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第60話 忠誠の意味

 スコラの用意した植物について、周囲に聞いて回った。すると、中にソバの花が混ざっていることが分かった。他もふきのとうやオオバコといった、俺も知っている食材だった。


 その中でも、ソバとオオバコに似た毒草は見つかっていないんだとか。ということで、かなり可能性を感じるところだ。特にソバは、前世で主食になっていたほどの植物だ。もし広がれば、相当良い効果をもたらせるはず。


 とはいえ、育てるにも時間がかかる。成果が出るには、年単位の時間が必要なはずだ。そしてきっと、エルフは待ってくれない。だから、一度は戦うことになるだろう。悲しいことではあるが。


 だから今は、フィースの集めた兵をどうするかが課題になる。もっと早く決めておけという話ではあるが。反省は必要だが、後で良い。今は、対策に時間をかけるべきところだ。


 兵権を持っているのは騎士団長ということで、ミリアに相談に向かった。部屋に向かうと、いつも通り豪華な席に座って足を組んでいた。


 ミリアはこちらに目を向けて、薄く口を釣り上げる。そして、こちらを手招きしてきた。俺は近寄っていって、さっそく話し始める。


「なあ、ミリア。俺は兵を集めているのだが、調練を手伝ってくれないか? 必要な対価があれば、できるだけ払う」


 頭を下げて頼み込む。そんな俺に、ミリアは高慢な様子で笑いながら返してくる。


「ならば、妾に忠誠を誓ってもらおうか。無論、言葉だけでいいぞ。ただの言葉で成果を得られるのだ。悪くないであろう?」


 確かに、ミリアの提案はとても魅力的だ。ただ言葉だけで手間を払ってくれるのなら、どれだけ安いものか。俺には兵の調練などできない。だから、代替してくれる存在がどれほどありがたいか。


 なら、単なるプライドなんて捨てるべきだよな。せっかくだ。頭も下げておこう。いっそ、膝までついた方が良いか。忠誠を誓うというのなら、態度だって大事だろう。


 俺に屈辱を味わわせようとしているのなら、甘いと思い知らせてやればいいさ。王子らしい誇りなど、俺は持ち合わせていないんだ。痛みもないのに、立ち止まるものかよ。


 ということで、ミリアの足元にひざまずいていった。そこから、ハッキリと言葉にしていく。


「ミリア様。俺はあなたのために、全力を尽くすと誓おう」

「ふふっ、良いぞ。では、私の足を揉んでもらおうか。ほら」


 そう言って、ミリアは座りながら足をこちらに伸ばしてきた。俺はミリアの足を手にとって、しっかりと揉んでいく。できるだけ、疲れが抜けるように。


 まずはふくらはぎを両手にとって、ゆっくりとほぐしていく。指先に力を入れつつ、慎重に。ミリアは満足気に頷いて、俺に声をかけてくる。


「妾に尽くす気分はどうだ? 苦しいか? それとも、妾の脚に触れられる喜びで満ちているのか?」


 挑発的な声をかけてくるが、別に気にならない。ミリアの望みは、俺が苦しむことなのかもしれない。王子として生きてきた俺が、地にはいつくばることで。


 だとしたら、ミリアの希望を叶えることはできないな。足を舐めろと言われようが、構わないのだから。背中を切られる苦しみに比べれば、死ぬ恐怖に比べれば、どうということはないのだから。


 とはいえ、全く気にしない姿を見せるのも危険だろう。少なくとも、ミリアの機嫌を取らなくてはならない。苦しいと言っても、うまい演技はできないだろう。結果として、すぐにバレるだけだろうな。


 だったら、別の道を選ぶだけだ。ミリアはちょうど良い手がかりを与えてくれたのだから。


「ミリアは美人だからな。お前に触れられるのなら、確かに嬉しい。感謝しているくらいだよ」


 そう言うと、ミリアは上機嫌そうに笑った。媚びているのだから、気分良くなってほしいものだ。そうでなくては、意味がないのだから。


 いっそのこと、もっと尽くせばもっと要求を飲ませられないだろうか。そんな欲求が浮かんできた。とはいえ、欲張りすぎれば危険だろうな。過剰に求めれば、ミリアは失望するはずだ。


