ガクたちと別行動になり、俺たちは草原を進む。
地面は真っ平らではなく、あちこち波打つように凹凸ができているので、しばらくしたらガクたちの姿は見えなくなった。
「さて、どうしようか?」
わずかにある斜面に隠すように穴があり、そこから犬顔のコボルトが様子を窺っている。
こちらが背中を見せたら襲ってくるつもりのようだけれど、それよりも早くスラーナの属性『風』による攻撃が飛ぶ。
なにも見えなかったけれど、術理を感じてなにをしたのかはわかる。
穴の中でなにやらくぐもった音が聞こえる。
「なにしてるの?」
「酸素を抜いたの」
「……前から思ってるけど、それってエグい手段だよね」
「なら、やめる?」
「いえいえ、どうぞどうぞ」
あの穴は俺が入れるものではないし、奇襲を封じるならその中に攻撃を投げ込むしかない。
確実に倒すなら、スラーナのやり方はぜんぜん正しい。
「ごめんなさい」
「よろしい」
言い過ぎたことを認めると、スラーナの機嫌は治り、穴の中は静かになった。
術理力とは違うけれど、タレアも風の魔法を使う。
風という性質は同じだけれど、その使い方は全く違う。
タレアがスラーナみたいな使い方は、きっと思いつかない。
それが悪いとか、どっちが上だとか、そういう話にしたいわけではない。
同じものでも、個人によって力の現れ方は大きく違うのではないか?
ふと、そう思ってしまった。
だからどうだというものでもないんだけど……。
それを思ったからといって、なにかに導き出せるわけでもない。
最近は、術理力のことばかり考えているからかな?
なんでもそっちの考えに繋げてしまっているのかもしれない。
反省。
コボルトを片付けてからさらに進んでいく。
スラーナの風は、確実にコボルトの巣穴とブラックウルフの接近を感知する。
だから探知を完全に任せて、倒すのは俺が全部引き受けた。
ブラックウルフは真っ直ぐに襲ってくるし、コボルトも一度巣穴から出てくれば逃げ戻ることはしない。
深度Eのモンスターは手こずるほどではない。
食料と寝る所さえ確保できれば、ずっといられそうなぐらいに安定している。
「そんなのは嫌よ」
「俺だってそんなことしたいわけじゃないけど」
「お風呂に入らないなんてありえない」
真顔で拒否されて、苦笑する。
「でも、わからないまま放置するのも気持ち悪い。難しいところよね」
「できれば今回で終わらせたいなぁ」
俺としても、攻略できないダンジョンなんていうものを放置したくない。
それは、負けたという気分だけが残ってしまう。
「でも、謎解きは苦手だなぁ」
「謎……これは謎なの?」
俺の呟きに、スラーナは首を傾げた。
「以前までならブラックウルフを倒していればボスは現れるものだった。それが出なくなったのは、謎が増えたから? いいえ、ダンジョンの存在力は攻略を繰り返されて低下しているのだから、そんな新たな条件を追加できる状況ではないはず。だったら、存在力が低下して、ダンジョンが弱った結果、出せなくなった? 条件を達成できなくなったということ?」
「スラーナ?」
声をかけても返事がない。
なにか思いついたようなので、しばらく考えるに任せて、周囲の見張りは俺が受け持つ。
「ブラックウルフを倒す? 倒し続ける。つまり……?」
「スラーナ、ブラックウルフだ」
低い丘の向こうにブラックウルフが顔を見せた。
数は、見えている分は一体だけ。
「倒してくるから、ここで……」
「待った」
向かおうとしていたら、スラーナに止められてこけそうになってしまった。
「なに?」
「倒さないでみましょう」
「え? なにそれ?」
「一体だけは残して、絶対」
そう言うと、スラーナは発煙筒のスイッチを入れる。
先端から激しい火が吹き出したところで地面に放ると、そこから赤色の煙が高く昇っていった。
「みんなが来るまで、やるわよ」
「うへぇ」
出てきたブラックウルフは一体だけなんだけど。
これ、どうすればいいんだ?
