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六十二話「はめられた」



 ケイティ・ジャックはハメられた。

 現場に残っていた魔力はどれも純度が高いものであり。

 普通の魔法使いには見つけることも作ることも不可能な代物。

 ただ、神級魔法使いは作ることが可能だった魔力。

 それが決め手となった。


 こうも状況が特殊過ぎると、犯人像は簡単に想像できると現場の騎士が溜息を吐いていた。

 事実はもちろん違う。魔解放軍のドミニクと言う、あの男が。

 魔道具ディスペルポーションを盗み出し。

 キャロルを殺したのだ。


 だから、ハメられたんだ。

 あのドミニクはこの状況を狙っていた。

 最後に見せたあのテレポートのような魔法。

 それが出来るなら最初からキャロルは匂いを見つけられていないはずだ。

 だから、あいつが計画的に仕組んだ。


 ケイティはサザルの騎士に連れていかれ、公開裁判が数日後に行われるらしい。


 そして俺は何度も騎士の拠点に足を運び。


「魔解放軍だ!お前聞いた事ねぇのか?」

「そのような噂程度で我々を説得するのですか?

 現場には神級魔法使いでしか作れない純度の高い魔力が発見されたんですよ。

 それが証拠以外の何物でもない」

「だから、その純度の高い魔力を作れる奴が他にも居たんだよ!ドミニクって奴が!」

「昨日その名前で調べましたが。

 少なくともこのサザル王国での犯罪歴はありません。

 そのような人物が実在する証拠がありません」


 青色の顔をした魔族の騎士に、そう俺は詰め寄るが。

 その騎士も負けず劣らずと俺に言い返してくる。


 騎士の中には、正義感が強い魔族が多いらしい。

 だから魔族と人間が共存しているサザルでは、こうして騎士に魔族が居たりする。


「……ちっ」


 今日もダメだった。

 話を取り合えってもらえない。


 確かに信じがたい話だし、現場にはケイティがやったと言う証拠となってしまう物があった。

 だから騎士側のこの決断や判断は、間違っていない。

 間違ってるけど間違っていない。

 それほどあのドミニクと言う魔解放軍の男は頭がキレる存在だったのだ。


「………」


 街を歩くと、街の掲示板に張り紙が張られていた。

 そこに群がる人達はそれを読んでさぞ驚いているだろう。


 神級魔法使い、逮捕。


 そんな文面と共に街では色んな噂が立っていた。

 街の中で、ケイティは有名だった。

 神級魔法使いは世界でも数人しかいない天才達だ。

 それにケイティは、俺が来る前からここである程度活動していた。

 だからこそ。街の人間が混乱していた。

 「あんなに優しかったのに」「明るく一緒に飲んでくれた人なのに」

 そんな声が、耳をすませば聞こえてくる。


「……ちっ」


 俺は、ケイティを助けなきゃいけない。

 キャロルも巻き込んで、死なせてしまった。

 それも、悪い事だと思っている。

 正直まだ立ち直っていない。

 自分を責めていると言えばそうなるのだろう。

 久しぶりに来た。このやる事なす事、全部裏目に出る時期。

 だが、諦めるわけにはいかない。

 どうにかしてケイティの無実を証明しなきゃいけない。


 だが。


