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第82話 次の一手へと

 スコラの使う戦術は、とにかく危険だ。兵士たちを回復魔法で強化して、無理やり進軍させるというもの。兵の数が同じなら、使われた時点で負けが確定するレベルだ。俺にとっての最大の切り札であるアスカでも、対応できるかは怪しい。


 そこで、どうにか対策を練る必要がある。消耗戦になれば、厳しいのはこちらなのだから。そこで俺は、会議を開くことに決めた。ただ、敵の前で悠長に話し合いをする余裕はない。戦いも並行しておこなわなければならない


 誰ならスコラを相手に勝負ができるか。思いつく者は、ひとりしか居なかった。


「バーバラ、少し時間を稼いでくれるか? その間に、こちらで何か策を用意する」

「構わないわよ。ただ、あまり時間がかかるようなら、あたしが終わらせるわ」


 不敵に笑いながら、バーバラは堂々と宣言する。その姿に、確かな自信と誇りを感じた。実際、不可能ではないのだろう。それだけの能力はあるはずだ。


 とはいえ、それは無傷で勝てることを意味しない。相応の出血を、バーバラに強いることになる。できれば避けたいことだ。


 考えようによっては、危険な存在の戦力を削げるという意見もあるのだろう。だが、俺の取りたい手段ではない。バーバラの信頼を手に入れて、本当の意味で味方になってもらいたい。それが、俺の望みだ。


 甘いと思う人も居るのだろう。それでも、俺は諦めたくない。だからこそ、俺も不敵な笑みを意識して返した。


「そっちこそ、簡単に負けないでくれよ。勝つ手段はあるが、犠牲は増えるだろうからな」

「ええ。殿下がどんな策を思いつくのか、期待しているわ」


 そう言って、バーバラは去っていく。戦いに備えて、動き始めるのだろう。それに合わせて、俺も動く。ミリアを呼び出し、会議を開く。


 アスカやイリスも、俺の隣に居る。その状況で、話し合いを進めていく。もちろん、議題はこれからに向けての策だ。


 まずは俺が、ひとつ軽い提案をしていく。意図としては、たたき台だな。


「あくまで最終手段ではあるが、アスカを敵陣に突っ込ませてスコラを討つという手段もあるだろう」

「たぶん、できる。でも、ローレンツ様が危ない」


 アスカは淡々と話している。その様子から見て、本気でできると思っているのだろう。なら、手段のひとつとしては、頭の片隅においておいて良い。


 ただ、俺の護衛が居なくなるというのは、戦局的にはかなり大きい負担だ。アスカだって、敵をかいくぐって敵陣に突撃するという形を取るだろう。つまり、俺達に向けて敵軍が攻めてくる可能性は高い。アスカ本人や味方の危険を考えても、本当に最終手段だろうな。


 もしアスカが失敗すれば、助けることなど不可能だ。今はまだ、そこまでの賭けに出る段階じゃない。バーバラが負けでもすれば、話は別だが。


 まあ、少なくとも今日明日に負けるとは考えていない。最低限、時間稼ぎはしてくれるはずだ。少なくとも、最低限の対策は編み出しているのだから。とはいえ、絶対ではない。だが、考えても無駄だろうな。バーバラがあっさり負けるようなら、勝ちの目はほとんど無い。


 どの道、今はバーバラを信じて策を練ることだけしかできない。全力で良い案を考えるのが、俺の役割だろうな。


「妾の見たところ、スコラ個人では不可能であろう。ならば、誰かを割り出したいところだが」


 ミリアは腕を組みながら言っている。妥当な意見だな。どう対応するにしたって、誰がどんな魔法を使っているかを知るかは重要だ。


 誰が使っているかが分かれば、暗殺などの手段も取れるかもしれない。どんな魔法かが分かれば、対策への道筋が開けるかもしれない。どちらにせよ、情報は大切になる。


 仮説は、一応ある。魔法を拡散する魔法、とでも言えば良いのか。スコラの回復魔法に対して重ね掛けすることで、範囲を広げるもの。


 スプレーの噴射みたいに量が減るのなら、話は早いのだが。だが、現実的には倍加の類だろうな。ただ、量としては倍どころの騒ぎではない。あまりに強い魔法だ。


 イリスやアスカの魔法と組み合わせれば、ものすごい効果を発揮するんじゃないだろうか。そんな欲も、少しはある。だが、今は勝つことに集中すべきだ。変に欲を出せば、確実に命取りになる。


