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95 姉妹たち



 俺とスラーナは森の外にある大きな岩の上に移動した。

 突進するリクジラの難から逃れるなら、こういうところがいいと思ったのだ。

 いつの間にか姿を消したタレアとタレア母にスラーナが踊りているけれど、いまは静かに経緯を見守ることを進める。


 じっと待っていると、ある瞬間に森の中から木々を揺らす地響きが聞こえてきた。


 森から女性のタイガリアンが飛び出してくる。

 タレアよりも年上だろうその女性は、口にいたずらを成功せさた笑みを浮かべて……こちらに向かって走ってくる。


 偶然そうなったわけではなく、明らかに俺を見つけて走ってきている。

 そして、その後ろからは十数頭のリクジラが走ってきていた。

 焦茶色の針のように太い毛を逆立てて追いかけてくる様は、明らかに怒っている。

 しばらく走っていたタイガリアンの女性が跳躍し、俺たちのいる岩の上に着地した。

 そして、好奇心に輝いた目を近づけてくる。

 鼻先が触れるくらいの距離に一気にこられたのだから、びっくりした。


「タケルか?」

「あ、はい。そうです」

「へぇ、お前がね」

「あの……?」


 興味津々という顔で俺の顔をジロジロと見ている。

 満足したのか、今度はスラーナに視線を向けた。


「で、こっちはもしかして、別の嫁か? こっちは同族だな。へぇ」

「いや、あの……まぁもうそれはいいですけど、狩りの途中なのでは?」

「ん? それはもう、終わってるよ」

「え?」


 質問したスラーナにはその意味がわからなかったに違いない。

 彼女は、タイガリアンがどんなものなのか知らない。

 瞬間、宙から突如として現れたかのように出現した大量のタイガリアンたちによる奇襲で、リクジラは狩られていった。


 タイガリアンの独特な気配遮断と隠れ身は、本当にこの世から消えたのではないかというぐらいにわからなくなる。

 その襲撃の様子は、まるでなにもない空間から飛び出してきたかのようで幻想的だ。


「タケル〜狩ったよ〜〜」


 その中にはタレアも混じっていて、自身で首を刈ったリクジラの前で手を振っている。


「あんたもタなんだよね」

「え? ああ、そうですね」


 タイガリアンの女性が俺にグッと顔を近づけてくる。


「タはあたしらタイガリアンのタだ。案外、あたしとも相性がいいかもしれないねぇ」

「ええ?」

「うふふふ」

「姉ちゃん! タケルを取るな」

「いいじゃないか。嫁が一人増えたって」

「ダメー! これ以上増やさない!」

「ああ、それならあたしも」

「私も!」

「挙手!」

「だーーめーーっ‼︎」


 次々と俺たちの周りに集まってくるタイガリアンにタレアが怒る。


「姉ちゃんたちは散れっ!」

「姉ちゃん……たち?」


 スラーナが新たな事実にびっくりしている。


「あっ、ここにいるのは全員タレアの姉妹だよ」


 母親は違うけど。

 あと、母親たちも混ざっているかもしれないけど、正直俺にはどれがどれだかわからない。


 後、タがどうとか言っていたけど、ここにいる人たちはだいたい、名前にタがある。


「タニア」

「ターニャ」

「タシギ」

「タレイア」

「タマ」

「タンタカ」

「タカ」

「ええ……」


 手を挙げて自己紹介してくれたけど、すでにスラーナは困惑している。

 俺も前に一部を紹介してもらったけど、無理なので覚えるのは諦めた。

 とりあえず、囮役をして俺たちに話しかけたのはタニアだということだけわかった。


「タレアだけ覚えていたらいいよ」

「そうっ!」

「ええ、でも悪いし……」

「たぶん、里に行ったらもっといるよ」

「うっ、うう……」


 まじめなスラーナは名前を覚えない無礼が怖いのか、いまだに悩んでいる。


「おおう、タケルかい?」

「あ、里長、ご無沙汰しています」


 のっそりと現れた金髪の大男に挨拶する。

 その周りには、まだ狩りに出られない小さな子供たちがたくさんいた。


「パパ!」

「おかえりタレア」


 タレアの頭を撫でた里長は、集められた狩りの成果を眺める。


「今回も大漁だね」

「そりゃあ、久しぶりのリクジラ狩りだからね。増えててもらわなきゃ」

「タマラの指揮がいいからさ」

「あら、あんたは褒め上手だねぇ」

「じゃあ、後は任せたよ」

「はいよ」

「じゃあな。タケル。ミコト様によろしく」

「はい」


 狩りの成果を確認するだけすると、里長は子供たちを連れて移動していった。


「え? あれだけ」

「だね」


 タイガリアンは狩りとかを女性に任せて、男は他のことをするみたいだ。

 だからなのか、女性がとても多い。

 女性がとても多いからそういう習性になったのか、そういう習性だから女性が多いのか……わからないけど、タイガリアンとはそういうものだ。


「私と結婚したら、タケルにも楽させてあげるからね」

「あら、そのためには女が足りないんじゃない?」

「海住みと陸住みでご飯の種類には困らなそうだったけど、数を増やすにはまだまだ足りないわよね」

「やっぱり、あたしたちも加わろうか?」

「だーーめーーっ!」


 タレアがなにか言えば、すぐに他の姉妹たちが話に加わってくる。

 それを防ぐためには、タレアも大人しく獲物の解体作業をするしかなかった。


 その後、土産として塩の一部を譲り、代わりにリクジラの肉を分けてもらってからタレアとは別れた。


 村に帰れる。





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