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六十三話「なかないで」



 全ては俺のせいだ。

 俺がキャロルを殺したと言っても過言じゃない。

 ケイティをハメたと言っても過言じゃない。

 全部、俺のせいなんだ。


「――――」


 気分は最悪だった。

 事件発生から三日か四日経った今日。

 サヤカは宿から飛び出したっきり帰って来なかった……訳でもなく。

 一応帰ってきていたようだ。

 だが、俺が気づかないうちに居なくなっていた。


 朝日が窓から漏れてくる。

 俺はサヤカが昨日作ってくれたご飯を食べながら。

 申し訳ない事をしたなと一人反省会を始める。


 こうなったのは、隠していた俺のせいだ。

 今、色んなツケが一気に押し寄せている。

 魔病を隠していたツケ。

 自分の力不足のツケ。

 目先の利益に騙されたツケ。

 あんなに命を賭けて入手したディスペルポーションも、現在はどこにあるか不明だ。


 一応、持ち帰った魔道具などの所有権は見つけたチームと言う事になっているらしい。

 なので、ギルドでディスペルポーションの捜索を依頼しては見たのだが。

 相手が相手だ。魔解放軍は今まで息を潜めていた団体。

 たかがギルドが、見つけられるわけない。


「……はぁ」


 グラネイシャに帰るための資金もない。

 お金はケイティにと思っていたが、こうゆう事態になってしまったのだ。

 マルはモールスに再度預けているので問題はないが。

 結局、出来なかったことが多かった。

 畑を作ろうと言う話も、肉の料理を教えてもらおうと言う話も。


 このままサヤカが俺の元に帰って来ない可能性もあるんだ。


「…………」


 あぁ、俺はいっつもこうだった。

 何かをするとすぐに裏目に出て、昔はよく騙されていた。

 悔しいもんで、騙された激情で相手をボコボコにしてやろうとしても。

 賢い奴がその激情すらも操って。

 ……思い出すのは、よそう。


「もう、何もしない方がいい。よな」


 俺は無気力な全身を椅子に預けながら、そう青空を見上げた。



 キャロル・ホーガン殺人事件。裁判まであと三日。



――――。



「………っ」

「……」


 ボクのせいだ。

 ご主人さまが窓の外を眺めながら、小さな涙を流しているのを部屋の玄関から覗き見た。

 ご主人さまを追い詰め、色んな局面でお荷物になった。

 ……ボクの責任だ。


 ボクはゆっくりと扉を閉め、ご主人さまに悟られないように宿を出た。

 そしてすぐに、考えた。


 どうすればいいのだろうか。

 このままグラネイシャ、ボク達の家には帰れない。

 何故ならお金の問題があるからだ。それはボクもご主人さまから聞かされている。

 それに、あの事。ボクは忘れたわけじゃない。


「………」


 今のボクとご主人さまは、少しだけ仲が悪い。

 それも含めどうにかするには、どうすればいいのだろうか。

 何かいい考えとか、ないのだろうか。


 ――もし、師匠をサザルの王城から脱獄させる事が出来れば……?


