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第97話 ローレンツの戴冠

「さて、ローレンツさん。準備はできましたか?」


 儀礼用に着飾ったユフィアが、こちらに手を伸ばしてくる。今から、俺は戴冠式をおこなう。今日この日をもって、俺は名実ともに王になるわけだ。


 ユフィアの手を取って、俺は歩いていく。式典の会場となる、玉座の間に向けて。アスカが、後ろに控えている。この動きは、俺がユフィアの手の中にあるということを意味するのだろう。間違ってはいない。


 一応、ユフィアには認められるような言葉を言われた。だが、これからも俺は彼女に頼り続ける。腹心として、誰よりも。


 とはいえ、事前に立てた予定通りの行動ではある。だから、周囲だって認めているはずだ。内心はともかく。


 そうして俺たちは、ゆっくりと足を進めて玉座の間に入っていく。大勢が跪いていき、残りもそれぞれの形で礼をしながら迎え入れてくる。


 いま跪いていない者は、俺に影響力を与えられる手札を持っている者だ。ユフィアは当然として、ミリアと、宮中伯のうちの三人であるルイズとサレン、バーバラ。


 つまり、俺の指示にただ従うわけではないという意思表示でもあるな。まあ、これも事前の予定通りではあるのだが。


 今の状況を見て、俺に反対する意志のある者は跪いていない相手に声をかけるだろう。その動きに注視していれば、お互いにとって利益があるわけだな。俺としては、不穏分子が潰せる。ミリアたちから見れば、俺への影響力を考えながら潰すか手を取るかを選べる。まあ、悪くない。


 俺は一度玉座の前に立ち、周囲を見回していく。ユフィアは俺の隣の席へ向かっている。アスカは、俺の近くで立ったまま。護衛としての役割に専念している。


 そしてまず、俺が座る。そして、ユフィアも席についた。一応、王として立ててくれているらしい。少なくとも、表面的には上位者として扱ってくれるようだ。


 続いて手を前に出してから、上に持ち上げて、もう一度下ろす。それで、ようやく周囲の跪く姿勢は終わった。


 整列していくのを見ながら、俺はしばらく座り続ける。完全に準備が整った段階で、もう一度立ち上がっていく。そして、大きく息を吸った。


「今日この日をもって、王が空席だという耐え難い状況も終わる。これからは、俺がお前たちの主として立とう! そして、デルフィ王国を導いていこうではないか!」


 万雷の拍手が、俺を包み込む。ミリアや宮中伯たちも、合わせてくれている。とりあえずは、表向きには平穏な形で進んでいるな。


 ミリアは相変わらず傲慢さが見える笑みを浮かべていて、バーバラは満足そうに頷いている。ルイズは明るい笑顔でこちらを見ていて、サレンは穏やかな目で拍手をしていた。


 その他大勢の中に、スコラも見える。明らかに立場は悪くなっているが、優雅な微笑みは変わらない。きっと、いずれ立場を取り戻していくのだろうな。その先で、どう動くことやら。


 ひとまず、軽く周囲を見回して、ゆっくりと頷く。そして席につくと、予定されていた順番通りに周囲の人々が祝いの言葉を告げにやってくる。


 最初にやってきたのは、スコラ。最後がユフィアだという予定だと言えば、どういう意味かは分かるはずだ。まあ、明確に罪人だからな。軽く扱うのが、お互いのためというもの。妙に優遇すれば、それこそスコラの立場は悪くなるだろう。


 そんなスコラは、落ち着いた笑顔のままこちらに跪き、穏やかな声で話し出す。


「陛下の目指す未来のため。わたくしは罪を償い、ただ陛下だけに尽くしましょう。あなた様の、道具として。どうぞ、お望みのままにお使いくださいな」


 どこまでスコラが本気かを置いておいても、どう扱うのかは難しいところだ。反逆すら許すとなると、連鎖的な被害が起きかねない。だからこそ、スコラが例外だと示したいのが本音ではある。ただ、そうなるとスコラの立場にも影響する。なかなかに難しい判断になるな。


