隙間から覗き込んだ俺はフェルディナントと視線が合ってぎょっとした。
次の瞬間、俺は横に飛んでいた。
「何奴だ!」
フェルディナントが刀を抜いて天板を刺し貫いたのだ。
危うく、串刺しにされるところだった。もっともそんなドジではないが……
「誰だ?」
そう言ってフェルディナントはベッドの上に立上がって天板を外して天井裏を見てくれたのだ。
俺は一瞬で柱の陰に隠れた。
フェルディナントは必死に周りを見たが、ここは大の大人が隠れられるような場所はないのだ。
フェルディナントがいくら見ても、人影はなかった。
「おかしいな。確かに誰か覗いていたと思ったのだが、気のせいか?」
首を振りつつフェルディナントは天板を戻した。
俺はほっとした。
それでなくても時間が遅くなっていたのに、この件でフェルディナントは警戒してしまった。今日はもう、探るのは難しいだろう。俺はカーラの部屋に戻ることにした。
でも、どうしよう?
王国は今は結構難しい状態にあるのではないかと俺は思っていた。
前回カーラが襲われたのに、国王らは宰相に対して何もしていないのだ。破落戸らが宰相のところのものだと尋問すればすぐに判ったはずだ。宰相を捕まえようと思えばいくらでも証拠があったのにしなかった。
やはりこの国の王権はとても弱くなっているのだ。特にノース帝国が宰相の後ろにはおり、国王としても手を出せなかったのかもしれない。
しかし、宰相は王位継承権をもつカーラを攫おうとしたのだ。ここは本来ならば絶対に強硬策に出るべきところだったと思うのだが……何か国王らも思うところがあるのか?
俺にはよく判らなかった。
それを調べるために国王の執務室の近くにも行ってみたが、さすがにこの時間は誰もいなかった。
俺はせっかくカーラの部屋から忍び出たのに無駄足だったかとがっかりした。
しかし、その時だ。俺は兵士達の声を聞いたのだ。
「レイ、やっときてくれたか」
男の声が聞こえた。
レイ? 確かカーラの護衛騎士の一人がそのような名前だったはずだ。
俺は天井の隙間から下を覗いた。
そこは入り組んだ廊下の真上だった。王宮は建て増しに次ぐ建て増しで、建物自体が結構入り組んでいる。ここは丁度周りからは見えない位置になっていた。それもこんな夜遅くに会うなんて絶対に変だ。
そこにはカーラの護衛騎士のレイという男と、宰相のところで見たことのある居たマドックという護衛騎士だった。
「ふんっ、貴様とは昔からの付き合いだからな」
レイは親しげにマドックに話しかけた。
「それでこそ友人だぜ」
マドックはレイに頷いていた。
「で、俺に何の用だ?」
レイが聞いていた。
「いやあ、お前が友人だと信じて話がある」
重々しくマドックが話し出した。
「また、堅苦しい話だな」
「そうだ」
マドックが頷いた。
「今、宰相と陛下の仲は最悪だ。宰相閣下は陛下にいろいろと思うところがあるみたいだ」
「それは陛下もあるだろう」
マドックにレイが言い返した。
「ひれはそうだ。しかし、宰相にはノース帝国がついている」
「マドックの言い方じゃ、宰相が何か企んでいるっていうことか?」
「レイ、貴様を信じて話をしているんだ。出来たら宰相閣下のところに来ないか?」
「なんか言い方がおだやかじゃないな」
「そういうことだ。結構な人間が既に閣下に誼を通じている」
マドックはとんでもないことをレイに打ち明けていた。
俺はそれを聞いて目を見開いた。
「しかし、俺はカーラ様の護衛騎士だ。カーラ様には今サウス帝国の皇子がアプローチしている。サウス帝国がカーラ様につけば勝敗は五分と五分だろう」
「そんなことを宰相閣下が考えていないとでも思うのか? サウス帝国の皇帝はこの国についてはノース帝国に譲ることにしたんだよ。その分獣人国の利権をサウス帝国に渡すことにしたらしい」
俺は今日の大使がフェルディナントに持って来た情報が、その事だったんだと理解できた。
しかし、ここに獣人国の話が出てくるとは思わなかった。獣人国はノース帝国の配下にもサウス帝国の配下にも入っていない。独立国だし、獣人国の戦力は別物なのだ。ノース帝国にしてもサウス帝国にしても表だって獣人国と争おうとはしていない。それを変えるということだろうか? しかし、獣化できる獣人国の戦力は強大でノース帝国やサウス帝国が戦争を仕掛けてきても十分に受けて立てるし、そう簡単に負けるとは思えなかった。
「それは本当のことなのか?」
「そうだ。だからこれからはサウス帝国の皇子がカーラ様のところに行くことはないだろう」
レイの問いにマドックははっきりと断言したのだ。
獣人国のことは横に置いておいてだ。
取りあえず、この国のことだ。宰相らが反乱を企てているのならばそれを事前に食い止めないととんでもないことになる。
「少し考えさせてくれ」
レイは即答を避けた。
「ああ、大切なことだからな。だがあんまり時間はないぞ」
マドックの言葉が本当なら、反乱を起こす時期はどうやら間近に迫っているらしい。
「判った。来週までに返事する」
「そうしてくれ」
二人は別々に別れた。
来週までということはもう5日もない。
俺は慌ててカーラの部屋に帰ったのだ。