「魔力の無い俺に、何が出来るんだか……」


 試したが。魔法が使えない。

 杖を振っても、詠唱をしても、治癒実を飲み込んでも。

 何もできなかった。体に流れていた筈の魔力が、忽然と無くなってしまった。

 唯一自慢できる魔法だったのに。

 俺は、もう無力だ。


 ……いや。

 違う。駄目だ。前向きにならなきゃ。

 サヤカが居るんだ。

 もう一人じゃないんだ。

 頑張らないと。今頑張らなきゃ、誰がやるんだ。




「あの、えっと」


 今、俺はギルドのど真ん中で口を開いた。

 ギルドの雰囲気は最悪だった。

 何故なら、このギルドのマスコットキャラであった。

 あのクロネコが死んでしまったからだ。

 みんなが悲しんだ。

 みんなが寂しがった。


 その様子を見て、俺は胸が痛かった。


「ケイティ・ジャックがキャロル殺害の容疑で逮捕された」

「………」

「誰か、目撃者とか居ないか?」

「……」

「あの場で、ケイティの無実を証明できる人。いないか?」

「いねぇよ」


 無意識に、俺の表情は歪んだ。

 それは凹んだ部分が目立つ鎧を着た。豚のような顔をした人物だった。

 俺は口を噛んでから。


「あいつは、そんなことをする奴じゃない。俺が目撃したのはドミニクと言う男が……!」

「ゴミニクかシミニクかどうか知らねぇが。そんなお前さんの戯言を信じるような人間はいねェよ!!」


 ドンッと。大きな音がギルドに響いた。

 その男は俺の前に立ち、見下ろすように黒い目で睨んできた。

 俺も頭にきていた。


「どうして信じねぇんだよ!お前だって知ってるだろ!」

「あぁ知ってるさ、あのキャロルは明るくって優しくって。金がねぇ俺に無賃で飯を奢ってくれた!」

「……っ。だから、ケイティはキャロルを殺して――」

「――ふざけんなアッ!! お前が来なければこんな事に……なってなかったんだ」


 お前が来なければ、こんな事になっていなかった。

 その言葉は、俺の胸を締め付けてきた。

 苦しくなった。

 立ち眩みした。

 息が、出来なかった。


 そして、気づいた。

 俺が全部悪いって。



――――。



 ご主人さまが帰ってきた。

 あまり話せてないけど、見たら分かった。

 凄く落ち込んでて。悲しんでるって。


 あの黒髪は少し伸びて、ご主人さまの目にかかっていた。

 大きく優しい手は、今ではずっと握り拳をしてる手になった。

 服はここ二三日変えてなかった。だから泥がついて、しわしわなシャツになってた。


 帰ってきてすぐ、ご主人さまは一人にしてくれと言った。


 だからボクはご主人さまが帰ってくるまで待ってようとしてた。

 自分で作ったお肉料理を寂しく食べて。リビングにご飯の作り置きをしておいて。

 そこの書店で、おこずかいを使い購入した本を読んでいた。

 ご主人さまのお陰で、読書はボクの趣味になっていた。


 読書をしながら考えようと思う。

 師匠が殺人容疑で逮捕されたのは知っている。

 それをご主人さまが救おうとしているのも、見ていれば分かる。

 でも、そのご主人さまが。

 あの顔をして帰ってくると言う事は。


「……っ」


 悲しい。

 苦しい。

 どうすればいいんだろう。

 ボクもどうにかしたい。

 どうすれば師匠を救えるのだろうか?

