馬車に揺られること一時間少々。
王城へと到着した。
今日は始まりの日ということもあり、向かう道中の街並みからはお祭りの様子が見て取れた。
若い男女達が城下町でのデートを楽しんでおり、前世でいうクリスマスの様子とそっくりで、今日が特別な一日なのだという実感が湧いてくる。
本当ならば、今日は自室で引きこもって読書をすると決めていた。
でもこうして表に出てみると、今日この日に予定があるという事に少し安堵している自分がいた。
……まぁ、別に恋人云々の話ではないのだけれど。
それでも嬉しく感じている自分が、少しだけ情けなくもあった。
まぁそれはそれ、これはこれだ。
私はこれから、この国の王子様との食事会が控えているのだ。
もう随分気の知れた相手ではあるけれど、今日は国王様に王妃様も同席されるのだから、私も気を抜けないのである。
「メアリー、そろそろ到着するわよ。準備はよろしくて?」
「ええ、お母様。いつでもバッチこいですわ」
「バッチ……?」
「あ、いえ、大丈夫ですわ」
……いけない。
つい街並みのクリスマス感から、前世の口ぶりが出てしまった。
前世のお父さんがよく言っていったのだ。
何でもかんでもバッチこいって。
どうやら野球用語らしいけれど、私もそういえば語源はよく分からないな……。
今の私にとって、野球と言えばフローラ。
あの日見たバッティングは、今思い出しても惚れ惚れしてしまうほど。
――今日はフローラも、幸せに過ごしているのでしょうね。
聞くに二人は、ゲールのオススメするお店で共に食事をするらしい。
それは、乙女ゲーム『マジラブ』の先の物語。
これが物語だとするならば、アフターストーリーというやつなのだろう。
無事にゲールと付き合った二人が幸せになれる事を願いつつ、私も私の幸せのために今日は頑張ろうと気を引き締めるのであった。
◇
「よく来てくれた」
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「何、例年どおり寛いでいってくれ」
「ええ、お言葉に甘えて」
国王様の出迎えに応じるお父様。
二人は王様と公爵家という、国の重要人物。
しかし同時に、二人は幼少の頃から関係があり、兄弟のような存在でもあるそうだ。
だから、最初こそ立場を意識しつつも、すぐに砕けた話し方になるところを見ていると、本当に兄弟のように仲が良い事が窺えるのであった。
「今日は来てくれてありがとう」
「いえ、こちらこそお招きいただきありがとうございますわ」
続けてクロード様が、私の手を取ってくれる。
それに応じて私も、今は婚約相手として振る舞う。
こんなニッコリと微笑み合う私達を見て、まさか婚約解消中だとは誰も思うまい……。
国王様とお父様達は、いつもと変わらないご様子で一度別室へと向かっていく。
偽装は完璧だと、我ながら自分に花マルをあげたい気持ちをいだきつつ、そのまま私はクロード様に食事会のテーブル席へとエスコートいただく。
「……その、なんだ」
「はい?」
「……今日は、一段と綺麗だな……よく、似合っている……」
「あ、ありがとうございます……」
照れくさそうに目を背けながらも、今日の私を真っすぐな言葉で褒めて下さるクロード様。
今日この時のために準備をしてきただけに、こうしてお褒め頂けるのは素直に嬉しい。
というか、こんなにも私の事を意識しているクロード様を見るのは初めてかもしれない……。
おかげで、私まで照れくさくなってしまった……。
それはともかくとして、ここまではとりあえず完璧と言えるだろう。
しかし、ここは王城内。
忘れてはならない人物が一人いる――。
「わぁ! メアリーさん、すっごくキレイだね! 女神様かと思ったよ!」
階段を降りながら、こちらへと向かってくる人物――クライス様だ。
クライス様は、去年までの食事会には同席をされていない。
これまでは持病があったからあまり気にはしないようにしていたのだけれど、今年はクライス様もお元気なご様子ですし、このあとの食事会に参加されるのだろうか……?
そんな事を考えながら視線を隣に向けると、クロード様はまたしても少しだけ険しい表情を浮かべていた。
相変わらず二人に会話はなく、クライス様は私にだけ興味があるご様子でクロード様を完全に無視している感じだ。
そしてクロード様も、何も言葉にはしないが感情が表情に浮き出ている。
本当に、この二人はどうしてこんなにも不仲なのだろうか……。
小さい頃はよく一緒に遊んでいたし、二人の繋がりは普通の兄弟以上に濃いように感じていたのだけれど……。
そんな疑問を抱きつつも、私はクライス様のお言葉に対して「ありがとうございます」とお答えしておく。
クライス様のお気持ちは、この間直接おっしゃっていただいた。
結果的に、今の私はクロード様と婚約を解消することになったことで、相手のいないフリーの状態ということになる。
しかし、だからと言って元婚約相手の弟と結ばれるなんて、それはいくらなんでも不味いに決まっている。
更には、相手は王族なのだ。
第一王子を振って、第二王子と結ばれる女なんて、誰がどう考えても最低最悪の悪役令嬢以外の何者でもない……って、それならキャラ通りなのか?
……まぁ、キャラはともかく、それは私の中の正義にも反すること。
だからクライス様のお気持ちに応えるのは、気持ち以前に無理ゲーすぎるのだ。
「ねぇメアリーさん、まだ少し時間あるよね? 今日も僕の部屋で話そうよ」
クライス様は、そう言って何の躊躇いもなく私の手を取る。
やっぱりクロード様のことは完全に無視しており、二人の間に挟まれた私は対処に困ってしまう。
しかし、その時だった――。
クライス様に掴まれた右手とは逆の、クロード様と繋いでいる左手がぎゅっと力を籠められる。
まるで、私を手放さないとでもいうように――。
「すまんが、今日メアリーは俺との会食のために来ている。だからそういうのは、また今度にしてくれ」
そして、これまでずっと沈黙を続けてきたクロード様が、クライス様に対してそうはっきりと告げるのであった――。