 違うな。俺から何かをやってほしいと求めるから間違いなんだ。ミリアをもっと上機嫌にさせて、褒美としてなにか出したくなるくらいまで尽くす。当然、求めすぎないまま。


 本来なら、ミリアには何もされなくてもおかしくない。にも関わらず、わざわざ手間を掛けてくれている。忘れてはいけないことだ。強欲は身を滅ぼすだけ。


 そうだな。ミリアに対する感謝の心で尽くすだけ。よし、心は決まった。俺はどうするか考えるべく、ミリアの様子をうかがっていた。


 すると、水差しが切れていた。ということで、話を差し込むタイミングをうかがっていく。ミリアは逆の足を出してきたので、今はそちらを揉みながら。


「妾のものになれば、他の場所にも触れさせてやろうではないか。胸や尻など、お主だって見ているだろう?」


 そう言いながらミリアは前かがみになり、腕を組んで胸を強調していた。実際のところ、ミリアのスタイルは確かに良いから、目を惹かれている部分はあるのかもしれない。まあ、実際にミリアのものになってしまえば、とんでもなく振り回されるのだろうが。


 まあ、ただ尽くすだけで相当な報酬をもらえるのだから、むしろ安いくらいではあるだろう。ミリアだけに気を配っていれば良いのなら、受けていたはずだ。


 とはいえ、今ミリアのものになってしまえば、間違いなく大勢が敵に回る。特にユフィアは、確実に。だからこそ、慎重に言葉を選ばなければならない。


「まだ恐れ多いな。ミリアの大事なところに触れてしまえば、手が震えそうだ。そんな失礼なこと、できないだろう? そうだ、水を変えてくるよ。少し、頭を冷やしてくる」


 そう言って、ミリアの水差しを手に取る。すると、ミリアは少し目を見開いていた。驚かせられたのなら、悪くないな。そんな満足感もあって、水差しを握る手に力が入った。


「自分から妾への忠義を示すとはな。殿下も女心が分かってきたではないか」


 ミリアは楽しそうに笑っている。人に忠誠を誓わせるのを喜ぶ女心なんて、めちゃくちゃだ。そんなことを思いながら、メイド達の動きを見て、教わりつつ水を入れていった。


 そしてミリアのもとに戻ると、ミリアはニンマリと笑っていた。そのまま、俺の方を向いて足を組み直している。


「さて、手ずから飲ませてもらおうか。こぼさないように、気をつけるのだぞ」


 そう言われたので、慎重にミリアの口元に水差しを持っていき、口がくっついた段階でゆっくりと傾けていく。何度かミリアの喉が動き、そして俺の方に目をやってきた。合図だと判断して、傾きを戻す。


 ミリアは口の端から軽く水を垂らしながら、こちらに笑みを浮かべていた。そして、強く頷く。


「さて、残りはお主が飲んで良いぞ。妾と同じものが飲めるのだ。嬉しいだろう?」

「ありがとう、ミリア。実は喉が渇いていたんだ。遠慮なく、飲ませてもらうよ」


 そのまま水差しから、ゆっくりと水を飲んでいく。大切に飲んでいるように、演出しながら。しばらくして全部飲み干すと、ミリアは声を上げて笑っていた。


「そこまで味わって飲むとはな。妾の飲みかけは、うまかったか?」

「ああ。また飲みたいと思うくらいだったよ」

「良いぞ。よくぞ妾を満足させてくれた。殿下が戦場におもむくのならば、支援してやると約束しよう」


 その言葉に、俺は思わずガッツポーズしそうになって、我慢する。ミリアに尽くした成果としては、とても大きいだろう。


 この調子なら、もっとミリアに尽くせば、もっと良いことがあるのかもしれない。俺はミリアに何をできるか考えながら、一度頭を下げて部屋から去っていった。

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