祈るしかない。

 神級魔法使いだからと言って、あいつは一人の人間だ。

 もし何かがあったとしたら。

 ケイティがハミさんに会いに行ってから数時間は経ってるんだ。


「……頼む」


 覚えていた道を走り。

 見おぼえのある地下へ入る。

 そしてその部屋のドアを勢い良く開けたら――。


「――は?」


 無。無だ。

 無駄と言っている様に。

 何も無かった。

 あのハミさんが座っていた作業机も。

 そこらへんに置いてあった機械も。

 全部が、もぬけの殻だった。

 そして、察した。理解した。


「……騙されたのか」


 ハメられた。騙された。

 口車に乗せられて、俺らはあいつらの人形となっていた。

 ケイティはどこに居るのだろうか?

 と、俺はまた走り出した。

 この時間からギルドは開いているので。

 とりあえずケイティを探さなければとギルドへ向かった。


 足が重かった。

 息がつらかったと思う。

 9月の後半、朝は極度に寒かった。

 寒いのもだったが、俺は精神的にも追い詰められていたと思う。

 魔力を奪われ、騙され、俺の希望だったポーションが奪われてしまう。

 それだけはダメだ。

 サヤカとも協力し、命を賭けてまで入手した物だ。

 それで生きようと、もう一度頑張ろうと思ったんだ。


「……クソが。このまま渡すわけにはいかない」


 悔しい。

 とてつもなく、悔しい。

 こんな事は初めてではないが、慣れるものじゃない。

 俺だって騙された事くらいあるさ。

 でも、これは。質が悪すぎる。



――――。



「はぁ、はぁ、はあ」


 冷え込む外を走ってきて、気持ち悪い汗が背中を濡らしていた。

 俺は目を見張ると、朝だからか。

 ギルドには冒険者が居なかった。


「キャロル!」

「ニャ!?」


 すぐさま受付で寝かけていたキャロルを叩き起こし。

 俺はケイティの居場所について聞いた。

 俺の記憶が正しければ、ケイティは冒険者ギルドの宿で暮らしている筈だからだ。

 だが、答えは。


「昨日から帰ってきてないらしいですニャ。そんなに心配する事はニャいんじゃ――」

「緊急事態だ。ケイティを探すのを手伝ってくれないか?」

「……ふむ」


 ネコは少し考えるように黙る。

 だが、すぐハッと頭の電球がついたような顔になり。


「やるニャ」

「お前サボりたいだけだろ」


 つう事で、キャロルも一緒に手分けして探すこととなった。

 首都サーゼルは広い。

 別にケイティが一人だからって大丈夫だとは思う。

 あれでも神級魔法使いだ。

 だが、問題はケイティがポーションをハミ・ガキコに渡したのかと言う話だ。


「話は分かったけど、魔解放軍だってよく気づいたニャンね」


 と、俺とキャロルは走りながら語る。


「そこらへんは説明が面倒だ。省かせてくれ」

「別にそこの説明は求めてないニャ。

 ただ、確かにこの街で魔解放軍が動いている噂は少し前からあったニャ」

「それだけで十分証拠だ。とにかくケイティを見つけるか、魔解放軍を見つけるかだ」


 ケイティの現在地の予測が立てられない。

 とにかく、色んな場所を当たってみるしか。


「ここで別れるぞ」

「了解ニャ!」


 キャロルと別れ、俺は一度ギルドの方向へ戻る。

 あの武器屋はどうだろうか。

 あの二階のバー。そこで飲んでいる可能性がある。

 本当に飲んでいたら多分俺はケイティぶん殴るが(?)