「やっぱりダメなんじゃん!」
「二人組でうまくいくわけないのよ」
ミーシャとメキが文句を言いながら走っている。
ガクもそんな二人を宥める余裕もなく走っている。
タケルとスラーナの二人は深度Dに進出できる実力者だ。
その強さも連携の高さも、さっき見た。
授業中にだって、二人が優秀である場面は何度も見ている。
それでも、何かのバランスが崩れたら危機に陥るのがダンジョンだ。
モンスターだけの問題ではない。
小さな怪我。
体調不良。
ただの不運。
どんな優秀な人間だって、その能力を発揮できない瞬間は必ず訪れる。
そんな時、二人だけでは補いきれない。
人数が多ければいいというものではないのかもしれないが、人数が多ければ、生き残れる確率は高くなるはずだ。
間に合ったら、俺もタケルにパーティメンバーを増やすことをアドバイスするべきかもしれない。
そう考えていたら、発煙筒の根元へと到着した。
「大丈夫か⁉︎」
「「ああっ、大丈夫だから‼︎」」
「……は?」
「「お願いだから、そいつは倒さないで‼︎」」
「なんだ?」
二人の元気な声にガクは足を止める。
あんなに怒っていたミーシャとメキも呆気に取られていた。
二人は元気だ。
ブラックウルフは一体だけ。
それを相手に、タケルが逃げ回っている。
相手が飛びかかるなり噛みつくなりすると、サッと避け、だけど他には行かせないように、すぐに距離を詰める……ということを繰り返している。
そうしていると、いきなりブラックウルフが空に向かって吠えた。
すると、その個体の周囲に、いきなり仲間のブラックウルフが現れた。
「ガクっ! そいつらを止めて!」
「は? はあ?」
「いいから早く!」
「おっ、おお」
意図はわからないが、スラーナに言われるままに自らの属性『影』を使って、新たに現れたブラックウルフの動きを止めた。
「もう三十体は倒した。それなのにまだ出てこない。なら、条件はこれじゃない。一体の呼び出しがダメなのなら、複数では?」
「はぁ?」
スラーナの呟きの意味はやはりわからなかったが、これがなにかの実験なのだということはわかった。
危険ではなかったことには安心したが、事態を理解できない混乱は残っている。
それでもスラーナの指示に従い、他の仲間たちも黙って事態を見守っている。
やがて、影によって動きを止められていたブラックウルフが、空に向かって同時に吠えた。
それは、タケルが引きつけていた一体も同じだ。
複数のブラックウルフによる遠吠え。
さっきと同じようにブラックウルフが増えるのかと身構えていた。
だが、現れたのは別のモンスターだった。
黒い毛皮を背負うようにして立つ、人型のモンスター。
ウェアウルフだ。
「ガクたち、ボスは任せた!」
「は? なに?」
「ブラックウルフはこっちに」
「いや、でも」
お前たちが見つけたんじゃ。
「俺たち、もう疲れた」
「仕上げは任せたわよ」
タケルの言葉をスラーナも賛同されては、ガクたちも迷ってはいられない。
「よしっ、やるぞ!」
「「「「おおっ!」」」」
仲間たちもそれに応え、ブラックウルフを解放して、ウェアウルフに影を伸ばす。
苦戦したけれど、無事に勝利することができた。
「ダンジョンが弱体化したせいで、ブラックウルフがボスを呼び出す前に倒せていたことが問題だったのよ。それがわかったから、残すように戦っていたんだけど、五体以上、仲間を呼べる状態にしないといけないなんて、さすがにしんどいわね」
倒し終わった後で、スラーナが教えてくれた。
「こういう時は、仲間が多い方がいいね」
「そうね」
少し自惚れていたと反省していたのだが、二人がそう言ってくれたので、救われた気分になったガクたちだった。