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六十四話「たった一人の奪還作戦」





 戻って戻って。

 戻って戻って戻って。







 戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って――。



――――。



 予め用意しておいたロープを使い。器用に堀を降りて行った。

 元々ボクはあまり器用じゃなかったけど、ご主人さまのお陰で色んな事が出来るようになった。

 感謝しなきゃいけないなぁ。


「よいしょ」


 降りるとそこには、川を挟んだ先に目的のゴミ捨て場が見えてきた。

 ロープを腰のベルトに括り付け、流れが緩やかだけど深さがある水面に自分の顔が映る。


「大丈夫……行ける」


 そう自分に暗示をして、懐から取り出した杖を右腕で持ち。

 深呼吸をして。


「世界のマナよ、大気の熱量を奪い、その姿を、変え給え」


 杖の先から生成される光の粒。それは川の水面に触れた瞬間。


「――【魔法】アイス・ストーム!!」


 広がるように、水面が氷に包まれて行き。

 それは即興の道へと変わった。


「……行ける。行ける」


 自分でそう呟いていく。大丈夫だ。

 水に沈んだとしても、ボクの魔法があれば何とかなる筈だ。

 だから大丈夫、大丈夫だ。僕なら、大丈夫。

 信じて飛べばいいんだ――。


「くっ!」


 ボクは氷の上に足を付け、駆け出した。

 足で踏めば氷には亀裂が走り、でもそれに構ってる暇なんてない。

 素早く二歩目を踏み出す。三歩目、四歩目。


「――ッ!!」


 ……地面があった。石で作られたその場所で、ボクは腕をついていた。

 五歩目の踏み込みを強くし、ボクは王城側の壁にあるゴミ捨て場に飛び移る事に成功したのだ。

 流石にヒヤヒヤしたけど。何とか出来たから取り合えず安心できた。

 とりあえず、最初の課題を突破した。


 そこからボクは待った。ゴミを捨てに来る人が来るまで待った。

 確かにそこに扉はあるけど、一応だが鍵が掛かっていた。

 王城だから当たり前か、簡単には入れない。


「だから」


 待つ。それがこの作戦の、一番の難所だ。

 いつ来るか分からないゴミ捨ての人を来るまで、待つんだ。

 待って待って、絶対に中に入ってやる。


 元々、失敗前提の作戦だ。

 諦めていないと言うアピールをすれば、必ずメッセージの主は出てくる筈だ。

 あのメッセージをどれだけ信用していいのかボクには分からないけど。

 希望が、それしかないなら。

 例えそれが蜘蛛の糸のように細く淡い希望でも。

 それしかないから。やるしかないんだ。

 ボクに残された選択は、“やる”か“やらない”か。

 ボクは“やる”を選択しただけの事。


 きっと、今は色々積み重なっているだけだと思うけど。

 ご主人さまも、万全なら同じことをするはずだ。


「……少しだけ、期待してたんだけど、なぁ」


 もしかしたら、ここに居たら。ご主人さまも同じ作戦で来るのではないか。

 もしかしたら、ボクの犠牲を止めに来てくれるんじゃないか。

 もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら。


 そんなもう遅い妄想が、止まらなかった。

 一時は喧嘩をして、決別っぽい事をしたんだけど。

 こうも一人になってしまうと、やっぱり。ボクは弱いんだなって。


 ボクの魔法も。ボクの勇気も。ボクの決断も。ボクの覚悟も。


 全部、後ろに信用出来て、救ってくれるご主人さまが居たからだ。

 もう手遅れだと思うけど、もし叶うなら、叶ってしまうのなら。


 ボクはもう一度、ご主人さまとお話ししたいな。

 話してなかった過去も全部、ご主人さまなら受け入れてくれる。

 ボクが抱えていたそれも、全部理解してくれる。

 今まで何を見てきたんだろう。

 ケニー・ジャックは、そうゆう男だった。


「どうして忘れてたんだろ」


 全部話して、この捨て身の作戦も話したら。

 きっとボクの横には、ゴミじゃなく。あの黒い髪の毛が顔を出していたんだろう。

 そこで、うん。少しだけ震えてるボクの腕を掴んで。


 大丈夫だって、言ってくれる。


「大丈夫だって、言ってくれる……よね」


 っ……。あぁ、やっぱり、震えてる。

 手が震えてる。怖いんだ。

 ここに来て、怖いんだ。


「……少しだけ疲れた」


 小さく呟くと共に。


「ちっ、また今日も僕がゴミ捨てですか」


 そう不満げな文句が聞こえてきた瞬間。

 扉から出てきた兵士を感電させ。その身ぐるみを剥がし。

 サヤカは、王城へと侵入した。



――――。



 雰囲気は、本当にお城の中だと思わせる場所だった。

 言うならば、豪華な仮面の裏側。そこはキッチンのような場所だった。

 金色のフライパンが天井にぶら下げられ、それに続いて大きさの違う危惧が壁にぶら下げられている。

 その光景は、いわば絵本の世界の様だった。

 昔一度だけ行った事がある。ご主人さまの実家よりも豪華だった。


 兵士の人が持っていたのは数少ない。

 長い剣と、これは光の魔石?

 何かあったらこれで異常事態を知らせるって事かな。

 その二つをボクは頂戴し、キッチンを出ると。


「――――」


 廊下だった。

 天井が高い廊下で、壁には色んな絵画が飾られ、照明も多かった。

 その先で、声が聞こえた。


「最近、グラネイシャが変な動きを見せているらしいじゃないですか」

「確かぁ、噂の序列を緊急招集させたとかの話だろ?それって信憑性があんのかよ」

「それがですね!数年前の反乱時、その序列が反乱の解決を手助けしたとか」

「その噂も聞いたことあるがなぁ……」


 二人の兵士と思わしき人物が、サボっているのだろうか?

