「……ふーん」
クロード様の言葉を受けて、クライス様は初めてクロード様へ視線を向ける。
その表情には、冷たい笑みが薄っすらと浮かんでいる。
「知らないよ。僕はメアリーさんと、話がしたいんだ」
「それが無理だと言っている」
「だから、そんなのは知らないよ」
「我儘を言うな!」
一歩も引こうとしないクライス様に対して、クロード様は感情を爆発させるように叱咤する。
それは、これまで溜め込んできた感情を吐き出しているようで、私の手を掴む力も更に強まっていく。
「……何本気になってるんだよ。あーあ、冷めちゃった」
対してクライス様は、先ほどまでの笑みはどこかへ消え失せ、クロード様を冷たく睨みつけるように言葉を残して立ち去って行く……。
そんな対立する二人を前に、私はどうすることもできなかった……。
やっぱり二人の間には、私の知らない何かがある。
でも婚約解消を伝えられたあの日、クロード様は何も教えてはくれなかった。
だからきっと、ここで聞いたところでまた揉めてしまうだけだろう……。
「……すまない、行こうか」
「え、ええ……」
今日は、楽しい楽しい始まりの日。
一年に一度の記念すべき日だというのに、出だしから空気が重たすぎる……。
しかし、私にはどうする事もできないため、今は深く考えずに言われた通りにするとしよう……。
「……何も聞かないのか」
「……聞けば、また気分を害されるのではないですか」
前を歩くクロード様からの問いかけに、私は包み隠さず本音で答える。
忘れたとは言わせない。
私が問いかけた事で、あの日クロード様が激昂されたことを。
触らぬ神に祟りなし――もとい、触らぬ他人の家庭事情に祟りなしだ。
だというのに、今日は自分から聞いてくるなんて、ちょっと気分屋が過ぎませんか?
「……そうだったな」
少し悶々とする私の言葉に、クロード様は苦い表情を浮かべるとこの会話を打ち切る。
その表情から察するに、自分でも矛盾している事に気付かれたのだろう。
――どうやら良かったのは、出だしだけだったみたいですわね。
まぁ例年、このあとの食事会にはクライス様は同席されないから、きっと今回も不在だろう。
であれば、さっきのいざこざが持ち込まれる事もないだろうし、無事何事もなく終えられるだろうと思ってはいるけれど、それでも一抹の不安は残る。
でも、そもそもの話だ。
今日私は、偽装のためにここへ来ているのである。
だから今日は、このあとの食事会さえ上手く乗り越えればそれでお役御免なのである。
というわけで、もうあまりあれこれ考えずに、今日は美味しい料理を食べて楽しむ事にいたしましょう。
そう気を取り直した私は、クロード様の向かいの席へと腰かける。
それから暫くクロード様と二人で他愛のない会話をしながら過ごしていると、国王様やお父様達もやってきて両家が向き合う形で着席する。
あとは例年どおり、みんなで食事をしながら他愛のない会話を楽しむだけだ。
会話もお父様達が中心だし、私達は仲が悪くない風に振る舞ってさえいればいい。
ただいつもと違うのは、ランチがディナーに変わったぐらいで、他はどうということはないはず。
クロード様も、もうさっきのことは全く気にされていないご様子で、自然に笑みを浮かべながら振る舞ってくれている。
だから私も、今日は婚約相手としてこの場を完璧にこなしていく。
こんなものは、昔からずっと続けてきた事なのだ。
私だって公爵令嬢、今更慌てるようなものでもないのである。
「二人とも、魔法学園に入学して立派になったものだな」
「そうですね。この間の魔法実技祭で見せてくれたクロード様の魔法も、実に素晴らしかった」
食事会での会話の話題が、私達へ向けられる。
それもそのはず、今日の主役は私達。
当然話題が、こうして私達へ向けられることは分かっていた。
「ありがとうございます。しかし、残念ながら優勝は叶いませんでした」
「いやいや、一年生で三位入賞はとても凄い事ですよ。来年こそは、優勝を狙えるのではありませんか?」
「そうだな、期待しているぞクロード」
「はい、ありがとうございます」
お父様達の言うとおり、クロード様の魔法は本当に素晴らしかった。
今思い出しても、あの巨大なゴーレムは本当に凄まじかったもの――。
というか、この世界の本気の魔法を目の当たりにすると、改めて恐怖以外の何物でもない。
巨大なゴーレム、そしてゲールの生み出した無数の鮫に、キースの巨大な炎。
あんなものを互いにぶつけ合うなんて、想像しただけで命がいくつあっても足りない気がする……。
地域によっては今も紛争中のところもあるというのだから、戦場は一体どんな状況になってしまっているのだろうか……。
まぁそれを言うなら、前世の地球上でも兵器と兵器のぶつかり合いで多くの命が失われているのだから、どこの世界でも戦争というのは恐ろしいものだ……。
……なんて、今考えることではなかった。
私も会話に混ざりつつ、和やかな時が流れていく。
時々私達の関係の話題も振られるが、そこはクロード様が率先して受け答えしてくれるおかげで、私はただ同調して話を合わせるだけで良かった。
そんなこんなで、二時間近く経っただろうか。
食事会も、そろそろ解散の雰囲気になってきた。
――良かった。何事もありませんでしたわね。
婚約解消を秘密にしていること。
そして、クライス様もこの王城のどこかにいること。
この二つの懸念事項があったものの、無事に今日という日を終えられそうなことにホッと安堵する。
「では、あまり長居しても申し訳ないので、そろそろ失礼させていただこうか」
「ええ、そうですわね」
「ふむ、そうか。今年もわざわざ来て貰ってありがとう」
「また来年もお会いできること、楽しみにしておりますわ」
両家の親同士で、話が締めくくられる。
これにて、ミッションコンプリートだ。
今日のところは、帰って一仕事終えた自分を労ってあげるとしよう。
そう思い私も一緒に立ち上がると、何故かお父様達の視線がこちらへと向けられる。
「じゃあ、あとは若い二人で過ごすといい」
「明日の朝、迎えを用意する」
そして国王様とお父様の二人は、私とクロード様に向けてそう言い残すと、私達二人を置いて部屋を後にするのであった――。
――えっ? どういうこと!? 二人きりって何!?
その完全に予想外の展開に、私もクロード様もただただ顔を見合わせながら困惑するしかないのであった……。