 どうすれば、助けられるんだろうか。


 唯一の目撃者であるご主人さまが信じられていないと言う事。

 現場に残ってた魔力が、師匠しか作れない代物だった事。


 何か、何かないのかな。

 どうすれば。良いんだろう。

 ……でも、何かしてあげたい。

 どうにかしてあげたい。もう一度師匠を助けたい。

 会いたい。けど。


「あ」


 ふと、人が動く音が聞こえて。ボクは顔を上げた。

 すると、少し疲れた顔のご主人さまが部屋から出てきた。

 だからボクは。


「ご主人さま!ボクに何かできる事ってないですか?」

「……できる事かぁ。難しいかもしれない」


 ご主人さまは、困った顔をした。

 ボクを見て、めんどくさそうな目をしてから。


「なんでも良いんです。ボクの魔法とご主人さまの魔法があれば、きっと――!」

「――ごめん。サヤカ」

「え?どうして、謝るんですか……?」


 ボクの声は震えていた。

 そのご主人さまの態度も、声から伝わる悲壮感も。

 全部全部、直接伝わって。悲しくなって。


「俺さ、もう魔法が使えないんだ」


 だから、それを聞いた時。

 ボクは物凄くショックで、驚いて。

 目を見開いて、胸が苦しくなって。

 そして、ボクの中にある。触れちゃいけない何かが、動いた。


「どうしてですか」

「……言えないんだ」

「なぜ?」

「……ごめん」

「……どうしてですか。おかしいじゃないですか」

「だから、ごめんって――」

「あぁ、そうですか。言えないこともありますもんね。どうせ僕は奴隷ですか……うっ!?」


 そしてボクは。胸倉を掴まれた。


「――――」

「イッ……」


 ご主人さまに胸倉を掴まれて、苦しかった。

 睨まれた。初めて見る目だった。

 いつも見てる顔が、見ているだけで胃がムカムカするほど憎悪に染まっていた。

 …………。

 そして、気づいた。

 もうご主人さまは、ボクを救ってくれないんだって。


「出て行きます」


 止めてはくれなかった。

 ご主人さまは黙っていた。

 ボクは、そのまま宿から逃げるように離れた。



――――。



 外はもう暗かった。

 涼しい冷気に晒されて、ボクは少しだけ冷静になった。


 カッとなってしまったのは初めてじゃないけど、ご主人さま相手には初めてだった。

 今思えば、初めての親子喧嘩だ。

 正直ボクも言い過ぎた。

 どうしてあそこまで言ってしまったのだろうか。

 ……また、ボクがおかしいのか。


「………」


 夢に出てくるあの死体。

 忘れられない死体。

 ボクの過去。

 最近はそれが、ずっと付きまとってくる。

 苦しいけど、それを相談することはできない。

 捨てた過去だ、忘れたい記憶だ。だから、忘れるべきなんだ。


「なのに、さ」


 道に置かれた光魔石で出来たボクの影から。

 やはりそれは、顔を出してきた。


「やぁ、サヤカくん」

「……やぁ、アーロン」


 毎回。だ。

 苦しいし、どうにかしたい。

 助けてほしい。救ってほしい。

 でも、もうきっと、ご主人さまは救ってくれない。

 そんな気がした。

 だから、一人で頑張ればいいんだ。

 一人で暮らして、仕事をして。

 頑張れば。いいん。だよね。


「……恩知らずだ」


 ボクをあの暗闇から救ってくれたのは、あのケニー・ジャックだ。

 ボクは、恩を仇で返している。

 どうせそんな人間だったのかな。

 はは、悲しいな。

 少し寂しい。




「確か、ここが現場なんだよね」


 聞いていた場所に足を踏み入れた。

 廃工場の壁には、花や剣や盾が飾られていた。

 きっと、キャロルさんに向けての物だろう。


 少し歩いてみることにした。

 廃工場は天井が吹き抜けだった。

 月光が工場の中心部に差し込んでおり。

 その中心で、キャロルさんは殺された。

 ボクは騎士が張っていったであろう、立ち入り禁止の看板の向こうへ足を踏み入れた。


 乾いた空気のその場所。

 ここで人が死んだと考えると、どこか怖くなった。

 でも、何か手がかりになる物は無いのだろうか。

 と探していると。


「あれは……階段?」


 何となく上を見上げた時、吹き抜けの天井から見えてくるものがあった。

 それは隣の建物の階段。

 何となくそれが気になったので、ボクは一度廃工場を出て。

 隣の建物の、その階段を見てみる。

 柵があったけど、別に飛び越えられた。

 魔法を利用すれば、数メートルは上に飛べる。

 ボクは丁度、その階段から下を見下ろせる位置まで登ってみると。


「これって……!」


 そこには、何者かが残したであろう食べ物のゴミと。

 一通の書置きが残してあった。



『俺は事件現場を見ていた。俺の証言と証拠が欲しかったら、諦めるな』



 それは、ただ一つの希望だった。



 余命まで【残り179日】


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