 サザル王国の王城はグラネイシャの王城より見ただけだと少し小さかった記憶がある。

 ギルドで大人の人と話した時があった。その話では。

 建物の中はあまりだが、サザル王国の王城は地下に巨大な施設があると噂らしい。


「……」


 ボクが忍び込んで、ケイティさんを助け出せるなら。

 ……と思ってしまった。


 もちろん不可能だと思うけど。

 難しい気がするけど、やるしかない。それしかないんだ。


 ボクが指名手配されても、いい。

 追われることになっても、いい。

 もし師匠と同じように捕まり、ご主人さまに怒られても、いい。

 もう二度と、ご主人さまに会えなくても、いい。


 ――ただ、何もしないのは嫌だ。


 だからボクは。

 こうして足を動かして、決意を固めた。

 ボクしかいないんだ。やって、助けて、もう一度。

 もう一度ご主人さまと、一緒に。


『俺は事件現場を見ていた。俺の証言と証拠が欲しかったら、諦めるな』


 その言葉を残した人と会うために、ボクは諦めない。



――――。



 まずは具体的な計画を立てなきゃいけない。

 王城の侵入方法は限られている。

 ボクが簡単に散歩がてら歩いて、簡単な地図を共に一人で考えようと思う。


「一つ目は正面玄関」


 警備こそ立っているが、一応そこから入る事は出来る。

 でも肝心なのが、師匠、ケイティ姉さんが捕まっている監獄がどこにあるのかだ。

 王城の地下には、罪人を収容する施設があるらしいのだが。

 沢山ある牢屋から、どうやってケイティ姉さんを救えばいいのだろうか。


「取り合えず、そこは一旦置いといて」


 まずは今考えられる情報から、どう侵入するかを考えようと思う。

 ボクが小さいからか、あまり不審には思われていないようだ。

 なので、何度も王城の周りを回りながら、ここなら行けそうと思う地点をメモした。


 二つ目はゴミ捨て場だ。

 サザル王国の王城は、お城の周りに川が流れており。

 大昔、人間と魔族の戦争時。そこは堀として利用されていたらしい。

 当時の名残が残っていると、ギルドで冒険者の人たちに聞いた。


 その川で一番浅瀬の場所、人が下りれるように階段が壁に設置されている地点があった。

 ある特定の時間に、ゴミをその場所に置いていた。

 それはこの二日間で気づいた収穫だ。


 そこから侵入したら、あとは運だ。

 お城の内部については何も分からなかった。

 でも、たった二日間で良くここまで考えれたと思う。


「ボクって意外と、行動力があるんだな」


 そう荷物を詰めながら呟いた。

 今日の夜、作戦を実行する。

 中に入って、どうするかはその時のボクに任せる。

 多分作戦は失敗すると思う。

 でも、何もしない方が嫌だ。

 嫌だし、誰かが諦めなければ。誰かがどうにかしてくれるかもしれない。

 キャロルさん殺害現場に残されていたメッセージ。


『俺は事件現場を見ていた。俺の証言と証拠が欲しかったら、諦めるな』


 例えボクが捕まっても、きっと、その人なら。

 信用していいのか自分では分からないけど。

 今は、その希望に縋るしかないんだ。


「――――」


 ご主人さまには、話す必要は、無いかな。


 この作戦は一人でやり遂げる。

 絶対に、ボクだけでやり遂げるんだ。

 そしてアピールする。諦めてないぞって。

 それできっと、あのメッセージを残した人は名乗り出てくれるはずだ。

 捨て身の作戦だけど。これで良かったんだ。

 誰も何もしないより、出来る奴が頑張った方がいい。


 もう、あの、ボクを救ってくれるご主人さまは居ないんだ。


 あんな顔のご主人さまを始めてみた。

 あんなに諦めた顔でいるご主人さまを、初めて知った。

 きっと、知らないだけでご主人さまも色々あったのだろう。


 最初こそ逃げているだけだと思ってた。

 魔法が使えないという言い訳を作って、戦う事を諦めているだけだと思ってた。

 そんな人だったんだって落胆した。

 今までボクが見てきたご主人さまは、誰だったんだろうなんて思った。


 でも、あの泣いてる姿を見てしまったら。

 また違うように、ボクには写ってしまった。


 少しいなくなった隙に、こんなに悪い子になってたら。

 ご主人さまはどんな顔をするんだろうか。

 まぁでも、これも自立って言うのかな。

 初めてだな、一人でここまで決めたの。


 不思議と体が軽かった。

 それは未知の体験に、初めての経験に胸を躍らせているからだと思う。

 ボクだって、やれるんだ。

 頑張ろう。



――――。



 涙が出ていた。

 気がついたら、俺は泣いていた。

 俺は一人だとこんなに弱かったんだって思い知らされた。


 懐かしいもんで、数か月ぶりにこの感覚になった。

 サヤカと出会う前、毎日こんな調子だったんだ。


「……俺は、結構、サヤカに支えられてたんだな」


 ずっと、しっかりしなきゃと思った。

 この無知な子供に、生きる道を与えなきゃと思った。

 色々苦労して、やっと始まった人生だと思った。

 この半年が、俺の人生だった。

 他の期間は全部偽物、あるいは俺じゃない誰かの記憶だ。

 俺が俺として始まったのは、あの少年と出会ったから。

 可愛く優しい。白髪の少年と出会ってからだ。


 俺はサヤカに全てを変えられた。

 腐った性根も治り、真面目に働こうと思い。

 人を守るために本当の意味で前線に立ち、目を背けていた他の兄弟とももう一度仲良くなれた。

 全部全部、俺だけの力じゃない。

 あの白髪の少年、アーロンが来たからだ。


「話すべきだったんだ」


 俺は話すべきだった。

 全て、洗いざらい。いらない情が湧いてくる前に。

 俺は一年で死んで、お前を最後まで面倒見れなくって。


 でも、それを伝えるのは残酷な気がして。

 もう少し。後で良いかなって思って。

 気づいたら、ここまで来ちまってた。

 俺は酷い父親だ。

 ははっ、父さんに似たな。


「……父親。か」


 父親。いつの間にか芽生えていたそんな親心。

 いずれ終わる関係でも、いずれ変わる思い出も。

 サヤカとは、永遠に居たいと何度も願ってしまう。

 願うだけで叶わないと理解していても、どこかそう感じてしまう。


「おかしいなぁ」


 つい半年前まで、俺は。

 自分が死ぬことしか考えてなかったなぁ。

 なのに、今は。


 どう生きるか、どう一緒に過ごすか。どんな顔をするかな。どんな声で笑うのかなって。


 そんな事しか気になれねぇし気にしてねぇ。

 荒い口調もいつの間にか治ってて。

 俺の廃れていた筈の正義感も蘇って。

 今までが良い事尽くしだったんだ。


「だから、そのツケか。俺の人生の教訓は、『幸せは必ず終わる』って事だな」


 終わるのだ。必ず。

 終わってしまう。終わるから、それは尊く曖昧なんだ。

 幸せや幸福は必ず終わる。終わってしまう。

 それがいつ何時、何分後か何時間後か何日後かなんてわからない。

 だからこそ、幸せな時に、それを噛みしめ忘れないように。


「日記、書いててよかった」


 冬の風に揺られて、ケニーの手元にあった本が、ゆっくりと循環した。



――――。



 時が来た。

 暗闇の中、ボクは王城の影にある低木で身を潜めていた。

 時間はもうそろそろみんなが寝る時間。

 あれから結局、ご主人さまの元へ帰っていない。

 でも、それでもいい。

 今まで貰って来た物を返すんだ。

 こんな親不孝なボクで、また負担かけさせるかな。


「よし」


 腕に括り付けたロープを使い。

 王城の堀にゆっくり降りて行った。



 キャロル・ホーガン殺害事件。裁判まであと16時間。



 余命まで【残り177日】



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