ミコト様は大丈夫と言ったけど、心配だったので朝までそこから動くことができなかった。
もしかしたら、ある瞬間に変化してしまうかもしれない。
それを見ていないというのは、避けないといけないのではないかと思った。
自分でもなにを考えているのかよくわからない。
俺の方が、もしかしたら先に変化してしまうかもしれない。
でも、そのことはけっこうどうでもよくて、やっぱりスラーナの変化を見逃してはいけないと考えてしまう。
変化して欲しいのか?
面白いことを見逃したくない?
だとしたら最低だな。
だけど、違うと思う。
思いたい。
ただ、それを見逃してはいけないという思いだけが強くて、それ以外がよくわからない。
わからないまま、スラーナの寝顔を見つめ続けていた。
「……ずっとそこにいたの?」
気が付くとスラーナが目を開けて俺を見ていた。
「あれ? 俺、寝てた?」
「そうかも」
「あ、ごめん」
「ううん。それはいいんだけど……もしかして、私って熱が出てた?」
「うん」
「そっか。病気なんていつ振りだろ? ごめんね」
「いや、謝るのは俺の方かもしれなくて……」
「どういうこと?」
俺はジョン教授がいたことから始めて、ミコト様に聞いたことを話した。
スラーナは、何回か俺に質問をしながら話を聞いていき、最後に頷いた。
「うん、わかった」
「いや、わかったって?」
「なんか……ジョン教授が聞いたら喜びそうな内容ね」
「ああ、そうかも? いや、そういうことではなくて」
「私のことでしょ?」
「うん」
「お兄ちゃんには悪いけど、あんまりショックではないかな」
「そうなの?」
「うん。なんだかね、こっちに来てからいろいろ大変だったけどさ。そもそもがトラブルだったから」
「そうだね」
そもそも、ヤンたちと接触して地上に転移しなければ、俺はともかく、スラーナたちはここに来ることはなかった。
「でもね、そういう大変さを別にしたら、私、けっこう楽しんでいた気がするのよ。空気が楽だったというか。クトラとタレアと一緒にいるのも嫌じゃなかった。むしろ、いつもより楽しかった」
「いつもよりって……」
それはダンジョンの学園にいる、他の友達といるよりってこと?
「それは」
そっちの友達たちにひどいんじゃ?
「別に、向こうでの生活が息苦しかったり、辛かったりしたわけじゃないのよ。あっちはあっちで楽しかったし、自分らしくあろうとしたと思ってる。でも……」
なにかが違うのだと、スラーナは言う。
そのなにかをしっかりと言葉にはできない。
だけど、そのなにかがあるから、スラーナは変化することを受け入れようとしている?
それでいいのか?
いや、どうだろうと、避けられるのかどうかわからない。
どうせ、もう避けられない。
そうだとするなら、受け入れる方が前向きでいいのかもしれない。
そうか。
それなら。
「わかった。それなら、俺も一緒だ」
「え?」
「どうも俺もいつか変化するみたいだからさ。その時には俺も一緒に変化できるようにするよ」
「……ふふ、なによそれ」
「え? だめ?」
「いや、とてもタケルらしいと思う。うん、だからね。だからこそだ」
「うん?」
「なんでもない。それより、お腹が空いたかも」
そういえば、朝食の匂いが流れ込んできてる。
うん、お腹すくな。
「お粥とかでいい? それともしっかり?」
「え……しっかり」
「はは、わかった」
食欲があるみたいでよかった。
俺は、厨房に行ってみることにした。
それから数日は、何事もなく村で過ごした。
畑仕事を手伝ったり、村の周囲を警戒を兼ねた狩りをしたり、修行をしたり。
魔力のことがあるから使うのは気を使うかなと思ったけど、スラーナはそんなことを気にせずに術理力を使いまくった。
それだけじゃなくて、俺やミコト様に【王気】や魔力の使い方を質問したりした。
変化することを受け入れたスラーナの態度をミコト様も気に入ったのか、教えることに躊躇はなかった。
ていうか、俺と同じぐらいに厳しくされた。
術理力ではなく魔力として受け入れることは、変化を早めるとことになるだろうとミコト様は言ったけれど、それでも躊躇しなかった。
スラーナの覚悟は本物なのだと、誰もそう感じたのだと思う。
村の人たちもスラーナを受け入れて、村の仕事を教えたりした。
数日後、ジョン教授たちが再び来た。
お兄さんもいて、元気なスラーナの姿にほっとしていた。
だけど、その後にミコト様も交えた話になると状況が一変した。
人類がダンジョンに移動する時の話を、実体験として聞けたことにジョン教授は大興奮していたようだけれど、その後の、地上に残された人類の変化を聞いて、顔色が変わったのが防護服越しでもわかった。
そしてその変化がスラーナに及んでいると知って、お兄さんが激怒した。
すぐに連れ帰ると言っていたが、前回の発熱の時と同じ理由でジョン教授やアニマ先生、他の人たちが反対し、スラーナ自身も変化を受け入れると意思を表明しても収まらなかった。
それでもスラーナと二人きりにしてしばらく話し合った結果、お兄さんは怒りを収めた。
納得したのかどうかはわからないけれど、スラーナの意思を尊重したのだろう。
そしてなぜか、俺が殴られた。
いや、いいんだけどね。
俺のせいみたいなところもあるし、それでお兄さんの怒りを鎮めることができるのなら。
最後に、ジョン教授が俺と二人で話すことを望んだ。
「タケルくん、彼女があんなことになった以上、君ももう、ダンジョンに戻すことはできない。君もいつ変化するかわからないからね」
「そうですね。仕方ないと思います」
「残念だ。君の存在は、とても刺激的だったのだけれど」
「ジョン教授が来てくれたら、また会えますよ」
俺としてもダンジョンに連れて行ってくれて、人間の社会に触れさせてくれたジョン教授には恩しかない。
こんな形でお別れになってしまうのは、その恩に仇を返したみたいで心残りだ。
だけど、どうしようもない。
「そうだね。私も、この変化した世界をもっと研究したいからね。あるいは、君に案内人を頼むかもしれない」
「その時は、是非とも」
「ああ、楽しみにさせてもらうよ」
「はい」
「……ところで、スラーナくんのことだけどね」
「はい」
「どうか、幸せにしてあげてほしい。彼女にとって、この地上には君以外にいないのだから」
「……はい」
そんなことはないと思う。
あっという間にクトラとタレアの二人と仲良くなったし、すでに村にも馴染んでいる。
スラーナは俺よりも他者と仲良くなる方法を知っていると思う。
だけどなぜか、ジョン教授の言っていることは、そういうことではないのだろうなと感じた。
だから、素直に、余計なことを言わずに頷いた。
そして、ジョン教授たちは去っていった。
さらに数日後。
今度は一人だけ、防護服の人物が村を訪れた。
カル・スー教授だった。