ひとまず、俺が今すぐやるべきことは終わった。これからも戦後処理や新たな問題への対処は必要だろうが、急いでどうにかなるものでもない。
ということで、ユフィアと今後の予定について相談することにした。結局のところ、俺はユフィアに頼ってばかりだ。というかそもそも、誰かに頼っていない瞬間がない。
だが、それで良いのだろう。俺が優秀であればどうにかなるようなものじゃない。国の運営というのは、ひとりでは絶対にこなせないのだから。そう考えれば、むしろ人に頼れるくらいに凡庸であることは幸運だったのかもしれない。いきなりユフィアと共犯者になろうとしたことも。
自分の能力を信じて乗り越えようとすれば、きっと途中で死んでいただろうな。そうでなくても、今ほど仲間を手に入れることはできなかった。
だから、これからもユフィアとの関係は大事にしていきたいところだ。そう考えつつ、部屋で話を進めていく。ユフィアは、楽しそうな笑顔でこちらを見ていた。
「ねえ、ローレンツさん。そろそろ王になって、私を手に入れてみたくありませんか?」
首を傾げながら、そんな提案をされる。王の座は、今のところは空位だ。前王が急死してから、宙ぶらりんになっていたんだ。だが、そろそろ限界ということなのだろう。
俺が王になるのは、十分に可能だと思う。宰相であるユフィア、騎士団長であるミリアは賛成してくれるだろう。おそらくは、宮中伯も。
そうなってくると、俺が王の最有力候補であることは間違いない。いよいよこの時が来たかと、つばを飲み込んだ。そして、慎重に返事をしていく。
「王になる意志はある。そして、十分な功績も積んだと言えるだろう。だから、ユフィアが賛成してくれるのなら、きっとなれると思う。だが……」
「何か、心配事があるんですね? 何でも、言ってください。私たちの仲じゃないですか」
そう言って、こちらに顔を近づけてくる。息が触れるような距離で、俺の頬にそっと触れてくる。慈しむように。愛する相手かのように。
ユフィアのことだから、俺が本気で何でも言ってしまえば、ほぼ間違いなく見捨ててくるだろう。まあ、それは良い。分かった上で、俺はユフィアと生きると決めたのだから。
ただ、失望をされたくないという気持ちはある。命がかかっているというのもあるし、ずっと協力してきた仲間だというのもある。とにかく大事な相手だというのも。
いずれにせよ、しっかりとした答えを返したいところだ。そうでなくては、俺は何も成せやしない。俺は軽く息を吸って、姿勢を正してユフィアに向き合った。
「お前が俺を王として、いや、人として認めてくれないのなら、結局は無意味だろう。ただの道具で終わるようなら、俺が王である意味はない」
「ふふっ、しっかりと自立心を養っているようですね。良いですよ。さすがは、私のローレンツさんです」
ニッコリと笑って、ユフィアは返してくる。下手をすれば、見限られかねない。ユフィアの支配から脱却するという意思表示なのだから。そんな恐怖は、今でもある。
だが同時に、ユフィアはただの人形に興味を示したりしないだろう。何かしらの影響を与えられない相手など、ゴミと思っているかすら怪しい相手だ。だからこそ、俺の選ぶべき道は決まっていた。
そう。本物の共犯者になるんだ。デルフィ王国を支配する者として。
もちろん、悪政を敷くつもりはない。この国を発展させなければ、俺自身だって、ユフィアだって危ういのだから。人々をいたずらに傷つけたくないという気持ちだってある。
だが、それでも俺はユフィアという悪を抱える覚悟を決めるべきなんだ。効率の面でも、情の面でも。ユフィアほどの能力を持った宰相など、俺の人生では二度と見つからないだろう。それに何より、俺はユフィアに認められたい。一緒に生きていきたい。
分かっているさ。ただ手中に落ちている側面もあると。だが、それも抱えたまま俺は前に進もう。どの道、俺は誰かに支えられなければ王として立てないのだから。
そんな気持ちを込めながら、俺はユフィアに返事をする。
「ユフィア、お前の本音を聞かせてくれ。お前は、王となった俺を本当の意味で支えてくれるのか? 俺をただの道具ではないと、認めてくれるのか?」
嘘をつかれる覚悟も決めて、俺は問いかけた。ユフィアは、俺の唇を抑えながら微笑んだ。
「もう、認めていますよ。ローレンツさんは、私の隣に立てる人だとね」
ゆっくりと、ユフィアは頷いていく。その言葉を受けて、俺の胸に喜びが広がっていく感覚があった。きっと、心からの笑顔を浮かべているはずだ。
今でも、疑いはある。ユフィアはただ俺を利用しようとしているだけではないかと。だが、きっと本心だ。そう思えた。どこか、ユフィアも心からの笑顔を浮かべていると感じていた。
「そう、か……。なら、俺のこれまでの試練にも、価値があったのかもな……」
「ふふっ、そうですね。私の送った試練を、すべて乗り越えてくれましたから」
そう言いながら、ユフィアは楽しそうに笑う。試練というのは、どれのことだろうな。かなり振り回された自覚はあるが、思い当たるものは違う気もする。
少しだけ首をひねっていると、笑顔のユフィアは弾んだ声で続けてきた。
「スコラさんの反乱も、ミリアさんの圧力も、マルティナの裏切りも、私の予想を超えた形で解決してくれました。あなたは最高なんですよ、ローレンツさん」
そう言って、ユフィアは俺の頭を抱きかかえてくる。心臓の音が聞こえてきて、ドキドキが伝わってくるようだ。心から俺を大事にしてくれているのを、強く感じた。
もちろん、真っ当な愛とは言い難い。それどころか、これまで見てきたどんな相手よりも歪んでいると言っていいだろう。俺をおもちゃとして遊んでいるのは、誰の目にも明らかだ。
それでも、そうだとしても、俺はユフィアと生きていきたい。嘘偽りのない、心からの気持ちだった。
結局、俺はユフィアに溺れたまま。それどころか、より深みにハマっていると言っていいだろう。
ユフィアは悪女なんて可愛らしいものじゃない。人を弄び、多くの相手を破滅させ、俺だって命の危機に何度も送り込む怪物だ。だとしても、構わない。それこそが、俺の本心だ。
「ありがとう、ユフィア。俺と一緒に、未来を生きてくれるか?」
俺の言葉に、ユフィアは俺の頭を目の前に運んでいく。そして、そっと触れるようなキスをされた。
「ええ、もちろんです。これからも、私を楽しませてくださいね。ずっと、見ていますから」
そう言って、頬を赤くして微笑んでいた。きっと、ユフィアという毒婦なりの、最大限の愛情表現なのだろう。だから、俺も最大限の気持ちで答えるだけだ。
「ああ。生きている限り、お前を退屈なんてさせないさ」
「約束ですよ、ローレンツさん。私は、宰相としてあなたを支えます。女として満たしてあげます。だから、これからも試練を乗り越えてくださいね?」
ユフィアは小指を差し出してくる。俺は小指を合わせて、そっと契りを結んだ。
決して途切れることのない契約が、俺を縛っていく。その窮屈さが、どこか心地よかった。