人類は、モンスターたちと入れ替わりにダンジョンの中に入った。
だけど、全員が入ったわけではなく、地上に残った者も多くいた。
そして彼らは、みんなモンスターになった。
「どうして?」
「これはただの予測だが、最初はダンジョン攻略者という形で人類に変化が訪れた。彼らは覚醒という形で能力に目覚め、ダンジョンに挑戦し、その能力を磨き、あるいは効率的な育成方法を模索していった。外で訓練するよりもダンジョンで戦っていた方が強くなることもわかった。おそらくは、その方がダンジョンに満ちた魔力を吸収できるから」
魔力。
ここでも魔力だ。
「そう、重要なのは魔力だ。魔石という固形物によって地上に持ち込まれ、それらがエネルギー利用を通して希釈されて地上に満ち、人類全体がある程度の耐性を得たところで、モンスターという形で一気に地上に放出された。どうしてだと思う?」
「どうしてって?」
わからない。
わかるわけがない。
「ダンジョンのモンスターは倒せば魔石に変化する。つまり、奴らは魔力によって生み出された虚像にしか過ぎない。奴らに生活や習性があるように見えるのは、存在するかもしれない本物を真似ているだけ、そう考えたら?」
「考えたらって……」
それで、なにをどう考えろっていうんだ?
魔石?
モンスターは魔力でできている?
魔力?
地上にモンスターが放たれる?
そして、もういない。
地上に残っているのは、人類から変化したものばかり?
つまり……。
「地上を魔力でもっと満たすため?」
「そうだ。奴らはダンジョンから溢れるだけ溢れ、もう奴らが踏み込む場所などないというまで現れると、一斉に姿を消した。魔石も残さずな」
ミコト様は、遠くを見る。
よく見ると、いつの間にか布団から出たスラーナの手にその手が重なっていた。
「あの時は、さすがにもうダメだと思ったな。決定的に人類を全滅させるつもりなのだと思った。だが、違った。姿を消したその次にこそ、意味はあった」
その次。
それこそ、人類の変化。
「我は、まぁかなり強かったからな。こんな実体を持つ幽霊のような状態となったのだろう。最後まで戦った戦友が鬼になったので、そいつと協力してこの村を作った」
「え? じゃああのジャシンも元は人間なの?」
「そうなのだろうな。なにをどうしてあんなに迷惑な存在になったのかわからないが」
ふと思い出して、疑問を口にしてみた。
肯定されて驚く。
本当になんでもありだ。
いや、それなら、アブサトラとかマガメガも元は人間だっていうんだから、それも驚きだ。
「そういうわけだからなのかどうなのかは知らんが、種族が違っても生殖ができるなら子供もできるぞ」
「なんでそこに繋がるのさ!」
「地上に残る気なら、そろそろ男らしくしろとな。思うぞ」
「だから……いまは……」
そんなことよりスラーナが心配……。
え?
「つまり、スラーナは?」
「そうだ。魔力に適応し、変化しようとしている。なんでその部分を忘れる? この娘の状態から話を始めたのだぞ?」
「いや、それはミコト様の話が長いから」
ゴツッ!
痛い。
「本当に、お前は戦い以外の部分が雑だ。もう少し気を付けろ」
「うう……」
「娘の中に溜まっていた魔力を少し抜いた。これで熱は下がるだろう」
ミコト様がスラーナから手を離す。
あ、だから手を重ねていたのか。
「あ、ありがとう。ミコト様」
「だが、こんなものは付け焼き刃だ。始まってしまったものを遅らせたに過ぎない。いずれはまたやってくるぞ」
「それなら、ダンジョンに戻した方がいいのかな?」
「どうかな? それより我は、ダンジョンにいった人類がいまだに人間のままだというのが気になる」
「え?」
「魔力濃度という意味でなら、ダンジョンの方が濃厚だ。なのにいまだに人類は人類として残れている。ならば、ダンジョンへの避難を考えて計画した者は、地上がこうなることを理解していたのではないか? だからダンジョンの方は対策ができている。しかし、限界も近づいているのかもしれないな」
「限界って……」
そこで、ハグスマド同盟のことを思い出した。
ヤンやフーレイン。
彼らが属している組織? ダンジョン? は住む場所がなくなりつつあるから俺たちに接触してきたんじゃなかったっけ?
「攻略に攻略を重ねたダンジョンはモンスターがいなくなるから、そこを開拓地にして広げているって……」
それが深度の表記になっていたはず。
「なるほど、魔石と攻略者への経験値を絞るだけ絞り、搾りかすになった場所を使うことで適性のない者への魔力被害を最小限に抑えているということか。その程度なら、モンスターの氾濫以前の地上と同じ程度の大気成分を維持できるのかもしれない、ということか」
しかし、それでは……。
と、ミコト様は呟いた。
けれど、その先を俺に教えてくれることなく、立ち上がる。
「後は任せる。その娘と、よくよく話し合うことだ。おそらく、お前も近いぞ」
「近い?」
「もう随分と魔力を吸ったろう? あの【王気】とかいうのはな、いまも昔も、我の得意技だ」
「はへ?」
「そんな呼び方を我はしていなかったがな」
思わぬ衝撃的な発言に俺がびっくりしている間に、ミコト様はこの場から去った。
……そっか。
俺も人間じゃなくなるのか。