とりあえず、現状の課題に対して今すぐ実行しなければならないことは終わらせたと思う。だから、今は今後の方針について考える段階だな。
つまり、いつも通りにユフィアと話をすることになる。相変わらずの清楚な笑顔を浮かべて、ユフィアは俺の前に座っている。
さて、どんな議題になるだろうな。おそらくは、エルフ関連の話ではあるだろうが。こちらから打てる手は、思いつく分は打っている。となると、後は状況への対応になるはずだ。
ということで、まずはユフィアの話に耳を傾けることにした。ユフィアは穏やかな笑顔で、優しい声で、こちらに向けて話し始める。
「エルフの英雄、と呼ばれる存在について、ローレンツさんはご存知ですか?」
知っていると言えば知っている。知らないと言えば知らない。細かく話をすると、原作知識はあるという程度だな。確か、エルフの精霊術と魔法を兼ね備えた存在なんだとか。
精霊術はいわゆる属性に関する技で、魔法は主に人間がひとりひとつ持っているものだ。ユフィアの魔法は遠くを見るもので、ミリアの魔法は物体を重くするものというように。
要するに、とても強いエルフということだな。
後は、エルフには複数の部族が居る。それらをまとめ上げたというのが、原作で語られていた実績だ。エルフというのは、それぞれの部族が遊牧民族のように放浪しながら生活している。だからこそ、まとめ上げるのは難題だ。俺でも分かる。
エルフの英雄と言われるのも納得できるだけの実力を持ち合わせているのは、間違いない。武力面でも、戦略面でも。
さて、どこまでユフィアに伝えるかな。原作知識を武器にしすぎれば、いずれ原作知識が通用しない場面で失望されるだろう。だが、俺には原作知識くらいしか武器がない。だから、ある程度は使っていきたい。
少し悩んで、答えを決めた。おそらくは、悩んでいる時点でユフィアに何らかの情報を与えているのであろうが。悩むということは、思い当たる情報があるということなのだから。
本当に、駆け引きは難しい。そう思いながら、ユフィアに返事をする。
「確か、名前はアルスと言ったな。なんでも、文武ともに優れた存在なのだとか」
「はい、そうですね。エルフをまとめて、こちらに攻める準備をしているようですよ」
どうして知っているのか、など質問するだけ無駄だ。ユフィアには遠くを見る魔法がある。多くの部下がいる。その2つを使って情報を集めたに決まっているのだから。
こちらに攻める準備をしているというのは、事実だろう。そこを偽る意味はない。わざわざエルフの領地に攻め入ったところで、手に入るのは寒冷な不毛の大地だけ。意味もなく虐殺する趣味は、ユフィアにはない。
だから、攻め込んでくるだろうエルフにどう対抗するのかが問題になるだろう。時間があれば、救荒植物に関する話で融和に近づけたのかもしれないが。
今の段階では、具体的な実績などない。だから、どうやってエルフと戦うか。そういう話をせざるを得ない。
生き残ることだけを考えたのなら、こちらから攻め入る方が大事だろう。自領で戦争などしてしまえば、土地や民に被害が出る。それを敵に押し付けるのが、基本的な戦術のはずだ。とはいえ、倫理的には褒められたことではないが。
だが、俺には代案がない。結局、戦争は止められないだろうな。なら、できるだけ早くアルスを討ち取ることを狙うだけ。そうするのが、犠牲を抑える近道だろう。
「なら、理想はアルスを暗殺することだな。とはいえ、人間をエルフ相手に潜入させることはできないが」
「耳の長さや精霊術の問題がありますからね。偉いですよ。よく考えていますね」
そう言われて、頭を撫でられる。褒められることは嬉しい。だが、できることなら感心されたいものだ。ユフィアに認められたのなら、色々な意味で嬉しいだろうからな。
とはいえ、まだ具体的な提案はできていない。そこをどうするかが、腕の見せ所と思うべきだろう。まあ、俺は戦術には明るくない。基本的には、誰を采配するかを考えることになる。
「アスカとルイズ、そしてサレンを連れていきたいところだ。そうできれば、かなり有利に進むはずだ」
「なるほど。アスカさんの戦力を最大限に活用するということですか。アスカさんなら、実力を発揮できれば負けないでしょうね」
俺の意図は、かなり読まれていると言って良いのだろうな。アスカに暴れさせるための采配なのは事実だ。
当然、アスカは個人では最強と言って良い。戦略の柱だな。そしてルイズには幻影を見せる魔法がある。つまり、アスカの動きを誤認させることができる。それだけで、活躍の幅が一気に広がるはずだ。
そしてサレンは、毒を癒やす魔法を持っている。つまり、アスカを謀殺しようとする敵の戦術をひとつ潰せるんだ。アスカの強さを知ったのなら、敵は正々堂々と戦わないだろうからな。
俺の意図としては、そんな感じだ。もちろん、連携などの問題もあるだろうから、仲良くするための動きも必要になる。アスカとサレン、ルイズの関係性には気を配らなければならないだろう。
「アルスに対抗できる戦力を集められている。そう信じるしかないな」
「私達にできることは、事前の準備だけですからね」
笑顔でそう言われて、俺の頭にある考えが思い浮かんだ。それは、俺もエルフとの戦場に向かうことだ。無論、死の危険はある。だが、得るものが多いと判断した。
もし勝つことができれば、エルフを打ち破ったという名声を手に入れられる。それは、王子としてはとても大きい成果だろう。
同時に、俺自身が戦場におもむく人たちの潤滑剤となる動きもできる。民衆が反乱を起こした時のように、王子の応援で士気も上げられるかもしれない。
総じて、ハイリスクハイリターンだと言えるだろう。
「ならいっそ、俺が総大将になるのはどうだ?」
「ふふっ、面白いですね。いくつかの派閥をまとめるのは、大変ですよ?」
もちろん、誰に手柄を与えるかなどの問題が発生することは想定できる。だが、王宮でも必要なことだ。こなせなければ、俺に未来はないだろうな。
拳を握って、決意を固める。必ず、エルフに勝ってみせると。アルスを討ち取ってみせると。
「やりとげてみせるさ。ユフィアにも、いい知らせを持っていくつもりだ」
「楽しみにしていますね。では、準備に移らないといけませんね」
頭の中に、いくつかの過程が思い浮かんだ。まずは、話を通すことだな。サレンとルイズの顔を思い描きながら、俺は強く頷いた。