 俺は全速力で武器屋の二階へ上がり。

 ドアを開けると。


「あ、ケニーさん!」


 扉を開けると、珍しい赤髪が俺の目に入る。

 バーテンダー、アーレが俺の名前を呼ぶ。


「アーレ!ケイティは居るか?」



――――。



「うへー!もっと酒持ってこおおおい」

「………」


 見た事ある服から、少し傷がある肌色が出て来て。

 目は開いているのか閉じているのか分からない境で。

 お腹出しながら真っ赤になっている。そんな何かが居た。


 ………。

 何か、ではないか。

 はぁ。出オチ感。


 結論から言おう。

 居た。

 酒飲んでた。

 何なら酔いつぶれてた。


 俺が現場に到着した時、既にケイティはべろんべろんの酔っ払いへと変貌していた。

 うん。変貌の方が正しいな。

 酔っぱらっているケイティに対しての、第一の感想を言うとしたら。


「酒癖わっる」


 おっと、口に出てしまった。


「その、引き取って頂けますかね」

「ちなみに、どのくらいここで飲んでました?」

「確か、昨日の11時程からですね。

 ケイティさんが最後のお客さんで、まだまだ飲めるとか言ってたので」

「……どうやらケイティは、親父の酒豪が遺伝したらしいな」


 親父の遺伝。

 あぁ、そう言えば。血が繋がってない的な話があったな。

 じゃあ酒豪なのは元々なのか?

 まぁだが、とりあえず聞きださなければ。


「ケイティ」

「あ、童貞だ」

「え?〇すよ?」


 お前も同じようなもんだろうが。

 と言うツッコミは胸にしまい。

 俺はケイティの机にあった水を。


「ほい」

「ぎゃああああああああぁ――ッ!!」


 女の人が出しちゃいけない絶叫がバーに響きわたる。

 ケイティの脳天に冷水をダイレクトエントリーさせ。

 机が揺れるほど全身をビクッと動かす。


 ……こいつ、マジで半分寝てやがったな。


「んっ?」


 ケイティは充血した目を俺に向けてきた。

 やっと正気に戻ったようで、俺の姿を見るや否や。

 何かを考えるように沈黙をし。


「……」

「………」

「……え。今何時」

「早朝だが」

「…………」

「なんだ」

「自分の恥で死にそうなくらい死にそうな顔だよ兄さん」

「語彙力仕事しろ」



――――。



 赤い顔をしながら、ケイティは立ち上がった。

 やはり相当酔っていたようで。

 それも、それがまぁまぁ恥ずかしいようだった。

 取り敢えず、ケイティは手持ちのお金で会計を始める。

 そんなケイティに俺は質問をした。


「お前、ポーションはハミさんに渡したのか?」

「え、渡したけど?」

「……ちっ」


 渡してしまったのか。

 まぁ、だからあの地下がもぬけの殻だったんだろうな。


「………」


 手遅れ。か。

 何だか、心の中で何となく思ってたからそこまでショックではない。

 だが。そうそう簡単に諦められるような品じゃないから。

 これから魔解放軍とやらを追いかけようとは思うがな。


「何があったの?」


 と、会計を済ませたケイティが心配そうに言ってくるので。

 俺は全てを包み隠さず伝えた。

 包み隠さず。魔力が無くなった事。死神と会った事。

 すると。


「グラネイシャ王都に連絡するわ」


 と、ケイティは懐から何かを取り出そうと手を入れる。


「え?そんな事出来るの?」

「ええ、一応連絡用の魔石は常に持っている」


 連絡用の魔石。

 確か、第一次大規模魔物群討伐作戦?つうんだって?

 長い名前だな。言いにくいが。

 その時にも、連絡用の魔石とか出てきたな。それも魔道具とかなのだろうか?