 そんな雑談を、歩きながらしていった。


 危なかった。

 数秒出るのが遅かったら、ばったり出くわしてた。

 心臓の高鳴りを抑えながら。

 ボクは地下への入口らしい階段を発見した。


「よし、この先に――」

「――最近、グラネイシャが変な動きを見せているらしいじゃないですか」


 唐突に背後から聞こえてきたその声に。

 ボクは急いで近くにあった植木鉢に体を隠した。


「確かぁ、噂の序列を緊急招集させたとかの話だろ?それって信憑性があんのかよ」

「それがですね!数年前の反乱時、その序列が反乱の解決を手助けしたとか」

「その噂も聞いたことあるがなぁ……」


 え?

 その話、さっきもしてなかった?

 あれ? え?

 どうゆう事?


「えっ……ここって」


 廊下だった。

 天井が高い廊下で、壁には色んな絵画が飾られ、照明も多かった。

 その先で、声が聞こえた。


 あれ、え?

 さっきまで目の前にあった地下への階段が。


「……消えてる?」


 その違和感を感じながら。ボクはもう一度隠れて。

 サボっている兵士が通り過ぎた後。

 もう一度ボクは記憶通りの道へ進んだ。

 しかし――。


「最近、グラネイシャが――」

「っ!」


「最近、グラネイシャが――」

「なんで……?」


「最近、グラネイシャが――」

「――――」


 ――何が起こっているんだ?


 分からない。どこへ走っても、どこに行ってもすぐこの場所に戻っている。

 おかしい。おかしいんだ。

 頭が、おかしくなりそうで。


 走って見つけて――戻って。

 走って転んで―――戻って。

 走って会話して――戻って。


 キッチンに帰ったら―――戻って。

 走って別の道に進んで――戻って。

 歩いて頭が痛くなって――戻って。


 もう嫌になって物を壊しても――戻って。

 疲れて座ってるだけでも――――戻って。

 魔法を繰り出して見ても――――戻って。

 出来るだけの出力で壁を壊して―戻って。


 走って戻って見つけて戻って走って戻って転んで戻って。

 戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って戻って。



――――。



「………」


 もう、無力だった。

 息をしてる感覚がなかった。

 体が浮いているような感覚だった。

 足が動かなかった。腕が上がらなかった。

 どんどん目が閉じて行って。

 暗闇に閉じ込められる気がしたけど、もう動けなかった。


 戻り続けた。戻ってもう一度するのを繰り返した。

 もう何度、あのセリフを聞いたのか分からなかった。

 何時間も、この場所に居るような感覚だった。

 自分が分からなくなった。


「……もどりたい」


 小さく、白髪の少年が呟いた。


 ――バリンッ。


 その瞬間、ボクの左側の壁がガラスの様に割れ。

 そこから白い光が漏れてきて。


「おい!!大丈夫か!!」

「……だ、れ?」


 知らない声だった。だけど、その声からボクを助けようとしていると瞬時に理解した。

 その声は、割れた先の白い光から聞こえてきた。


「もう一度始まる前に、この亀裂へ飛び込め!!」

「――――」

「動け!死ぬぞ!」

「……動けないん、です」

「ちっ。動かないと、お前が会いたいと思ってるケニーにもう一生会えないぞ!!!」


 ――!

 その言葉を聞いた瞬間。

 ボクは、立ち上がっていた。


「来い!時間がない!」


 恐る恐る、そんな足並みだった。

 これはボクの妄想かもしれないと、少しだけ頭に掠ったけど。

 その言葉を聞いて、その名前を聞いて。

 戻りたいと、強く願った。

 戻りたい。戻りたい。戻りたい。あの人に、頭を撫でられたい。

 お肉を食べたい。一緒に過ごしたい。過ごして。


 千年先まで、ケニー・ジャックを語りたい……っ!


「早く!急いでくれ!」

「最近、グラネイシャが――」


 何度も聞いたその声がした。

 だからと言って、ボクの足並みは早くならなかったけど。

 どうしてこんな、いきなり、歩く気になったんだろって。

 自分でも不思議だった。


「――――」


 何を言ってるんだろう。


 主人さまとの生活が。

 ボクにとってかけがえのない思い出だった筈だ。

 ボクの、一部だったんだ。

 それだ。それが今、ボクが立ち上がって歩けてる理由だ。

 何知らないフリしてたんだ。

 まだまだ、子供だな。


 だから――。



「――ッ!!」



――――。



 外だった。

 月の光の影になってる場所、夜風が涼しい場所だった。

 どこか分からない家の隙間、路地裏だろうか。

 そこで、ボクはお尻を地面に付けて座っていた。


 無性に、ご主人さまに会いたかった。

 話がしたかった。仲直りがしたかった。

 でも、その前に。


「目が覚めたか。アーロン」


 その名前を知っているのは、ご主人さまだけの筈なのに。

 なぜか、ご主人さまじゃないその人影はボクの名前を言い当てた。


「あなたは……助けて下さってんですか?」

「確かに、諦めるなと言ったが。

 『鏡の魔石』の中に囚われ、自分の命を捨てろとまで書いた覚えは無いぞ」


 書いた覚えがない?

 え?つまり。


「あなたが……」

「……ふん。俺がわざわざ残したメッセージに、お前しか気が付かなかったのか」


 その見た目には覚えがあった。

 強烈で、勇敢で。頼もしかった記憶がある。

 その人だった。


「どうして、あなたがここに――?」








 キャロル・ホーガン殺害事件。裁判まであと13時間。



 余命まで【残り176日】



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