エルフに対してどう対応にするにしても、武力の問題は避けて通れない。それに、獣人や諸侯だって脅威になりうる。ということで、軍備の強化は必須と言える。
俺の理想としては、エルフに戦わずして負けを認めさせるだけの戦力を用意することだな。そうできれば、平和的に解決できるはずだ。まあ、エルフは寒冷地帯に住んでいる都合上、どうしても食糧問題はつきまとうが。
食料についても解決したいが、今は戦力についてだな。兎にも角にも、エルフに勝たなければ始まらないのだから。現実的に目指せそうなラインとしては、一度大勝ちして敵の心を折ることか。そうすれば、きっと犠牲者は減らせるはずなんだ。
もちろん、戦うのだから敵にも味方にも被害は出る。だが、今すぐに融和の可能性を探るには条件が悪すぎる。スタンはエルフを何度も殺していて、そのスタンが死んだばかり。
どう考えても、エルフはこちらに攻撃するチャンスだと判断するだろう。今エルフの中で融和への意見が出たところで、臆病風に吹かれただけだと思われるはずだ。
その前提の上で、今できること。それが、フィースに頼ることだ。彼女の踊りで、兵になりたいという人間を増やす。もちろん、失敗に終わる可能性もあるが。だが、一度は試して良いはずだ。
ということで、朝ご飯を食べてしばらくして、フィースを俺の部屋へと呼び出した。相変わらずの白い髪と、褐色の肌が印象深い。どこか陰のある雰囲気も変わらないな。そんなフィースは、こちらをじっと見ていた。
「ローレンツ様、お呼び出しとのことですが……。いよいよ、夜伽の時間でしょうか……」
フィースの目には強い力を感じる。おそらくは、肯定されたいのだろうな。だが、俺が好きという話でもなく、単に承認欲求に見える。
確かにフィースは美人で色気もあるし、人気者でもある。だが、今の段階で抱いたとしても、良い未来は訪れないだろうな。少なくとも、俺を認めるとは思えない。とはいえ、拒絶するのも問題だろう。承認欲求を抱く相手を強く否定すれば、どう考えても面倒だ。
だからこそ、言葉には慎重にならないといけない。俺はフィースの手を握って、微笑みかけた。
「いくらなんでも、昼から淫蕩にふけることはできないな。王子として、自分の責務を果たしたいんだ」
「でしたら、夜に呼び出していただければ……。あなたが望むのならば、私を捧げます……。王子様である、あなたに……」
こちらの手を強く握り返しながら、フィースは返事をした。やはり、簡単にはかわせないか。ごまかし続けても、いつか限界が来るのだろうな。察するに、王子に認められたという優越感を求めている部分もあるはずだ。
フィースを本当に抱けば、男として満たされはするのだろう。言ってしまえば、アイドルを抱くようなものだからな。だが、きっとお互い不幸になる。フィースが本当の喜びを見つけられるように、根気良く付き合うべきだ。
俺としては、フィースを利用したいという気持ちもある。だが、踊りに魅了されたのも事実なんだ。魅力的な踊り子だからこそ、スカウトしたのだから。
今の気持ちを混ぜつつ、本題に移るのが良いように思える。ということで、フィースに少し顔を近づけた。影のある目と、つややかな唇が目に入る。フィースの魅力を再確認させられていた。その感情を目に込めつつ、語りかけていく。
「いつかお前が、本当に俺を好きになってくれたら、きっと俺はお前を求めるだろうな。今は、俺に力を貸してほしい。お前の踊りを見せて、兵士を集めてほしいんだ」
策としては、大きく三段階だ。まずはフィースに踊りを披露させること。次に王国軍には踊りを特等席で見る権利があると噂を流すこと。最後に、フィース自身の言葉で、平和のために戦ってほしいと言わせること。
俺のやっていることは、とても残酷なのだと思う。フィースには人を死地に誘わせて、兵たちには甘い夢で地獄に送ろうとしているのだから。それでも、必要なことだ。王国が滅びれば、少なくとも数年は民の生活も大きく乱れるのは間違いない。最悪の未来を防ぐためにも。
