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第59話 わずかに見える未来

 フィースの説得は成功し、兵を集めるための巡業が行われている。とはいえ、少なくとも数カ月は見るべき計画だ。ということで、結果が出る前に他の計画も進めておきたい。


 そこで考えたのが、救荒植物を見つけられないか。正確には、荒れ地や寒冷地でも栽培できる植物ではあるのだが。俺の知っている範囲だと、じゃがいもやサツマイモ、ソバやライ麦あたりか。どれが適切に育てられる植物なのかは、俺には分からないのだが。どこが原産なのかなんて、詳しくない。


 ただ、この世界でも同じような植物があるのなら、エルフや獣人と共存するための道筋になるはずだ。なにせ、エルフや獣人がデルフィ王国を攻めるのは、肥沃な大地を求めてなのだから。あるいは、食料を求めてと言ってもいい。


 だから、かなり重要な手段ではある。とはいえ、相当に難しくもあるが。ただ、仮にエルフや獣人に受け入れられなかったとしても、デルフィ王国での飢饉への対策になる。ということで、まずは動いてみることにした。


 見つけるとするなら、恐らくは珍味として食べられている中からだろう。主要な食料であるのなら、俺も食べているはずなのだから。


 ということで、スコラに相談することにした。元商人のミリアと悩んだのだが、食道楽を知っていそうなのはスコラの方だったからな。


 会いに行くと、スコラはこちらに微笑みかけてくる。そして、うやうやしく礼をした。


「いらっしゃいまし、殿下。今回は、わたくしに何を願うのでしょうか?」

「なんと言えばいいだろうな。その辺に生えている珍味なんかで、良いものはないか? できれば、もとがどんな姿なのかも知りたい」


 救荒植物と説明しても良かったのだが、どこまで理解されるかに疑問があった。後は、スコラに対して貧乏人扱いするような態度と捉えられかねないとの懸念も。


 スコラは笑顔のまま、こちらに対して返事をする。


「でしたら、いくつか用意いたしますわ。しばらく、お待ちくださいまし。数日後に、また」


 そう言って、スコラは頭を下げた。俺は去っていき、当日を待つ。その間にも、いくつか仕事をこなしながら。


 何日かして、スコラの方から呼び出された。ということで、すぐに向かう。その先では、すでに料理が用意されていた。微笑んだままのスコラは、席につくように促してくる。


 そのまま席につくと、刻んだ茎のようなものが入った料理、揚げられた葉っぱ、煮付けられた根っこのような何か、水に漬けられたシリアル状のものがあった。


 確かに、俺のオーダー通りのものが出ているように思える。スコラの前にも用意されていて、まずはスコラが食べていく。笑顔のままではあるが、少し箸がにぶっているように見えた。まあ、あまり美味しくないのだろう。


 ということで、俺も食べ進めていく。どれも淡白と言って良く、味が薄かったり苦かったりもした。とはいえ、食べられないほどではない。


 最後まで食べ終えて、スコラの方を向く。すると、相変わらずの笑顔を浮かべたスコラの姿があった。


「殿下、いかがでしたでしょうか? 遠慮なく、ご意見をいただければと思いますわ」


 スコラはそう言うが、どうしても遠慮することは避けられない。とはいえ、美味しいと言っても嘘だとは丸わかりだろうな。どのあたりでバランスを取るかに悩まされるところだ。


 とりあえず、感謝の言葉を告げておくか。後は、スコラが俺と同じものを食べていたことへの言及も。


「ありがとう。とても参考になったよ。俺の趣味にスコラまで付き合わせて、悪かったな」


 スコラは首を振って、こちらと目を合わせてくる。そして、変わらない笑顔のまま返事をした。


「いえ、殿下のためですもの。これくらい、苦ではありませんわ」


 笑みを続けているが、どこか不自然に見える。やはり、まずかったのだろう。


 スコラは貴族として生まれているのだから、相応に良いものを食べているはずだ。なのに、ただの野草を食べる羽目になったのだから。あまり良い気分ではないはずだ。とはいえ、大事なことなんだ。そこを、どこまで説明したものか。