 なんにせよ、それは便利だな。


「これは緊急事態よ。死神は既に宿主を変えていた。そして、魔解放軍の話も事実なら……」

「やけに簡単に信じるな」

「嘘を言う必要がないからね。あとは、女の感かな」


 女の感か。

 やけに曖昧な言葉を使うんだな。

 ま、俺には分からない感なんだろう。

 どちらにせよ、信じてくれないほうがまずかったから。

 この状態は俺にとって好都合だ。


「今キャロルと協力して、手分けしてハミさんを探してるんだが」

「……え?」

「ん?」


 ケイティが何か驚いたように、そう静止する。

 恐れている様に見えた。

 何かに、恐れているように見えた。

 一体、何に。


「キャロルは嗅覚が良くって、一回ハミさんに会った事がある」

「………」

「だから、鼻が良くって。だから」

「……まさか」

「キャロルが危ないかも」



――――。



 魔解放軍。

 彼らは、目的の為なら手段を問わない。

 そんな野蛮で、殺しを厭わない連中らしい。

 だからこそ、俺の失態だ。

 それを知らずに、キャロルを誘った俺の失態だ。

 失態。後悔。

 キャロルの捜索は夕方にまで続いた。

 あのネコがいつその匂いを鼻で見つけ、追いかけたのか。

 分からなかった。


 だから。時間の問題だった。


 キャロルの気配を感じた。


「……どこにいったんだよ」

「ちょっと!いきなり走り出さないでよ!」


 心配そうに、ケイティが俺に追いついてくる。


 俺もぼろぼろだった。

 きつかった。心配だった。

 その路地裏で、何となく感じ取った猫の気配。

 気配、匂いと言うのだろうか?

 俺がいつもマルに感じているそれを感じ取った。


「キャロル!」


 だから、もう一度感じた猫の気配に頼って。

 その廃工場に入った時。

 だから、その名前を叫びながら。

 工場に入った時。

 だから、生きていることを願って。

 暗闇に足を踏み入れた瞬間。


「――――」


 キャロルが、死んでいた。

 死んでいた。

 死。死死。


「……見られたか。まさか気づかれるとはなぁ」

「ハミさん……?」


 猫の気配は消えていた。その可愛い背中も、愛らしい耳もへたれこんでいた。

 ――猫の死体が、工場に横たわっていた。

 死んでいた。息がなかった。

 ドロドロとした赤黒い血が、俺の足元まで来た時。


「魔解放軍」

「……そこまで見破れるのか。面倒な敵だったよ。まぁだが、この爺さんの皮は使えたな」


 そう言い。小さな顔をべりべりと剥がし。

 赤い目が、信用していた爺さんの奥側から現れた。


「俺の名はドミニク・プレデター。現時点では魔解放軍・幹部の一人であり。魔王様の復活を狙う魔族の一人って訳だが」

「………」

「改めて聞かせてくれよ。お前の名は?……あ?魔力を感じねーな。全くねぇじゃねぇか」


 赤い目の黒髪の、青年がそう言う。

 老人の皮を腰に付けていたポーチに収納し。

 平然とした立ち姿で、俺の名を聞いてくる。

 状況と、俺の精神状態が悪かった。

 だから俺は。


「――俺はケニー・ジャックだ。初対面だが、俺はお前を許さない」


 気取ったわけじゃない。

 必ず殺すと言う、そうゆう目線だ。

 その殺意を受け取り、ドミニクは楽しそうに笑顔を浮かべた。

 だから俺は反射的に杖を構え。


「殺す」

「ふうん。へぇ。魔力がないのに、魔法使いと」

「くっ……」

「まぁ聞けて良かったよ。そこに立ってる神級魔法使いも居る事だし」


 ドミニクと言う男は。俺に背を向けた。

 キャロルの死体に背を向けて。

 俺に背を向けて。

 俺たちは、騙されたんだ。


「ふざけるな!」

「いっちゃダメ!」


 俺が次に、腰に携えた短剣を握ると、ケイティが静止してきた。

 どうして止めたのかと、目線で問うと。


「私でも……あれは倒せない」

「ほぉ、観察眼もいいのか。神級魔法使いってのは」

「っ……」

「兎にも角にも、ケニー・ジャックとケイティ・ジャックには世話になったよ」


 ドミニクは、周りに黒いオーラを纏い。

 人を弄ぶような目をしてから。


「魔王復活の貢献者に、お前らの名前が載るからよぉ?」

「ふざっけんなあああああああ!!」


 俺の声は既に届かなかった。

 ドミニクは黒いオーラに包まれると、すぐさまその場から消え去った。

 どこへ行ったのか、何をしたのかは目で見ていても分からなかった。

 だから、こうなった。




 キャロル殺害から一日が経った今日。


「ちがっ」

「神級魔法使い ケイティ・ジャックを。キャロル・ホーガン殺害の容疑で連行する」


 黒い鎧を装備した。サザル王国の騎士に。

 俺の目の前で、ケイティは連れていかれた。




 余命まで【残り181日】


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