フィースは俺の手を握る力を強くしていた。少しだけ、痛みを感じるほどだ。そして、俺をじっと見続けている。まるで、少しも動きを見逃さないかとでもいうように。きっと、俺の言葉に不満もあるのだろう。俺がどこまでフィースに魅了されているか、確かめているのだろう。
そんなフィースは、俺とずっと目を合わせたまま返事をする。
「ローレンツ様は、私が兵士を増やせると思ったから、私を誘ったのでしょうか……。ただ金銭だけを求める、舞台の主のように……」
図星ではある。だが、そのまま答えてしまえばまずい気がしていた。俺はフィースを誘うときに、彼女の魅力を強く語った。それが嘘にならないように、しっかりと言葉を選ばなければ。
きっと、フィースは本当の意味で自分を必要とされたことがないのだろう。今の言葉からするに、金を生み出す道具だとだけ思われていた。だから俺に、いや誰かに強く求められたいと考えている。
ただ、迷う時間はない。言葉を考えていると察されれば、間違いなくフィースは失望するのだろうから。ということで、すぐに言葉を返していく。
「俺は平和な世界で、お前の踊りを楽しみたい。何も悩まずに、ただ踊りに集中したいんだ。だから、その手伝いをしてくれないか? いつか、お前の踊りを特等席で楽しむために」
フィースはこちらから視線を外さないまま、少し黙る。何かを悩んでいる様子が見て取れた。しばらく見つめ合ったまま時間が過ぎ、やがてフィースはこちらに顔を寄せてきた。唇どうしが触れ合いそうなほど近くに。
吐息すら感じる中、フィースはこちらの手を胸元に寄せて、切なそうに話し始めた。
「でしたら、今夜私を抱いてください。あなたが私を求めているのだと、私の体に刻んでください。そうしていただけるのなら、信じます」
その言葉を聞いた時、フィースの全身を見回してしまった。頭から足の先まで、全部を。フィースからは確かな色気を感じているのは確かだ。そして、フィースを抱くということを魅力的に思っていることも。
実際、俺はつばを飲み込んでしまったのだから。だが、ふとユフィアの顔が頭に浮かんだ。きっと、俺がフィースを抱けば、ユフィアにも伝わるのだろう。
リスクを恐れていたのかもしれない。あるいは、義理立てだったのかもしれない。もしかしたら、ただ臆病だっただけなのかもしれない。とにかく俺は、フィースを抱かずに済む言葉を探して、返事をした。
「なあ、フィース。俺は、お前の心こそがほしいんだ。お前に、誰よりも俺を好きになってほしいんだ。ただお前を抱いた男ではなく、愛し合った存在になりたいんだ。だから、今はダメだ」
フィースは俺の言葉を聞いて、少しだけ目を遠くしていた。しばらくボーっとした様子のまま。それを見ながら、俺は心臓の音を強く感じていた。
どう反応されるのだろうか。失望されるのだろうか。納得されるのだろうか。そんな緊張とともに、フィースの答えを待つ。
ずっとフィースの目を見ていると、少しだけ頬を染めた様子に見えた。さて、どうだろうか。祈るような心地の中、フィースの口が開かれるのを見ていた。
「ローレンツ様は、とても強欲なのですね……。ですが、私を求める気持ちは伝わりました。いつかローレンツ様と結ばれる日のために、私も自分を磨きますね」
そう言って、フィースは柔らかく微笑む。きっと、俺の言葉がフィースの心に届いたのだろう。そんな気がした。これで、兵士を集めるための一歩を進めたはずだ。
ただ、フィースが俺の手を握る強さは、今までよりもずっと強い。それを感じながら、どこか不安を覚えていた。どんな感覚なのか、言語化できないまま。
しばらく見つめ合って、答えに気がついた。フィースは俺と結ばれることを前提にしている。いつか俺がフィース以外と結ばれてしまえば、とても大きな問題になるのではないか。フィースに魅了された存在が、俺の敵になるような。
想像した未来が現実にならないことを、俺は強く祈っていた。