「どの道、情報を集めなければ机上の空論よ。であろう、ローレンツよ」


 イリスは楽しそうに笑っている。まあ、戦いの場でなければ、面白い魔法だと素直に言えたのだがな。まあ、イリスが楽しんでいるのは、俺の苦境かもしれないが。


 いずれにせよ、イリスの意見は正論だ。そして、一番の難題でもある。単に斥候を送ってどうにかなるのなら、そもそも戦う前にはスコラの手札が分かっていただろうな。


 少なくとも、今の状況で敵兵に潜り込ませるのは厳しい。衣装の問題もあるし、そもそもどうやって送り込むのかという話だ。俺たちの陣からスコラ軍の兵装をした人間が出ていくのを、どうして敵が見逃すというのか。


 いや、待て。ノコノコと歩いていく必要はない。俺には、イリスの転移魔法があるのだから。


 少し、考えてみよう。自陣から出ていくという問題は、解消できる。転移した先で、うまく潜り込めば良い。敵陣の近くに転移して、こっそりと侵入するとかで。


 さて、まずは必要な条件が整っているかを確認するか。


「ミリア、敵兵の装備は手に入れているか?」

「くくっ、そう来たか。無論、用意しているぞ。使い道は、多いからな」


 当たり前のように、そう返される。まあ、そうだろうな。敵軍の装備なんて、宝の山だと言って良い。技術レベル、財力、練度。様々なものが分かるはずだ。専門家ではないから、俺が見たところで分からないが。


 そして、いま俺が考えているように、敵軍に侵入する際にも使える。あって損はないというのは、当然の判断だな。


 さて、第一段階は突破した。次は、どうなるか。


「イリス、転移というのは、地図だけでもできるのか?」

「条件次第じゃな。知らぬ木が生えていれば、大変なことになるやもしれん」


 木の中に腕が転移してしまうとか、そういうやつだろうな。最悪、死ぬ可能性もある。目視が、確実ではあるか。だが、現実的には不可能だろう。


 他に考えるべきことと言えば、出現先に兵がいる可能性もだな。転移での事故もそうだし、発見される可能性にも気をつけなければならない。


 だが、ここは賭けに出るべき局面だろう。とはいえ、最大限に安全を確保する前提ではあるが。


 敵陣のなるべく近く。それでいて、不測の事態が発生しづらい場所。そうだな。良い案が浮かんだかもしれない。


「敵軍の後ろに転移するのは、どうだ?」

「ふむ。まあ可能じゃろうな。それで、誰が転移するのじゃ?」

「もちろん、俺だ。イリスだけに、危険を負わせる訳にはいかないからな」


 同時に、裏切りへの保険でもある。誰かが監視していなければ、独自の行動を取る可能性は否定できない。そして、都合の良い誰かなど居ない。イリスの信頼を稼ぐという意味でも、ここは俺が動くべき場面だ。


「なら、私も行く。ローレンツ様は、私が守る」

「分かった。決まりじゃな。では、装備だけ着替えて動くとしようぞ」

「では、妾が手配させよう。良いな、殿下?」

「ああ。そうと決まれば、後は動くだけだ。行くぞ、ふたりとも」


 イリスもアスカも、こちらに頷いた。見つかれば、相当危険になるだろう。それでも、十分に価値がある策だ。


 俺はわずかに武者震いしながら、敵陣に忍び込む覚悟を決めた。

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