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第95話 本当に大事なもの

 マルティナに起こされて、今日も活動に移っていく。まだまだ、今回の戦での功労者にお礼を言っていかなければならない。俺個人の心情としても、実利としても。


 ということで、一通り誰に会いに行くかを整理する。ミリアに対して話を終えたから、残りはアスカとバーバラ、フィース。そして前回の戦いで協力したサレンとルイズだ。


 どの順番で会いに行くかも、大事になってくる。誰を優先しているかを明らかにするわけだからな。ミリアが先なのは、妥当な判断だろう。


 そこで、ひとまずは宮中伯との会合でお礼をいい、流れで個人間の話をすることにした。


「殿下の能力は、十分に示されたわ。あたしは、仕えることに異論はないわ」

「そうだね。殿下が居なければ、勝てなかったと思うよ。だから、こっちこそお礼を言いたいかな」

「戦いの原因を、戦わずになくす。それを見せてくれただけで、十分だよ」


 バーバラもサレンも、ルイズも、順調に話を進められて、ひとまずは落ち着いた心地でいられた。ミリアとマルティナの件があったから、少し警戒していたのだが。まあ、毎回問題が起こるものでもないよな。


 そして次に、アスカに対してお礼を言っていく。


「殿下を守るのは、私のやりたいこと。だから、良い。これからも、よろしく」


 それだけで済まされたが、俺たちの間には確かなつながりを感じられた。お互いに信頼関係を築けたと言っていいだろう。


 きっと、これからもアスカには助けられるだろう。だからこそ、俺は楽しいことを教えていきたい。あらためて決意して、まずはお礼を終わらせた。


 そして、残りはフィース。戦いのために兵を集めてくれたという意味で、絶対に雑に扱ってはいけない相手だ。それに、集めた兵たちはフィースを慕っているからな。だからこそ、緊張感を持ちながら話に入った。


 俺の私室で二人になると、フィースはこちらを熱っぽい目で見つめてきた。強い感情が見えて、少しだけ怯みそうになる。だが、気合いを入れてフィースの目をじっと見た。


「さて、フィース。お前のおかげで、俺は勝つことができた。約束の礼は、何が良い?」


 そう問いかけると、フィースはすぐにこちらの手を両手で握りしめてきた。大事そうに胸元で抱えて、俺に向けて微笑んでくる。とてもきれいな顔をしていたはずなのに、どこか寒気を感じた。


 フィースは笑顔のまま、俺の目を見ながら返事をしてくる。


「ローレンツ様。私を、あなたの妻にしてください……」


 まるで俺を疑っていないような目で、そう告げられる。だからこそ、危険だと感じた。裏切りを感じさせれば、敵対されるかもしれない。そんな予感があった。


 だから、慎重に言葉を選んでいく必要がある。とはいえ、結婚すると言ったところで裏切ることになるだけだ。結局のところは、事実をどう伝えるかという話になってくる。


 前提として、王族の結婚は本人の望みとは関係がない。そこを、正しく理解してもらえるかどうかだ。前にも話したような気もするが、どちらにせよ冷静な受け止め方をされなければ終わりだ。相手が知っているかどうかは、気にしても仕方ないな。


 俺としては、フィースのことを大事に思う感情はある。結ばれれば幸せだろうとも思える。だが、それですら伝え方を間違えれば詰む。フィース個人を乗り切れたとしても、王子としての俺が終わるだろう。


 なら、言質を取らせずに想いをほのめかすのが最適解のはずだ。ということで、握られた手を優しく握り返し、フィースの目をまっすぐに見つめた。そして、穏やかな声で話していく。


「俺がフィースをどれだけ好きだとしても、意味はない。王族の結婚は、国への利益で決まるんだから」

「分かっています……。ですから、愛人として妻よりも大事にしてほしいんです……。それこそが、あなたの妻にしてほしいということです……」


 こちらに顔を近づけながら、フィースは語る。また厄介なことになったものだ。実際に妻よりも大事にしていたとして、それをどうやって証明する?


