「さて、まずはあたしが大きく当たるわ。それで、良いのよね?」
そう言って、バーバラは微笑む。スコラとの戦いが始まり、俺たちは戦うことになった。今は、兵士たちが小競り合いをしている段階だな。基本的には、ミリアが大きな指示を出している。
勝つためには、とにかくスコラの回復魔法に対策しないといけない。あれがある限り、スコラは戦い続けられるのだから。
単にスコラの限界まで粘るという手もあるだろう。だが、俺は悪手だと思う。どれだけの兵を犠牲にすれば済むのか、分かったものじゃない。
だからこそ、今のうちに探れるだけの情報を探っておきたい。俺としては、バーバラにその役を任せたいところだ。きっと、うまく立ち回ってくれるから。
俺はバーバラの目をまっすぐに見つめて、頷く。
「ああ。無理はしないでくれよ。おそらくは、まだ勝負どころじゃないんだから」
「ええ。相手も、ひと当てを狙ってくるでしょうね。まだ、小手調べよ。お互いにね」
バーバラと俺の見解は一致している。なら、当たっている可能性は高いだろう。さて、どうなるだろうか。一応、不測の事態にも備えておきたいところだ。アスカやイリスには、いつでも動けるようにしてもらわないとな。
まあ、基本的にはバーバラに任せるつもりだ。安易に手助けすれば、彼女の誇りを汚すだろうからな。
バーバラは、俺に背中を向けて進んでいく。その姿は、とても頼りがいのあるものに思えた。
そして、砦から出たバーバラは、敵軍へ向けて部隊を率いながら突き進んでいく。敵軍とぶつかる段階になって、バーバラは手を前に出す。
「さて、ローレンツ殿下は見ているかしら。このバーバラの戦いを、示してあげましょう」
バーバラが動くとともに、進軍していた敵軍は一気に乱れていった。前の兵にぶつかる者、倒れて踏まれる者、味方の武器が突き刺さる者、さまざまいた。
「おい、急に止まるな! どうしたんだ!」
「なんで、こんな急に……。何かが、おかしい……」
「痛い……、痛いぃぃい!」
敵軍は確実に混乱している。今バーバラが使った魔法は、一瞬だけ物体の動きを止める能力。そんなもので、どうやって敵陣を乱れさせたのか。俺には分かる。
おそらくは、一斉に進軍する敵軍の誰かひとりだけを、一瞬止める。すると、敵軍は急ブレーキによって交通事故が引き起こされたようになる。前の兵士の動きに対応しきれず、ぶつかったりしてしまうわけだ。
それを様々な兵に繰り返せば、当然敵軍はボロボロになる。統率の取れた軍であるほど、効果的な策だろうな。敵に回したらと思うと、心底恐ろしい。目の当たりにして、自分が震えているのが分かった。
「……ふむ。まあ、これで終わるとは思っていなかったけど。……妙ね」
敵軍は、将棋倒しのようになっている。だから、相応に死者だって出ているはず。なのに、全員が進軍しているように見える。犠牲者が居ないかのように。
バーバラはその度に、敵軍を撹乱していく。何度も何度も、兵たちは倒れた。それでも、敵兵たちは進み続ける。
その次は、バーバラの配下たちが敵を突き刺していく。切り裂いていく。にもかかわらず、まだ敵は進み続ける。
「なんだ、こいつら! 殺したはずなのに、死んでねえぞ!」
「慌てるな! なにか仕掛けがあるはずだ! 本当の意味での不死なんて、あり得ない!」
バーバラが何を指示せずとも、自軍の混乱は最小限に収まったようだ。やはり、練度が高い。
そして、敵の魔法のタネは分かった。スコラの回復魔法だ。それによって、どれほど敵軍が傷を負おうとも、即座に治しているのだろう。かつて、スコラが敵軍に単身で突撃した時のように。
とはいえ、おかしいこともある。いくらスコラが優秀だろうと、全軍に回復魔法を使えるほどとは思えない。イリスの転移魔法にだって、日に3回という制限があったのだから。おそらくは、何らかの仕掛けがあるのだろう。
だが、今は種明かしをしている余裕はない。というか、どう考えても情報が足りない。何らかの魔法があるのは、想像できるのだが。
それよりも大事なのは、バーバラがどう動くかだ。そこを見て、俺も動きを変えなければならない。
「第一部隊、頭を狙いなさい! 第二部隊、敵をバラバラにしなさい! 第三部隊は、罠の用意!」
さっそく、バーバラは自軍に指揮を出している。俺から見ても、相当的確な対処だと思えた。いわゆるゾンビ物でも、定番の対処ばかりだ。
俺は、自軍の様子を見守っていく。第一部隊は、頭や心臓に対して攻撃を仕掛けていく。だが、それでも敵は進軍し続ける。おそらくは、即死まで行かないのだろう。だから、回復でどうにかなってしまう。とても、厄介な状況と言えた。
第二部隊は、敵をバラバラにしようとしていく。だが、切り落とした側からくっついていくのが見えた。これも、効果がないと言っても良いかもしれない。
そして第三部隊は、まだ罠を完全に設置できていない。つまり、有効打を与えられている部隊はどこにもない。さて、どうするのだろうか。固唾をのみながら、俺は戦場を見守っていた。
「第二部隊、あたしが合わせるわ! 続けて攻撃しなさい! さあ、いくわよ!」
バーバラは第二部隊に指示を出す。自信満々といった様子だ。それを見て、俺も拳を握りながら見守っていた。
完全に不利になるまでは、俺は手助けしない方がいい。分かっていても、緊張は抑えられないからな。今も、口が乾いているのが分かる。
それでも見続けていると、一部の敵が、手足を切り落とされているのが見えた。手足が遠くまで離れている。そして、回復は及んでいない。
バーバラの指示もあって、タネは分かった。おそらくは、敵の手足を切り落とすと同時に、手足か胴体かのどちらかを止めたのだろう。そうすることで、回復が及ばずに切り離される。
自分で考えていても、とんでもない絶技だと分かる。味方の兵が敵の手足を落とした瞬間に、ちょうど魔法を合わせる。どれほど凄まじい技なのか、想像することしかできない。
例えるなら、バットにぶつかった瞬間のボールに弾丸を当てるような感じだろうか。言っていてメチャクチャだ。
「さあ、対応は分かったわ! 各部隊、ふたりで協力しなさい! ひとりが体を切り落とし、もうひとりが体を引き離しなさい!」
そのまま、バーバラが指示した通りに味方は動いていく。すると、ようやく敵兵が死んでいくのが確認できた。首を切り落とした瞬間に吹き飛ばすことで、回復を阻害する戦術によって。
引き続き戦場は動き続け、まず第一戦では勝利と良い成果を収めることができた。
だが、俺は確信していた。スコラの回復魔法をどうにかしなければ、俺達に勝利はないと。新たな戦術で、俺たちはさらに追い詰められると。
予感が間違っていることを祈りながら、俺は砦に戻ってくるバーバラを迎え入れる準備を進めていた。