目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第64話 支度

 二学期が終わり、冬休みが始まった。

 二学期の最終日、私はトーマスから愛の告白を受けた。

 でも私は、その告白に対してお断りをさせて貰った。


 それは立場上仕方がない事で、現実的に困難だったから……。


 ――でも本当に、それだけだったのかしら……?


 一晩経って、自分でもよく分からなくなる。

 結論はどうせ変わらない。

 それでも私は、違った感情を同時に抱いていたのだ。

 その正体こそ分からないが、あの時私の脳裏に浮かんできたのはクロード様のお姿だった――。


「……うーーん、何でなのよぉー」


 枕に顔面を埋めつつ、ジタバタする。

 思い返す度に、何とも言えない感情が込み上げてきて堪え切れなくなるのだ。


「……支度しないと」


 一頻りジタバタし終えた私は、少し冷静になりつつ起き上がる。

 他でもない、今日はクロード様と約束を交わした始まりの日当日なのである。


 例年であれば、午前中のうちに王城へ向かい、そのまま小一時間昼食を共にして解散という流れ。

 しかし今年は、お互いにもう魔法学園に通う年齢になったということで、ディナーをご一緒する話になっている。


 昨晩からお父様もお母様も力が入っており、何度も何度も喜びの言葉を向けられた私は、ちょっと反応に困ってしまったというのはここだけの話……。


 何はともあれ、今日を上手くやり遂げればそれでよし!

 そう気合いを入れつつ、私もおめかしのため使用人を呼びつけることにした。


 時計を見れば、まだ午前十時過ぎ。

 しっかりと眠った今日の私は、むくみもなく肌ツヤもバッチリ……なはず。


 でも今日は、年に一度の婚約者との食事会。

 だから今日ぐらいは、この日の為に用意したドレスを着込み、細部までしっかりとおめかしをして向かわなくてはならない。

 というわけで、まだ時間的にはかなり早いけれど、使用人複数名によるおめかしがスタートする。


 鏡に映った自分の姿を確認しながら、私はこれからの事を思い浮かべる。

 今日の私を見て、クロード様はどんな反応をしてくれるのだろうか――。

 そんな事を、つい考えてしまっている自分がいた。


「メアリー様、とってもお美しいです……」


 まだおめかしの最中だというのに、使用人の一人がぽろりと言葉を漏らす。

 そんな言葉に対して、他の使用人達も全力で頷いてくれるから、きっと嘘偽りのない言葉なのだろう。

 自分だけでなく、誰かにそう言って貰えることで自信に変わる。


「きっとクロード様も、お喜びになられますわ」

「そ、そうかしら……」

「ええ、もちろんです! 元々お美しいメアリー様ですが、更にお美しくなりますように今日はわたくし達も本気を出させていただきますのでっ!」


 力の籠ったその言葉に、私も微笑みながらよろしくと伝える。

 今日は私だけではなく、スヴァルト家にとっての勝負の日でもあるのだ。

 この家に仕えるものも含め、公爵家として決して恥の無いように振る舞わなければならないのである。


 だから私も、今日だけは着せ替え人形に徹する。

 使用人達があーでもない、こーでもないとヘアメイクやお化粧を入念に確認してくれて有難い限りだ。


 そうこうしていると、時間というものはあっという間に過ぎ去っていってしまう。

 おめかしを終えた私が自室を出ると、出迎えてくれたお父様とお母様も私の姿にお喜びくださった。


 ――そりゃ、あれだけ時間をかけたんですもの。


 私も自分で、鏡に映る姿を確認してみる。

 この世界では特徴のある黒髪に、今日は真紅のドレスを合わせている。

 生地の質感もよく、ウエストはかなり絞ったデザインにすることで普段より二割……いや、五割増しにスタイルがよく見える。


 ただ勘違いしないで欲しい。

 普段着ている制服のデザインが分かりづらくさせているだけで、元々私のポテンシャルは高いのだ。

 スレンダーな体形だけれど、何故か胸にだけは栄養が詰まった天然ものだ。

 前世の私もスレンダーだったけれど、それは病弱が故であり胸も小さかっただけに、今とでは胸の重みの違いがはっきりと分かる。


 この感覚は、転生した私にしか実感できない事なのかもしれない。

 ……いや、パットや手術をすれば人工的に再現は可能なのか?


 まぁそんな事はどうでもいい。

 普段は下ろしている黒髪を、今日はアップに結っている。

 故にうなじも全開状態なのだが、一説によると男性は女性のうなじに惹かれるって聞いたことがある。


 だから、今の私を見たらクロード様もドキドキしたりするのだろうか……?


 ……なんて、変な事を考えるな私。

 今日はお互いの立場のため、一日限りの偽装をするだけなのだから。


「よし、じゃあそろそろ向かおうか」

「メアリー。今日の主役は貴女よ。しっかりと見せつけてやりなさい」

「はい、お父様、お母様」


 今日の私は、普段のメアリーではなく、公爵令嬢メアリー・スヴァルト。

 務めを全うすべく、私は小さく気合いを入れるとともに馬車へと乗り込むのであった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?