タトラを攫った犯人の痕跡を追いかける。
木にはすぐに飛び移れていなかったみたいだ。
間の長い足跡がしばらく続き、それから木の上に上がって、枝から枝に飛んでいる。
思った通り、落ちるには早い葉があちこちで地面に散っている。
「私、ぜんぜんわからない」
後からついてくるスラーナがそんなことを零す。
「獲物の追跡は、私たちの中だとタトラが一番、その次がタケルですよ」
「そうなんだ」
「タケルはミコト様に一人でも生きられるようにと鍛えられていますからね。戦い以外のことでも、一番は無理でも二番になれるぐらいにはできるのよ」
「え⁉︎」
「驚きました?」
「勉強は、できないわよ?」
「勉強? それはなに?」
「なにって……ええと、いろんな知識を学ぶこと、かしら」
「そんな曖昧なものはタケルも苦手でしょうね。目的がはっきりしていないと」
「目的……なるほど」
「わかった?」
「わかったというか、納得? タケルは、走っていないと落ち着かないわけね」
「ああ、それはいい表現かもしれませないわね」
なんか後ろで勝手なことを言われている気がする。
「二人とも、ちょっと急ぐよ」
「大丈夫なの? 罠にかけられたりしない?」
クトラが追跡を読んだ相手が引っ掛けの罠を仕掛けていることを警戒している。
だけど、それはない。
「ああ。ここまででわかった。向こうは一人だ。それにちょっと我慢できない性格かもしれない。タトラを捕まえて距離を稼ぐだけで我慢は使い切ってる。あとはまっすぐだ」
「え? そこまでわかるの?」
「わかるよ。足跡にだって性格は出る」
ダンジョンだと敵を追跡するような行為がほとんどないけど、こっちだとそういうのはよくあることだ。
もっと丹念に追いかけていけば、足跡一つでその時の気分もわかってくるようになる。
いまわかっているのは、こいつはもう狩りのための忍耐をもう使い切ってしまったってこと。
勝利を確信したのか、本当に短期なのかはまだはっきりしないけど、タトラを手に入れて一刻も早く自分の縄張りに戻りたがっている。
そんなこと、させるものか。
「スラーナ、クトラ、後から来て」
「えっ、ちょっと!」
身体強化に回す術理力の増やし、速度を上げる。
落ちている葉の数が明らかに増えている。
急いでいるため、静かに行動することができなくなっている。
油断している。
やるならいまだ。
木々を抜け、そいつの影を掴んだ。
黒い姿。
パンタールか。
タトラの種族であるタイガリアンとは近い種族ではある。
タイガリアンよりももっと細くて、静かに早く動けると覚えている。
うちの村とも一応の付き合いぐらいはあったはずだ。
黒い毛皮は珍しい。
だが、そんなことより、タトラがその腕にある。
気絶しているのか?
そうでなければ抵抗しているだろうし。
だが、もしも……。
「タトラに怪我一つでもさせていろ」
「なっ!」
奴の前に回り込む。
「貴様を殺さない理由がなくなるぞ」
「お前、タケルか!」
黒いパンタールの男は、足を止めて吠えた。
「このおれが、タトラに怪我をさせるだと! そんなこと、するはずがない!」
「だが、意思を無視して攫った」
「求婚の儀として間違ったことはしていない!」
「お前たちの決まりだろう。タイガリアンのタトラには関係ない」
一部の種族には、求婚相手を力尽くで攫うという風習がある。
パンタールの男は、それを実行しているということか。
「タトラとお前はまだ結婚してない! おれが攫う邪魔はさせない!」
「奪えなかったら結婚じゃないんだろう? それなら、どちらにしろここで終わりだ」
俺が刃喰の柄を握れば、タトラを地面に置いたパンタールの男は両手の指から爪を伸ばし、精悍な面を毛皮に包んだ。
興奮すると獣化が進行する類か。
爪はそこらの岩だって簡単に切り裂くはずだ。魔力を使ってそこらの鉄にだって負けない強度を持っている。
そして、さっきも言ったけどパンタールはタイガリアンよりも速度に優れている。
「クアッ!」
「っ!」
気が付いた時には前にいた。
刃喰の抜き打ちが間に合っていなければ、パンタールの爪が顔か首を切り裂いていたことだろう。
「おれの前に立っただけあるな! いい反応だ! だが、次はない!」
勢いのまま背後に回ったパンタールは、俺が振り返るよりも早く背中にその爪を突き刺そうとしている。
そう、俺にはパンタールの動きが見えている。
目で追えなくとも、周囲にある術理力を使った術理技【俯瞰】で動きを感じることができている。
そして……。
「ぬぐおっ!」
頬を張るように爆発が起こり、パンタールが地面を滑った。
【俯瞰】に使った術理力の一部を【虎牙】の衝撃波に変化させたのだ。
条件さえ揃えば、わざわざ武器に乗せなくとも【虎牙】を発動させることができる。
これも【念動】が使えるようになったおかげだ。
「速いだけならもう怖くない」
【俯瞰】の範囲は俺の反射神経が対応できる半径を維持できている。
間合いに入った瞬間に対応できる。
「吐かせ!」
距離をとって体勢を立て直したパンタールが向かってくる。
その姿が、三つに分かれた。
分身か。
「これでもまだそんなことが言える……ぐはっ!」
左側に回り込んできた本体に、裏拳を叩き込む。
どれだけ分かれて見えようと、実体を持って近づいてきているのが一つである以上、【俯瞰】の知覚までは誤魔化せない。
「くっ」
「さあ、諦めるか、死ぬか、選べ」
「なにをっ!」
「そこまでだ!」
最後に叫んだのは、別の声だ。
ハッとしてそちらを見れば、金に近い黄色の毛皮に黒い斑紋という、普通のパンタールたちがそこにいた。
そして、その集団の真ん中に、スラーナとクトラがいた。
「男! 動けば、この二人の命は……」
不意を打たれたのだろう。
二人は怪我をしていた。
「……死んだぞ、お前ら」
属性を使う。
視界を死の線が駆け巡った。