ローレンツ様に私がつけた傷は、しっかりと手当てしました。万が一にも、ローレンツ様を失いたくない。彼に突きつけられた、私の本当の心ですから。
「ありがとう。これで、ゆっくりと眠れそうだよ。明日からも、色々と仕事があるからな。おやすみ、マルティナ」
そう言って微笑んで、ローレンツ様は目を閉じます。そして、すぐに寝息を立てていきました。穏やかに眠る顔を見て、私はほっと息をつきます。
目を閉じてそのまま眠るあたり、疲れていたのでしょうね。私のせいだと思うと、つい胸を抑えてしまいます。感情に突き動かされて、取り返しのつかないことをするところでしたから。
「ローレンツ様……」
私はそっとローレンツ様の頬に触れます。体温を感じて、心が満たされていくのが分かります。ちゃんと生きているんだと思えますから。
もし仮にローレンツ様を殺すことに成功していたら、私はきっと死んでいたのでしょうね。処刑されるのは確実でしたでしょうが、無実だと認められたとしても。自分のことだから、分かってしまうんです。ローレンツ様が、私の心を照らしてくれていたんだって。
今でも、思い出せます。ローレンツ様は、ずっと私を尊重してくれていた。私を傷つけないように、慎重に動いてくれていた。感謝の気持ちは、広がっていくばかりですね。寝ているローレンツ様の隣に、私は潜り込んでいきます。
「ふふっ、この光景を見られたら、どう思われるでしょうか……」
きっと、ローレンツ様が私を抱いたと、周囲は誤解するでしょうね。それで良いんです。事実はどうあれ、私の目的には一歩近づきますから。
今でも、ローレンツ様への恨みは消えていません。きっと、未来永劫消えることはないのでしょうね。だからといって、私はローレンツ様を失いたくない。そうなってしまえば、生きていけない。
ローレンツ様の腕に抱きつきながら、私は考えを深めていきます。自分の感情に対して、どう向き合うべきか。
私は今でもローレンツ様が憎い。見当違いの憎しみだと、分かっていても。ずっと抱えていた感情だからこそ、心の奥底に焼き付いてしまったのでしょう。それに、ローレンツ様がもっと権力を持っていたらという思いもあります。
とはいえ、過去は変えられません。もう、父は帰ってこない。私の未来も。受け入れるべきことです。
ただ、私の未来は変えられるんです。感情だって、きっと変わっていくんです。ただ、一つだけ言えることがあります。私の憎しみも、大好きだって感情も、両方を満たしたいんだと。
「ローレンツ様の心に、人生に、私を刻みつける。それが、私の復讐です。恩返しです」
これから先の人生で、私はメイドとしてローレンツ様に尽くすでしょう。それは、どんな未来を選ぶとしても変わらないこと。変えてはいけないこと。ローレンツ様の横顔を見ながら、私は決意を深めていきます。
「ユフィア……」
そんな声が聞こえて、つい腕を抱きしめる力が強まってしまいます。ユフィア様は、確かに私を助けてくださった恩人です。だからといって、ローレンツ様の心まで奪われたくない。
分かっているんです。ローレンツ様と私が結婚する未来なんて、こない。ただのメイドである限り、どうにもならないでしょう。せいぜい、愛人が限度でしょうね。
それでも私をローレンツ様に刻みつけるために、一体何ができるのか。ローレンツ様の顔だけを見て、私は考え続けます。
私は、ローレンツ様に抱かれたい。そんな心が、浮かび上がってきました。いつかみたいに、メイドとしての役割じゃない。誘惑するための手段でもない。ただ一人の女として、求めている未来なんです。
私はローレンツ様に聞こえるか聞こえないかくらいの声で、耳元にささやいていきます。
「ねえ、ローレンツ様。いつか、私を本当に抱いてくださいね。そうじゃなきゃ、刺しちゃうかもしれません」
ローレンツ様が私を捨てたのなら、きっと感情が爆発してしまいます。今回なんて、まるで比較にならないくらい。確信できている未来です。
だからこそ、私はローレンツ様と結ばれることで願いを叶えるんです。復讐も、恩返しも。そこまで考えて、ある案が思い浮かびました。
そうです。ローレンツ様の子供を産めば良いんです。それだけじゃない。これから先の王家の血族に、私の血を刻み込む。私の子を、更に王族の血に混ぜ込んでいくことで。
何が狙いか。単純なことです。ただのメイドの血で、ローレンツ様の血を汚し尽くす。私の愛と憎しみとを、両方満たすための策です。
私はローレンツ様と結ばれたい。それは、愛しているから。でも、消えない傷跡を刻み込みたい。それは、憎んでいるから。
だったら、私という存在そのものをローレンツ様の傷にしてしまえば良いんですよ。思い浮かんでしまえば、単純な話ですね。
私は、ローレンツ様の腕に全身をこすりつけていきます。寝ている間に、私のことを少しでも侵食させるために。
「ねえ、ローレンツ様。私はあなたのもの。だから、全部を奪ってくださいね。そうじゃなきゃ……」
きっと聞こえていない。そうと分かっていても、漏れ出てきた言葉がありました。私のローレンツ様への想いが、こぼれちゃったんです。
私はあなたの心に寄生するんです。あなたの想いで、私の心は育っていくんですよ。いつか花開く時、きっと見せてあげますね。私の想いのすべてを、あなたに叩きつけますから。
「ローレンツ様、