「だったら、今までどおり一緒に過ごさないか?」
クロード様から発せられた言葉の意味が分からなくて、呆気に取られてしまう……。
いや、その意味は理解している。
ただそのうえで、何故そんな事を言われたのか予想外過ぎて、全く理解が追い付かないのだ……。
しかし、ここで黙っているわけにもいかない。
私は恐る恐る口を開いた。
「……え、ええっと、それはつまり、今年も始まりの日をご一緒するというお話で……?」
「そうだ」
「な、なるほど……」
……どうやら聞き間違いではなかったようだ。
そのうえでクロード様は、そうだとお答えになった。
つまりさっきのは、言葉どおりの意味ということになる……。
――って、なんでぇええええ!?
私は心の中で絶叫する。
何でクロード様から、そんな事を私に申し出てくるの!?
訳が分からなくて、私は困惑するしかなかった。
でもその理由も、すぐに明らかとなる。
「……実はまだ、父上に解消の話はしていないんだ。だから、今までどおりメアリーに来て貰わないと不味いんだ」
ああ、なるほど……。
たしかにそれなら、私が行った方がいいだろう。
……それに、私だって同じなのだ。
婚約解消した話を、まだお父様には話していないのだから。
これは私達だけではなく、お互いの家同士の話でもあるのだ。
勿論、私達がお互いに合意のうえでノーと言えば、解消は認められる事でしょう。
いくら家のためだとしても、お互いに不幸になって
それでも、公爵家という家柄の責任は理解している私にとって、中々話しづらい話題である事は間違いなかった。
しかし、正直意外だった。
クロード様は私と違って、こういう話はすぐに片づけると思っていたからだ。
だからこそ私も、わざわざ自分から話をせずとも、時期にこの話がお父様の耳に入るのも時間の問題だと思っていたのだ。
昔からクロード様は、誰かに嘘を付くような性格ではなかった事をよく知っているからこそ、何か理由がある事が窺える。
その理由は分からないが、結局私達は婚約解消しようとも運命共同体なのである。
であれば、私の答えは一つ。
「……事情は承知いたしました。であれば、これは私の問題でもありますし、ご一緒させていただきますわ」
「ほ、本当か!?」
覚悟を決めて返事をすると、クロード様はぱぁっと嬉しそうな笑みを浮かべる。
そのあまりにも純真無垢な笑顔を前に、私は一瞬たじろぐも二言はない事を伝える。
するとまた嬉しそうに反応されるから、クロード様のキャラ崩壊が深刻化しているような気がする……。
まぁそれだけ、クロード様もホッとしたという事だろう。
その姿が何だか少し可愛く思えて、私もつい笑ってしまう。
いいでしょう。
私一人が行くだけで、そんな風に思ってくださるのでしたらお付き合いいたしますわ。
「楽しみだ……」
自然な笑みを浮かべながら、クロード様はそんな言葉を呟くのであった。
◇
二学期最終日。
とは言っても、何か特別な事があったわけでもなく、つつがなく授業を受け終えた私は帰り支度をしている。
明日からまた暫く会えない人もいるため、教室内では冬休みに遊ぶ約束を交わしている人達の姿もちらほら見受けられる。
そんな教室の様子に、入学当初と比べればみんなも随分とこの学園に馴染んでいる事が窺えた。
私だけでなく、みんなも変わっているのだ。
学生時代とは、短いけれど人生で一番濃い時間なのかもしれない。
そんな実感を抱きつつ、教室を出ようとしたその時だった――。
「メ、メアリー様!」
急に呼び止められ、振り向くとそこにはトーマスがいた。
私を訪ねてトーマスが教室を訪れるなんて、初めての事ではないだろうか……?
であれば、トーマスとしてみても初めての事。
それは分かりやすく緊張している様子だった。
たしかに私達は、公爵令嬢と平民。
そこには埋める事のできない程の身分差が存在する。
だけれどここでは、私達はただの学友。
だから別にそこまで畏まらなくてもいいのだけれど、それは私の意見。
声をかける側はそうではないだろうから、押しつけも良くないしここは何も言わないでおくことにした。
――それに、やっぱり眼福だわ。
トーマスは、私にとって唯一にして絶対的な推し。
緊張した様子でこちらを見てくるその姿は、あと小一時間は見ていたくなるほど愛らしいものだった。
「あ、あの! 今お時間よろしいでしょうか!?」
「え? ええ、いいわよ」
「良かったぁー!」
安堵するように、自分の胸を手で押さえるトーマス。
やっぱりトーマスは、とても緊張しているご様子だ。
そんなに緊張させてしまっていたのかと、少し申し訳なくなってくる。
「え、えっと、ここでは人も多いので、少し歩きませんか?」
「そうね、分かったわ」
……え、なにこれデート?
そんな訳は無いだろうけれど、勝手に意識してしまっている私も緊張してきてしまう。
こうして私は、トーマスに連れられて人気のない場所へと移動する。
何だか最近、こうして誰かに連れ出されることが増えているような気がするけれど、まぁ気のせいという事にしておこう……。
「ここは……」
連れてこられた場所に、私は思わず声を漏らしてしまう。
何故ならそこは、かつてトーマスがクラスメイトの貴族に呼び出されていた場所だから……。
何故トーマスは、こんな場所に私を連れ出したのだろう……。
そんな思いで隣へ視線を移すと、そこには何やら覚悟を決めたような表情を浮かべるトーマスの姿があった。
マジラブの中では、モブキャラクターでただただ可愛いキャラだと思っていた。
けれど現実のトーマスは、そうではなかった。
ちゃんと一人の男の子で、ここで起きた一件以降明らかにトーマスは変わっている。
そして今、私はここに連れられてきている。
トーマスにとってここは、決して立ち寄りたい場所ではないはず。
だからこそここへ連れてこられた事には、相応の意味がある。
「メアリー様、今日はお話があるのです」
そしてトーマスは、その言葉とともに覚悟の籠った目で真っすぐ私と向き合うのであった――。