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96 いまだ帰れず




 タレアとも別れて、スラーナと二人で村に向かう。


「これからどうするの?」

「とりあえず、学園に戻って報告じゃないかな?」

「そうね。心配させていてもいけないし」

「スラーナは、お兄さんがいるんだっけ?」

「そうよ」

「他の家族は?」

「二人とも、ダンジョンに挑戦して死んだわ」

「ああ、それは……」

「いいわよ。二人とも適性者だったんだもの。仕方ないことだわ」

「そっか」


 割り切っているのならいいんだけど。

 物心付く前から親のいなかった俺には判断が付きにくい。

 ただ、親はいなくてもミコト様や大爺、他にも村のみんながいたから寂しいという感情はなかった。


「ねぇ、聞きにくいことを聞くけど」

「うん」

「もしも、人類が地上に戻るって言い出したら、どうする?」

「ううん。答えにくい質問だ」

「そうだね。わかってる」

「うん。でも、聞きたいよね」


 スラーナも地上に上がって色々と考えたんだろうな。

 人類は地上に溢れたモンスターによってダンジョンに逃げ込んだ。

 その間、地上はモンスターに支配されてしまったと思っていたようだった。

 だけど、地上にいるモンスターはダンジョンにいるそれとは似ているようで違う。

 ダンジョンのモンスターは死んだら消えて魔石になってしまうけれど、地上のモンスターは違う。

 死んでも魔石にならないし、会話もできるし、取引もできる。

 敵になるにしても、理由もなしじゃない。

 みんな、人間と同じように意思を持って行動している。


「はっきりしているのは一つかな」


 少し考えて、俺は指を一つ立てた。


「こっちの知り合いと敵対してまで、ダンジョンの人たちの手助けをする気はないかな」


 彼らが地上に自分たちの生活する場が欲しいというなら、それを獲得するための手伝いぐらいはするかもしれない。

 だけど、そこでうちの村やクトラやタレアの里、竜人族が仕切る商店街とか、いまの俺が仲良くしているところと争うようなことは避けたい。

 もしもそうなるのだとしたら……。


「俺は間違いなく、そっちと敵対することになると思う」


 ジョンさんにはお世話になった。

 学園は楽しいし、クラスメートたちや、シズクやプライマたちは好きだ。

 もちろん、スラーナも。

 だけどそれは、故郷を捨てる選択をしてまでかと言われると、わからなくなる。


「……そっか」


 スラーナの表情が強張る。

 そして、それを悟られまいとしているのがわかる。


「そうだよね。ここはタケルにとって故郷だものね。わかるわ」

「うん」

「……できれば、そんなことにはならないで欲しいね」

「そうだね」


 でも、どうなんだろう?

 その道は避けられるものなんだろうか?


「……本当に」

「スラーナ?」


 急に、スラーナの声が掠れた。

 なにかと思ってそちらを見ると、スラーナの足取りが怪しい。

 いや、倒れかけている。


「スラーナ!」


 慌てて受け止めてみると、息が荒い。

 熱がある。


「なにか、急に、気分が……」


 額の熱さに俺はちょっとだけ考えて、スラーナを抱えた。


「ごめん、ちょっと揺れる」


 村はもうすぐだ。

 看病するにしても、安全な場所の方がいい。


「急ぐよ」

「うん」


 目を閉じたスラーナをなるべく揺らさないようにと思いながら、ひたすらに走った。

 村に到着して村長の家に到着すると、先客がいた。


「教授?」

「タケル君、無事だったか!」


 保護服を身に纏ったジョン教授たちがそこにいた。


「迎えに来てくれたんですか?」

「そうだ」

「それはたすかります。スラーナが病気になったみたいで」

「なにっ!」


 と声を上げたのは別の人物だ。


「スラーナ! 大丈夫か!」

「熱がある以外はわかりません。とりあえず、横にしないと」


 保護マスクの向こうにある顔がスラーナに似ている気がしたので、もしかしたら兄かもしれない。

 前の時もジョン教授の護衛をしていたらしいし、今回も同行したのかも。

 スラーナを布団に寝かせて、熱を冷ますための水と布を用意する。

 保護服が脱げないお兄さんは、家の中に入るのをためらっているので、土間に隣接する部屋に寝かせることにした。


「なんだって!」


 その声は、水桶を持ってきたところで聞こえてきた。


「それは、どういうことだ」

「冷静になってください。あなただって他の人がそうなっていたら、そういう判断をしたはずでしょう」

「それは……だけど!」


 言い合っているのは、お兄さんと……あれは、アニマ先生か。


「他の生徒たちは検査をした上で二重三重の防疫処理をして、いまは様子見のための隔離中なのよ。それも彼らが見た目上は健康だったから、それで済んでいる。でも、スラーナは……あなたの妹は病気になっている。その病原菌が、ダンジョンにはない類のものだったらどうするの?」

「ジョン教授!」

「すまない、イルシ君。アニマ君の言っていることは間違っていない」

「わかっていますけれど!」

「私だって、自分が病気になってしまえば、そうするように対応してもらうつもりだ。もちろん、弱っている時に正しい判断ができるとは限らないから、実際に判断するのは君たちになるだろう。その時のために、調査時のルールは厳重にし、徹底している。契約書と誓約書にもサインをした」

「……だけど、スラーナは、妹は、そんなものは」

「そうだな。だからこれは、どうしようもない事故なんだ。そして我々は、自分の感情のせいでより大きな失敗を呼び込むことは避けねばならない」

「……くっ!」


 なんだか、嫌な空気だ。

 水を絞った布をスラーナの額に当てながら、話を聞く。

 聞き耳を立てるまでもない声量だったし、堂々と姿を見せていた。


 悔しそうに俯いていたお兄さんが俺を見た。


「お前が、いたばっかりに!」


 そういったお兄さんは、弾かれたように外に出て行ってしまった。

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