クトラの母から塩をもらい、次はタレアの里に向かう。
その途中でタレアが足を止めて提案してきた。
「あっ、タケル。里に戻る前に、ちょっと狩りしていかない?」
「うん?」
「いやぁ、いきなり留守にしたお詫び? そんな感じで」
「ううん? まぁいいけど」
いままでも何回か送ったことがあるけど、ここまで来てそんなことを言うのは初めてかもしれない。
とは思うけど、いろいろと迷惑をかけていることも事実なのだし、お詫びだというならそれもいいかな。
と思ったのだけど……待ったをかけたのはスラーナだった。
「なにかおかしい。タレア、なにを考えているの?」
「なっ、なにも考えてないしっ!」
あからさまに動揺してしまうと、俺だって怪しいと思う。
でも……なん……あっ。
「あっ」
「なにか思い出した?」
「思い出した」
スラーナの問いに、頷く。
タレアの里、タイガリアンにこの風習があるかは知らないけれど、狩猟が主な種族の中には、一緒に狩りをして、それを里に持ち帰ることが結婚の儀式とか、そういうのがあったような?
「あったような?」
「……ピーピー」
タレアを見ると、視線を逸らして口笛を吹いた。
「似たようなものがあるみたいね。知らなかったの?」
「タレアの里は、時期で移動してたりするからね」
狩猟民族だから、獲物の移動に合わせて住む場所も変えていく。
「遊びに行くより遊びに来る方ということね」
「そういうこと」
「それで……」
と、この後はスラーナの説教が始まった。
「あの黒いののせいで変な気分になったのでしょうけど、こんなことをクトラのいないところで企んで、もしもうまくいっていたら、どうなると思っていたんですか?」
「どうなるって?」
「騙された、出し抜かれた、排除されてしまった、クトラがそんな風に考えたらどうするつもりだったんですか?」
「どうするって……そんなこと……クトラを除けにするつもりなんて……そんな、そんなの……うう……」
泣き出した。
「クトラを除けになんてしないもん!」
号泣だ。
「え? こんなに?」
二人は仲良しだけど、ことあるごとに喧嘩もしていた。
喧嘩するほど仲がいいとは聞くけど、まさかここまでとは。
「だけど、タケルと一番に結婚するのはうちなの〜! それはスラーナにもあげない!」
「はっ! いや、だから私は!」
またその話か。
なんでそんなに結婚したいんだろう?
わからん。
動揺するスラーナと号泣するタレア。
「あんたらうるさい」
そしてそこに立派な体格の女性が現れた。
いきなりだった。
気配を絶つ技術が半端ない。
俺も気づかなかったし、タレアやスラーナも同様。
全員、飛び上がるぐらいに驚いた。
「ママッ!」
「また勝手に飛び出して、こいつは!」
「ぎゃんっ!」
拳が頭に落ちて、タレアが悲鳴を上げた。
一般的なタイガリアンらしい黄金の髪を持つ背格好の立派なこの女性……タレアの母だ。
「ご無沙汰しています」
「おう、タケル。また強くなったみたいじゃないか。いまのお前なら、あたしが噛み付く前に動けそうだね」
「あはは……」
いやぁ、それでもまだ死んでそう。
「で、こっちが新しい嫁か?」
「嫁じゃないです!」
「そうなのかい? 人間はややこしいねぇ。さっさとやることやっちまえばいいだろうに」
「や、やることって!」
「なんだいその反応?」
「ああ、すいません。人間の集落だと、そっちのことは隠すので」
「隠す? まぁ、隙を突かれたら困るから周りは気にするでしょ」
俺が間に入ったのだけど、これはどう説明すればいいんだろうか?
「いや、そういうのじゃなくて」
「うん?」
うん、わかってくれない。
説明が難しい。
「まぁいいや。あんたら、ここで騒いでいると迷惑だよ」
と、タレア母が俺たちにしっしっと追い払うように手を振る。
「これから、ここは狩場になるんだからね」
「狩場?」
「あっ、リクジラですか?」
「そうそう」
俺が尋ねると、タレア母がにっと笑った。
「リクジラ?」
リクジラがわからないスラーナに説明する。
タイガリアンが獲物としている種類はいくつかある。
その中の一つに、リクジラがある。
四つ足で、丸っこい体躯の動物だ。
森と平原を行ったり来たりして、口から飛び出した牙を使って地面を掘り返して虫や柔らかい草の根を食べたりしている。
敵と見なすと愚直な突進を群れで行い、その牙を突き刺してくる。
体が大きくて食べがいがありそうではある。
が、タケルは数えるぐらいしか食べたことがない……はずだ。
タイガリアンの里が交易品として出してくるのは、狩った獣の皮や骨など、後はこちらが指定する獣の内臓などだ。
内臓は薬になる。
それ以外でも交易の結果覚えた森の薬草やキノコなんかも集めてくれたりしている。
ともあれ、いまはリクジラの話だ。
「この時期のリクジラは脂が乗っててうまいんだ。あ、焼いたりとかの味は知らないけどな」
「でしょうね」
「そんなわけで、タケルたちは邪魔だから退いときな」
「「「はい」」」
「お前は手伝うんだよ」
「ひ〜ん」
俺たちと一緒に退避しようとしていたタレアは連れていかれてしまった。
そして二人で、タイガリアンたちのリクジラ狩りを眺めることになった。