「でも、ころちゃんは普通の子犬でしたよ。お風呂に一緒に入ってゴシゴシ洗いましたけれど、何も変なところはありませんでしたけれど」
私はころちゃんが白い騎士の使い魔であるという変な妄想を頭の中から追い出して説明した。
「しかし、カーラ、使い魔がどのようなものか、我らでは判るまい。魔術師などこの国にはほとんどいないのじゃからな」
お父様にそう言われて、私は納得するしかなかった。
でも、ころちゃんが使い魔だと、私の言動が全て白い騎士様に報告されていることになる。それだけは絶対に現実になってほしくなかった。
「それよりも白い騎士の正体じゃが、どこの国のものじゃと思う?」
お父様が騎士団長に尋ねた。
「さあ、これだけではなんとも。しかし、姫様への手紙では、宰相が反乱を起こした時はサウス帝国のフェルディナント殿を頼れとあります。フェルディナント殿の知り合いではありますまいか」
騎士団長が意見を言ってくれた。
「えっ?」
私はそこは思いつかなかった。
でも考えてみれば頼れと言うからには知らない仲ではないということだ。
「ひょっとしてサウス帝国の騎士かもしれんの」
お父様が言い出した。
その事は私が思いつきもしなかったことだ。
ひょっとしてフェルディナントは私を守るために、わざわざ騎士を一人つけてくれたんだろうか?
会って何度か話した限りはそうは思えなかったけれど。
「その可能性はありますな。サウス帝国の騎士ならば姫様に対してフェルディナント殿を頼れと書かれたことも納得いきます」
えっ、じゃあ、フェルディナントは最初から私を守ってくれていたということ?
それなら、私は少し冷たい態度を取り過ぎただろうか?
私が赤くなったり青くなったりしている時だ。
「申し上げます。サウス帝国の第四王子殿下であらせられるフェルディナント様がお越しになられました」
お父様の侍女のレイナがフェルディナントの訪問を告げてきた。
「これはこれは。丁度話し合いしているところに話題の当事者の一人のフェルディナント殿がいらっしゃるとは」
騎士団長が笑ってくれたが、私は心の整理が出来ていなかった。
「そんな、こんな急に来られても」
私はあたふたした。
「まあ、カーラ、そのように慌てるでない。取りあえずは何をしに来られたか、フェルディナント殿に聞いてみようではないか。詳しい話はそれからじゃ」
お父様が平然と言ってくれた。
取り乱した私も取りあえず深呼吸して心を落ち着かせた。
「朝早くに申し訳ありません」
そこにフェルディナントが入ってきた。一人ついてきた騎士は背格好も顔の形も白い騎士様ではなかった。
「そうじゃの。このような早朝にいかがなされたのじゃ?」
お父様が驚いた振りをして聞いてくれた。
私はフェルディナントの顔を見るだけで精一杯だった。
「これはカーラ様もいらっしゃいましたか」
フェルディナントは嬉しそうに話し出した。
「実は、昨夜遅くに、カーラ様の子犬が我が部屋に来まして」
「ころちゃんがフェルディナント様のお部屋に行ったのですか?」
私は慌てて尋ねていた。
「はい。捕まえようとしたのですが、そのまま逃げられまして」
フェルディナントが申し訳なさそうに話してくれた。
「せっかく我が騎士の方に追いやって頂けたのに、我が騎士達が逃してしまったそうで、なんとも面目ありませんな」
騎士団長がその話を受けて謝ってくれた。
「騎士団長のところに報告が行っておりましたか」
フェルディナントは苦笑いをした。
「でも、ころちゃんはどこからフェルディナント様の部屋に入ってきたのですか?」
私は思わず聞いていた。
基本的にころちゃんは私の部屋からは出れないはずだったのだ。
騎士の誰かが手引きしたんだろうか?
私が不思議がっていると、
「天井裏から飛び降りてきたのです」
フェルディナントの説明に私は言葉を失った。
「天井裏からですか?」
騎士団長も驚いていた。
「まあ、確かに子犬ならば天井裏は歩けないことは無いですが、どこから天井裏に潜り込んだか探ってみる必要がありますな」
騎士団長が考えるそぶりをしてフェルディナントを見た。
この話し方だけではフェルディナントところちゃんの繋がりが見えなかった。もし、白い騎士がフェルディナントの騎士でころちゃんが白い騎士の使い魔ならば、フェルディナントところちゃんは知り合いのはずだ。一緒にデートした時を思い返すと確かフェルディナントところちゃんはお互いに反発し合っていた。よく思い出すに知り合いでは無かったということになる。
でも、それなら何故白い騎士はフェルディナントを頼れという紙を残していったのだろう?
私にはますます判らなくなった。
「他に我らに何かお話頂けることはございませぬか?」
騎士団長が更に質問してくれた。
「実はこのような手紙をその子犬が持って参ったのです」
フェルディナントがふところの紙を広げてくれた。
『宰相反乱時、カーラを守れ。白い騎士』
そう紙には書かれていた。
「これはどういう事ですかな」
お父様が聞いてくれた。
「さあ、私にはなんとも。陛下にお伺いすれば何かわかるかと思い、早朝にもかかわらず来させて頂いたのです。宰相閣下は反乱を起こされるので?」
フェルディナントがストレートに聞いてきた。
「それが事実かどうかは今確認しているところですな。ところでここに書かれている白い騎士という御仁をフェルディナント様はご存じですか?」
お父様がフェルディナントの顔をじっと見つめてくれた。
「カーラ様が破落戸に襲われた時に助けに来た騎士だとしか私は存じ上げませんが」
そう答えるフェルディナントが嘘を言っているようには見えなかった。
「そうですか? 実はカーラ様のところにもこれと似た伝言が残っておりまして、我々はフェルディナント様が白い騎士とお知り合いかと思ったのですが」
「まさか、そのようなことはございませんよ」
フェルディナントは首を振ってくれたのだ。
「こちらがそうなのだが」
お父様が私の所におかれた紙をフェルディナントに見せてくれた。
「なんと、白い騎士殿はカーラ様にも私を頼るようにと伝言を残してくれたのですな」
フェルディナントはその書き置きに感動してくれたようだ。
「少し我らの方でも白い騎士が誰なのか早急に当たってみましょう」
フェルディナントが立上がろうとした。
「それよりもフェルディナント殿。このような紙をお持ち頂いたということは、もし宰相が反乱を起こした時にはサウス帝国は我らの味方になってくれるという証ですな」
お父様がフェルディナントにサウス帝国の意向を確認してくれたのだ。
その瞬間さっと冷たい冷気のようなものがお父様とフェルディナントの間を流れた。