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83 二手目の警戒



「あの男が言ったではないか。お前に負けたくないのだ」


 ミコト様はそう言うけれど。

 トバーシアの危機が去った後でミコト様に尋ねてみた。

 俺にはキヨアキがなにを考えているのかわからない。


「たしかに。お前があの男の立場であったなら、たとえ嫌いな相手であろうとも、それで現状が解決するならそれでいいかと考えるだろうな」

「ええまぁ」


 その通りだ。

 だって、その方が手っ取り早い。

 ミコト様はそれに『だが』を付ける。


「だが、あの男はそう考えない。憎い相手にたすけられるぐらいなら……と考える。まぁ、自死する勇気はなかろうし、むしろそんなことをするぐらいなら相手を利用して自分を強くしてやろうと考えたのだろう。お前とは違う意味で野心的な男だ。敵でなければ嫌いではないな」

「いや、でも……なんでこんなところで?」


 ミコトの言い分が理解できないわけではない。

 そういう意地の張り方はあると思う。

 ただやはり、タケルには理解できない。


「あいつがそう望んだんだから、私たちの責任じゃないわよ」


 首を傾げる俺に、スラーナが慰めてくれる。


「あいつのことでなにかあったとしても、これだけ証人がいるんだし、問題ないわ」


 キヨアキの言葉はみんなが聞いている。

 ダンジョンの人たちだけなら、スラーナに、たすけた学園の仲間たちも聞いている。

 あいつをたすけられなかったことでなにか問題が降りかかってきたとしても、スラーナたちの証言が俺を守ってくれるだろう……とは思う。

 でも、それはそれとして、なにか気持ち悪い。

 キヨアキが俺を敵対視する理由はわかるのだけれど、どうしてそこまで? と思ってしまう。

 わからない。


「まぁ、わからない奴のことよりもわかる敵の動きを警戒するべきだな」


 ミコト様の言葉で俺はハッとする。

 戦いが一つ終わって気が抜けているけれど、トバーシアは気になることを言っていた。


「もう一つ、とか言ってましたね」

「そうだ。まぁ、仕掛けてくるのだとしたらヤガンだろうがな」

「ヤガン」


 トバーシアにキヨアキたちを売ったのもヤガンだ。


「ヤガンとの諍いは古い。元より、竜人族の守る商店街の外側で商売をしていた連中だったのだが、我らがそこと繋がったせいで奴はさらに外側に商売の手を広げなければならなくなった。まぁ、弱みに付け込むようなセコイ商売をするような奴だからこそ、追い払ったのだがな」


 ヤガンのことは俺も知っている。

 俺自身も関わったことがあるし、オババ様やルオガンなんかから話を聞いたこともある。

 商店街の外側で商売をしているということは、竜人族とも仲が悪かったということだ。

 そんな奴が嫌がらせをまだ考えている?


 トバーシアの長が逃げる前に嘘を吐いたということも考えられるのだけれど、その嘘があり得そうな嘘だから困る。


「嘘だったとしてもしばらくは気をつけておいたほうがいいだろう。というわけで、お前は仲間たちともう帰れ。もう一人をすぐに取り返すのは諦めろ」

「いや、でも……」

「あやつらをここに置いておくのは考えものだろう。お前を連れていったジョンとやらも、ずいぶんと暑苦しい格好をしていたではないか」

「それは、そうだけど、でも……俺まで?」

「当然だ。お前はいま、あちらの予定の中で生きている。こちらの都合で振り回し続けるわけにもいかないだろう」

「……わかりました」


 ミコト様の判断は間違っていない。

 迂闊に動いて隙を見せてしまい、そこから崩されたらたまらない。


 たまらない……のだけど。


「よし、明日には送るよ」


 ミコト様の決定に、学園の仲間たちはほっとした空気になる。

 それはそうだ。

 彼らにとっての安全圏、家に帰れるのだから。

 だけど……。


「タケル?」

「え?」

「なにを考えているの?」

「いや、ヤガンを気にしてるんだけどね」

「そうね。気になるわね」

「うん」

「それだけ?」

「うん」

「嘘ね」

「うぐっ」

「なにを気にしてるの?」

「いや……このままダンジョンに戻るのわな〜って」


 キヨアキをたすけられなかったのは気になる。

 ヤガンがなにをするのかを気にしているのも本当。

 だけど、そういうことを放っておいて、俺がここから去るっていうことに違和感があった。

 当事者じゃないって言われている感じが、気持ち悪い。


「ああ、なるほどね」

「スラーナはわかるのか?」

「まぁね。わかった。でもとりあえず、それについて悩むのは、彼らを送ってからにしましょう」

「いや、送ってからって……ん?」

「うん?」

「そういうこと?」

「さあ?」


 スラーナが薄い笑みで誤魔化す。

 だけど、そういうことなのだともわかる。

 彼女のこともわかってきたよなって、こういう時に思う。


 翌日、学園の仲間たちにディアナを渡し、シズクたちと同じ場所で学園に戻ってもらう。

 そして、俺とスラーナは残った。


「本当によかったの?」


 俺にとっての違和感は、スラーナには関係がないはずだ。

 でも、残ってくれた。


「いまさらそういうこと聞くの、やめてくれる?」

「はい、すいません」


 うん、そうだよね。


「なら、このままヤガンを探そうか」

「そうね」


 二人で頷き合い、俺たちはこの場を静かに去った。

 ヒヒバンガに襲われたくないからね。


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