 妻よりも多く贈り物をすれば良いのか? 愛の言葉を事細かに告げれば良いのか? あるいは、過ごす時間を一番多くすれば良いのか?


 どれを選んだとしても、フィースの心は納得しないように思える。そもそも、愛というのは定量化できるものではない。些細なきっかけで、妻のほうが優先されていると思われるだろうな。


 そして、王族である限りは妻と愛し合いされるための努力を欠かしてはならない。妻そのものや、裏にいる相手との関係がある以上は、絶対に避けられないことだ。愛人を優先しているという姿勢を見せれば、フィースが納得したとしてもダメだ。


 だったら、どうすれば良いのか。今ここで、フィースが感動するだけの愛をぶつける。あるいはそう見せることが重要になってくるだろう。


 きっと、どんな言葉でも信じることはできないはずだ。だったら、行動で示すだけ。他のなにか重要なものよりも、フィースを優先すると。


 そして、それは俺の大事にするものではダメだ。フィースが大事だと思えるものより優先してみせると誓いにするのが、きっと正解なんだ。なら、まずはフィースの価値観を測っていかないとな。


「なあ、フィース。お前は、どんなものが一番人に愛されていると思うんだ? 食べ物か? 絵か?」

「きっと、宝石です……。誰だって、求めていますから……」


 フィースは俺の手を握る力を強めた。意識している感じではない。なら、きっと本心が漏れ出てきたと考えていいだろう。


 察するに、踊りより宝石が良いとか、そんな事を言われたんだと思う。違うとしても、宝石に目を輝かせている誰かの存在が頭にあるはずだ。フィースはずっと、承認欲求を抱えてきたのだから。


 だが、だからこそ狙い目とも言える。宝石が輝いているものだと思っているのなら、その感情を利用できるはずだ。


 答えにたどり着いた俺は、実際に行動に移るための言葉を発していく。少しでも、フィースの心に届くように。


「なら、俺もお前より宝石を求めると思うのか?」

「それは……。そんな、はずは……」


 フィースの目は揺れている。信じたい想いと信じられない気持ちが混ざり合っているのだろう。だからこそ、いま勝負を決められる。そんな確信があった。


 繋がれた手を、ゆっくりと離していく。フィースは、怯えるようにこちらを見ていた。


 そして、俺は自室の小物入れを探していく。すぐに、目的のものは見つかった。宝石を取り出し、フィースの元へと運んでいく。


「俺は、この宝石よりもお前を大事だと思っている。宝石なんてなくたって、お前さえ居れば良い」

「なら、どうして今……」


 宝石を取り出したのか。それを問いかけたかったのだろう。怖くて、ためらったのだろう。だからこそ、今からの行動が最高に効果的になるんだ。思わず笑ってしまいそうなくらいだ。


 俺はゆっくりと、宝石を持ち上げていく。そして、そばにある机へと、振り下ろす。


 叩きつけられる前に、フィースはこちらの手を抑えてきた。慌てたような顔で、俺を見ながら。


 そんなフィースに、俺はゆっくりと微笑みかけていく。


「たとえこの宝石がバラバラになったとしても、俺は後悔なんてしない。どうしてか、分かるか?」

「私さえ、そばにいるのなら……? まさか、本当に……?」


 戸惑うように瞳を揺らすフィースを、ゆっくりと抱きしめていく。フィースは幸せそうに、こちらの胸に頬を寄せてきた。つまり、大成功だ。


「なあ、フィース。これが、俺の気持ちだ。信じてくれるか?」

「もちろんです……。あなたとなら、きっとどんな未来でだって……」


 その言葉と同時に、フィースは優しく俺に抱きついてくる。ほんの少しだけ、俺は抱きしめる力を強めた。


 これで、フィースは俺を信じてくれるはずだ。素直に喜びたい感情と、どこか暗い喜びが俺を満たしていた。フィースに笑いかけると、最高の笑顔を見せてくれた。

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