 いずれ、秘密裏に会談をしておきたいところだな。ユフィアあたりも交えて、今後をどうするかを。


 そんな考えを潜ませながら、俺は予定されていた通りの返事をしていく。


「スコラ。お前の反逆は、本当の意味で許されることなどない。それでも、俺が助命した価値がある存在だと、お前自身で示してみせろ」

「もちろんですわ。陛下のため、デルフィ王国のため。無私の心で尽くしましょう」


 そう言って、深く頭を下げていく。しばらく待って、去るように促す。そして、次へと移っていく。


「デルフィ王国のさらなる発展が、陛下のもとに実現しますことを」

「当然、俺はデルフィ王国をこれまで以上に発展させてみせよう」


「我が一族は、陛下の忠実なしもべ。どうか、忠節を受け取っていただきたい」

「何もかも、お前たちの働き次第だ。ただ口だけの人間など、俺は必要としていない」


 そのように大勢の言葉をさばきながら、今後に使うべき相手を見極めていく。おそらくは、ユフィアやミリアの意見も聞くことになるだろうが。俺自身の目も磨かなければ、話にならないからな。


 長い挨拶の時間が続き、宮中伯の番がやってくる。このあたりから、台本が役に立たなくなるだろう。そういう立場だと、相手は周囲に示したい。そして同時に、俺を試したいのだろうから。


 まずはルイズが、穏やかな笑みを浮かべながら近づいてくる。


「陛下の作る国なら、きっとみんなが幸せになれる。そう、信じます」


 おそらくは、期待が裏切られたら、あらゆる手段を使って排除しようとされるのだろうな。だが、構わない。それでも、俺はルイズと手を取り合える未来を目指すだけだ。


「現実は、どこまでも厳しい。だが、それでも理想に一歩でも近づけるように努力するつもりだ」

「はい。私も、手伝います。いつか、理想の未来が来ると信じて」


 そう言い残して、ルイズは去っていく。理想が彼女を焼き尽くしてしまわないように、俺も支えていきたいものだ。


 続いて、サレンがやってくる。にこやかに笑いながら、こちらに話しかけてきた。


「陛下の敵は、僕の敵。そう、あなたの望む未来を、僕も求めます」

「なら、全力で命を大事にしろ。お互いに笑い合える未来こそが、最高なんだからな」


 サレンの妹も、きっと同じことを望んでいるだろう。身内を大切にする存在だからこそ、今の言葉は効くはずだ。好感度を稼ぐという意味でも、サレンの未来を案ずる意味でも。


 どこまでも激しく戦う猛将だからこそ、命の価値をしっかりと認識してもらいたいものだ。殺し殺されは、少ない方が良いのだから。


 どこまで伝わったのかは分からないが、サレンは晴れやかな笑みを浮かべて去っていく。


 そして、今度はバーバラがやってくる。こちらをじっと見ながら、強い意志を感じる目で宣言していく。


「陛下は、自分の価値を確かに示した。ならばあたしは、あたしの価値を示しましょう。あなたの配下にふさわしいと、ね」


 その言葉は、きっと仕えるべき王として認めてくれた証なのだろう。だが、あくまで今はという枕詞が付くはずだ。だからこそ、俺の返すべき言葉は決まっていた。


「お互い、もっと高め合おうじゃないか。それこそが、強い集団というものだろう?」

「ええ、あなたの目指す理想の形。あたしも、追いかけてみるわ」


 そう言って、不敵な笑みを浮かべて去っていく。バーバラならば、心強い味方になってくれるだろう。それだけは、確実だと信じられた。


 次は、ミリアがやってくる。唇の端を釣り上げながら、こちらを見ていた。


「陛下。妾は、お主をずっと見ているぞ。どこまで、意志を貫けるのかを」


 貫けなければ、今度こそ俺を服従させる。そう、言葉にせずとも伝わった。ミリアはまだ、諦めていないのだろう。だからこそ俺は、まっすぐに進み続けるだけだ。俺の決意は本物だと、ただ示す。


「無論、死ぬまで。そうだろ、ミリア?」

「くくっ、さすがは陛下よ。ならば妾は、お主を援助し続けるだろう」


 堂々と、ミリアは去っていく。きっと、彼女なりの期待の形でもあるのだろう。だからこそ、応えてやりたい。そう思えた。


 そして、隣の席に座っていたユフィアが立ち上がる。王冠を、手に持ちながら。


 ユフィアは俺の頭に、ゆっくりと王冠を被せていく。そして、微笑みながら語った。


「陛下。あなたの紡ぎ出す未来は、きっととても素敵だと思います。いつまでも、あなたの隣に居ますね」


 その言葉に、俺は強く頷く。きっと、これからも試練は待ち続けるのだろう。むしろ、死ぬまで終わらないのだろう。どれほどうまく立ち回っても、きっと危機は消えたりしない。


 だが、それでも俺は仲間たちと生き延びてみせる。手を取り合ってみせる。そんな決意を持って、俺は前を向いた。

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