カル教授は全てを承知で地上にやって来た。
つまり、ミコト様から聞いてジョン教授に伝えたことを聞いて来ている。
地上にいる人間とは姿の違う者たちが、元は人間で、魔力を吸った結果、変化してしまったのだということを。
そして、スラーナがその変化を起こしかけたことを。
そんな環境では術理技を使うことももちろん危険だ。
なにより、周囲の魔力を利用する【王気】はとびきりに危険だ。
そうとわかっているのに、カル教授は術理力ではなく魔力をそのまま扱う術を積極的に習い、身につけようとしている。
つまり、変化を恐れていないということになる。
「ふむ。これぐらいでは変化が起こることはなさそうですね」
むしろ、自分の体で色々と試しているのかもしれない。
いや、試しているのか。
「この環境で長く暮らしているタケルくんに大きな変化が起きていないのですから、ある意味ではこれも妥当なことなのかもしれませんね」
スラーナもあれ以来、発熱などはしていない。
胸元に現れかけていた変異も、姿を隠してしまっている。
なら、このままならなにも起きないのだろうか?
「ですが、スラーナさんには変異が起きかけた。そこには理由があるはずです」
「理由と言われても」
夜の食事中にカル教授にそんな質問をされて、俺とスラーナは首を傾げた。
偶然に地上に上がってから、理由になるようななにかがあったのか?
わからない。
俺にとってはたまにある騒動がなんか連続して起きたみたいな日々だった。
けど、スラーナにとっては全部が初めての体験だったはずだ。
そんなかで、「これだ」と断言できるようなことがあったかどうかなんて、わかるはずがない。
スラーナも首を傾げたままだ。
「たとえば、大気中の魔力濃度が濃い場所に行ったとか?」
魔力濃度の違いなんて、気にしたことがない。
「空気といえばジャシン? のところが危なかったけど、あれは違うわよね?」
と、スラーナが言う。
「うん、違うと思う」
ジャシンの撒く瘴気は人間どころか、他の種族全てにとって害悪な空気なので魔力とは違うと思う。
「それに、あれが原因なら、他の人たちもなにか起きていないとおかしいし」
「それもそうね」
「なら、他になにが?」
「「ううん?」」
とカル教授に聞かれて、首を捻って唸る。
「みんなと別行動した後に熱が出たけど、それならタケルにもなにか起きていないとおかしくないかしら?」
「ミコト様に、俺は耐性ができてるみたいなことを言われたけど」
でも、それは別としても、特別なにか、力が強そうな土地に行ったわけでもないんだけど。
「力が強い土地があるの?」
カル教授が俺の独り言を拾って、興味を持った。
「あ、ええとですね。あるんですけど……」
「それはどんなところ?」
すごく食いつきますね。
ええと、ちょっと待ってください。
頭の中で情報をまとめて……と。
「ううん、よくわからないんだけど、ジャシンの使う毒のある瘴気とは違って、そこで戦うといつもより威力が強くなったりして制御が難しくなる土地があるそうですよ」
当時の俺は自分が魔力を使っているなんて思ってもいなかったから、「むしろ体の調子がよくなるな」ぐらいにしか思っていなかったけど。
他の連中は、扱っている力がいきなり強くなって自爆の危険があるらしい。
「危ないから行くなとは言われています。なにが起きるかわからないから」
「そう」
あっ。
これは行くなと、すぐにわかった。
だって、カル教授の目が子供みたいに光ったから。
ぜんぜん、こっちの忠告が耳に入っていない顔だ。
「その土地は、この近くにもあるの?」
うん、やっぱり。
行くんだな。
「いや、この近くにはないですね。ちょっと遠いです」
「どれぐらい?」
「俺で、歩いて十日ぐらいの土地ですね」
うちの村の交友関係でも、けっこう遠くの方になる種族がいる辺りだ。
慣れていないカル教授が一緒だと、もう少しかかると思う。
「大丈夫よ。高難易度には挑めないけれど、これでも定期的にダンジョンには挑戦しているんだから」
ぜんぜん折れない。
行く気満々だ。
「まぁ、別に行くことそのものを禁止されているわけじゃないんで」
別にいいけどね。
危ないから行くなであって、そこで危ない目に遭ったとしても「だから言っただろう?」と言われるだけだ。
それでも一応は報告はするけどね。
「ほう、龍穴を見に行くのか?」
力の強い土地のことをミコト様はそう呼んだ。
竜人族と関係はないらしい。
自然で起こっている力の流れを龍脈、それが地上に出てくる場所のことを龍穴と、昔から言うのだそうだ。
なら、昔から魔力はあったのかというと、当時と今では、流れている力の種類が違うのだそうだ。
昔は魔力以外でなにが流れていたんだろう?
謎だ。
「行くのは、あの地上の客人の願いか?」
「ええ、まぁ」
「ふうむ。タケル」
「はい」
「あの客人の女は覚悟を決めておる」
「え? 覚悟?」
「付き合うなら付き合うでかまわんが、共に進めば地獄が待っているかもしれんから、そのつもりでな」
「え? 怖い」
地獄が待っているって、なに?
カル教授ってそんな怖いことを企んでいるの?
「もしかして、悪い人でした?」
「悪いかどうかは知らんが、まぁ、我らなにかする気はなかろう。どちらかと言えば自滅思考のような気もするが……まぁ、お前たちもほどほどに距離を保つようにしろ」
「ええと、はい」
ううん。
大事なところをぼかされてしまった。
「あと、あの辺りに行くなら、ついでにお使いもして行け」
「はあい」
そういうところもしっかりとしているミコト様だった。