 とりあえずは、どんな植物だったのか、見せてもらうとしよう。そこから話が進むはずだ。


「どの食材がどんな植物だったのか、見せてもらっても良いか?」

「ええ、もちろん。こちらに、用意しておりますわ」


 そう言って、スコラは箱を持ってきて開ける。中には、いくつかの植物が入っていた。大きな葉っぱのもの、緑のつくしみたいなもの、小さな白い花を咲かせているもの。


 しっかりと目に焼き付けながら、植物について質問を続けていく。


「これって、名前は分かるか?」

「申し訳ありませんわ。毒見はさせているのですが、食べられる植物だとしか」


 スコラは頭を下げている。本当に、そこらで摘んだ植物を食べさせているかのようだ。まあ、オーダー通りと言えばそれまでなのだが。


 名前を知らないとなると、これ以上の情報を集めることは難しそうだな。あるいは、スコラに情報を依存することが狙いなのだろうか。分からない。


 とはいえ、実際に食べられるものを知れたのは、大きな成果だろう。まあ、野草は見分けがつかないと毒を食べる羽目になったりするのだが。ただ、ここから知っていけば、大きく進めると信じたい。


 まあ、最低限の成果が出たと言って良いだろう。今後も続けていくべきではあるだろうが。できれば、植えてみて育てたり、どこで生えているかを調べたりしてみたいところだな。そうすれば、いざという時の備えになるはずだ。


 ほんの一歩進んだだけだとは思う。ただ、大きな手がかりを得られたはずだ。少なくとも、デルフィ王国では食べられる野草のようなものは認識されている。スコラが調べられる程度に。それが分かっただけでも、意味がある。


 いま食べた植物の中のどれかひとつでも良い。これから先に調べたものでも良い。何かがエルフや獣人の領土で育てられれば、俺の勝ちだ。まだまだ先は長いとはいえ、前に向けて歩めている。


 そこらで生えているということは、少なくとも人間の細かい手入れは不要なのだから。荒れ地や寒冷地で育つ可能性は、十分にあるはずなんだ。


 スコラが持ってきた箱を手にとって、鞄の中に入れた。誰かが何かを知っていないか、探るために。


「分かった。もしかしたら、また頼むかもしれない。その時は、無理に付き合わなくていいぞ」

「いえ。殿下だけに粗末なものを食べさせるわけには参りませんわ。今後も、協力させていただきますわ」


 そう言って、スコラは深く頭を下げる。表情が見えないくらいに、深く。いま食べた植物の中に、なにか良い手がかりがあれば良いのだが。まあ、すぐに結果が分かるものではない。今回の計画も、長い目で見ていくべきだろう。


 さて、スコラには礼をしておかないとな。何が良いか、よく考えるべきだ。


 不快な思いをさせたとはいえ、まだはっきりした功績とは言えない。だから、あまり大きな褒美を渡せば問題になる。とはいえ、意味のない礼をするのは問題外だ。


 少しだけ考えて、礼の内容を決めた。さて、喜んでくれると良いのだが。


「スコラ。心ばかりにはなるが、金一封を翌日あたりに届けさせる。少ない礼だが、許してくれると嬉しい」

「いえ、お気になさらず。大した手間ではありませんでしたもの」


 笑顔のスコラに、軽く流された感覚がある。ほんの少し、間があったとはいえ。


 まあ、金一封程度ではな。きっと、使った予算を補うレベルにはならないだろう。それでも、表に不満を出していないあたりは流石だが。とはいえ、ハッキリと大きな礼を渡せる働きかと言えば、まだ成果は出ていない。


 それに何より、俺の独断で渡せるのが金銭程度でしかないんだよな。ユフィアやミリアを頼らなければ、ほとんど何も出せない。俺の明確な弱点だ。うなりそうになるが、耐える。


「これからも、スコラには頼ると思う。だから、手を貸してくれると助かる。お前が居れば、きっと万軍を得たような心地になる」

「お褒めいただき、ありがとうございます。殿下の力になれるのなら、嬉しいですわ」


 明るい笑顔を浮かべるスコラを見ながら、俺は最後に礼をしてから去っていく。どこか違和感を覚えながら。


 自室に戻る途中で、答えに気がついた。スコラは、俺に強くアピールしてこなかった。今までは、過剰なくらいに俺を支えようとしていたのに。誘惑も繰り返してきたのに。以前、スコラは誘惑を断った俺に不満そうにしていた。そこが分岐点かのように思えた感覚は、当たっていたのかもしれない。


 俺はスコラに見放されたのではないか。だから、態度が変わったのではないだろうか。頭の中で、同じ考えがぐるぐると回り続けていた。

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