この穴は大きめの木が腐ってできたもののようだ。
そんなものがあるなんて、運が良かった。
いや、それより。
二人だ。
「なんでいるの?」
「「タケルいるところに私たち在り、だよ」」
「なにそれ怖い」
「そもそも、スラーナがいるのに私たちがいないのがおかしい」
「そうだそうだ。嫁の扱いに差をつけるのはいけないんだぞ」
「嫁って!」
クトラとタレアの嫁発言にスラーナが慌てている。
「スラーナ。この二人のはおふざけだから」
「……」
ゴツッ。
殴られた。
「痛いっ! なんで⁉︎」
「ふんっ!」
「ほんと」
「これだけは、な」
クトラとタレアにも呆れた目で見られるし、わけがわからない。
「それより、さっきのはなんなの?」
スラーナにはわけがわからない襲撃だった。
それはそう。
わかるわけないよね。
「マガメガのはず」
「マガメガよ」
「マガメガだった」
「マガメガ?」
ええと……どういう風に説明しようかな。
「大きな目と大きな口を持った……巨大蟲?」
「一応、ヒトじゃないかしら?」
「あいつが会話してるところなんか見たことないよ。ヤガンだって商売できないんじゃないか?」
「だから、モンスターだね」
「そう、モンスターなんだ」
なんか複雑そうな表情。
まぁね。
人間しかいない社会で暮らしていると、それ以外は全部モンスターに見えてくるよね。
「あの大きな目と視線が合うと、気絶させられるんだ。だから目を見ないようにして戦うしかないし、そんなの面倒だから逃げるのが最良なんだ」
「そう。それはわかったけど。これからどうするの?」
「そうだねぇ。まさか、ここがマガメガの縄張りになってるとは思わなかった」
移動してきたのかな?
あんまり数を見ないモンスターなんだけど。
「でも、このままだと脱出も難しいわね」
「目がでかいだけあって、見つけるのが上手いんだよなぁ」
「ううん」
二人の話し合いを聞きながら、なにができるかを考える。
とりあえず【俯瞰】を使って外の様子を伺う。
うあ、大きな気配が戻ってきた。
「戻ってきたみたいだ」
「ああもう」
「カバネマシラで満足しとけよな」
「どうするの?」
「ううん……視線を逸らせてから一撃で仕留めるが理想なんだけど」
あのでかい目の視界は結構広いし、他の感覚も鋭いから隙が少ない。
それに、でかいから頑丈でなかなか死なない。
「ここから逃げるのは難しいから戦うしかないんだけど……」
「誰か囮する?」
「ううん。あの視線でやられるとしばらく頭痛が抜けないから、そういうのは避けたいなぁ」
「それなら、この場から出ないで倒しましょう」
いきなり、スラーナがそんなことを言った。
「どうやって?」
「私の矢なら、相手の場所さえわかれば見えなくても撃てるし、場所も属性でわかるわ」
「ああ、そうだね」
「タケルも属性使いなさいよ」
「うっ」
「とりあえず目標は達しているんだから、いつまでも縛ってないで使いなさい」
「ちぇっ。わかったよ」
あれって【王気】以上にわけわかんないし、あまり使ってると楽を覚えそうで嫌なんだよな。
でも、仕方ないか。
「待ってよ。相手の場所がわかるなら、私だって水を曲げられるわよ」
「うちだって!」
そりゃあ、見ないで相手を攻撃できるならその方がいいに決まっている。
だけどそれには大きな問題がある。
「問題は、どうやって目標を共有するかよね」
「ここに近づくのを待ってたら見つけられるかもだし」
「……ああ、なんとかできるかも」
久しぶりに属性を使って線だらけの視界を眺めていると、なんとなく理解できた。
線の意味がいくつかわかる。
避けるとか剣を振るとか以上の意味を主張されているような気がするのだ。
なんだろ?
術理技を覚えたのは、無駄ではなかったのかな?
とはいえ、初挑戦なことをやらされようとしているみたいなので、集中しないと。
「ええとそれじゃあ、いまからあることをするけど、驚かないようにね」
「なにをする気?」
「説明が難しいんだけど……繋げる感じ?」
「繋げる?」
「ええと、まぁ……わかるよ」
「もう、感覚派はこれだから」
「ははは……」
まぁとにかく、【王気】を使う。
もうかなり慣れたね。
スラーナの術理力にクトラとタレアの魔力、三人のそれを俺の術理力で取り込み、一つにする。
「え? これ……」
「ああ、これは……タケルの魔力」
「あはは、なんだこれ?」
一つにまとめた力の流れを動かし、【俯瞰】を使ってマガメガの位置を確認する。
術理力による触感的な知覚で、マガメガの姿がはっきりとする。
視線を合わせたわけではないから気絶とかにはならない。
「うっ、なにこれ」
姿を確認したスラーナが嫌悪感に顔をを引き攣らせる。
蜘蛛のような多脚の下半身。頭の部分に特大の口があり、胴体から上に伸びた茎のような体の先に、巨大な眼球がある。
見慣れないから気持ち悪い。
「よし、いまなら後ろを狙える。胴体から眼球を支えている根本のあたりを狙うんだ。あの下に心臓がある」
「わかった」
スラーナが弓に矢を番え、三人がタイミングを揃えて攻撃した。
スラーナの風を纏った矢が、クトラの水流が、タレアの風の刃が一斉に襲いかかった。
マガメガは胴体を破られ、見事に心臓を貫くことに成功した。