村と付き合いのあるドワーフの里が襲撃されるっていうのに、見て見ぬ振りはできない。
「行きます!」
「私もっ!」
俺の声にスラーナが続く。
「私はここにいるわ」
問いかける暇はない。
残るというカル教授の言葉だけを聞き、俺たちは登った山を全速力で下ることになった。
もう、術理力を使わないなんて言っていられない。
全力で追いかけていく。
「ねぇ、あれはなに⁉︎」
「わからない!」
追いかけていけば、姿がわかってくる。
蛇のように細長い胴体に四肢がある。
トカゲっぽい体。
だけど肌に鱗はない。
そして、頭の部分には、ここからははっきり見えないけど長い茶色の毛が伸びている。
そして全体の色は……肌色。
本当に、こんなのは見たことがない。
だけどなんだか、嫌な予感を感じさせる色だ。
「ねぇ、もしかして……」
スラーナが嫌な予感を口にしようとしていたその時……。
翼が空気を叩く音がした。
頭上。
近づいてくる。
こっちは全速力で走っているのに?
上を見ると、そこには大きな蝙蝠みたいなのがいた。
こっちも全身肌色。
それに翼から伸びた手の部分が爪ではなく人の指だ。
いや、もっとはっきりした部分がある。
こっちを見下ろすその顔。
蝙蝠みたいな特徴的な鼻を除いた他の部分が、人の顔だ。
なら、先を走っているトカゲっぽいのも顔は人なのか?
不穏な気配を察知してその場から逃げると、地面が爆発した。
蝙蝠がなにかをしたみたいだ。
「こいつの顔!」
「知ってるのか?」
「知ってるもなにも……私たちを攫ったハグスマド同盟の一人よ」
「ええ⁉︎」
まさかと思ったけど、スラーナの記憶力を疑う理由もない。
それに、人間だと思う方が、俺の推測にも当たってしまう。
最悪な方はハズレたけど。
「なら、あいつもキヨアキではないわね」
俺の最悪な推測の方をスラーナが言った。
先を行く肌色トカゲがキヨアキの可能性を考えていたのだけれど、蝙蝠がハグスマド同盟の者だったのだとすれば、蝙蝠もその仲間の可能性が高い。
もしかして、ヤンだったり?
いや、ヤンだったら、もっと強力な存在になっていそう。
それは願望かな?
上にいる蝙蝠がなにか見えない攻撃をしてきて、それのせいで地面が爆発して走りにくい。
「タケル、こっちは私がやるから。あっちを!」
「わかった」
スラーナの提案に乗って俺は追いかけることを続行し、彼女は蝙蝠に攻撃をしかける。
うまく、蝙蝠の意識がスラーナに注がれ、俺は走ることに集中した。
あんなに苦労した登山だけど、術理力を使って下っていれば一瞬だ。
だけど、向こうも早い。
なかなか、前に出られない。
もうすぐ山を下り終える。
そうなると里まであと少しだ。
なんとかその前に、奴の意識をこっちに向けさせないと。
そう……なると。
【念動】。
見えない手で奴の胴体を掴むイメージは成功。
持ち上げるのは……無理か。
この状態だとそこまで集中を深くできない。
【王気】を使うのを躊躇したのは、まだちょっと腰が引けてる証拠だ。
でも、この辺りの濃い魔力のおかげか、これでも強い。
「ぐぐぐ……」
十分かどうかは、難しいけど。
肌色トカゲはなんでそんなにこだわっているのかわからないけど、ドワーフの里に向かうことにばかり集中して、俺の邪魔を無視しようとしている。
だけど、そうはいかない。
「こっちを……向けっ!」
【念動】の一部を爪のように鋭くして、肌色トカゲに食い込ませる。
カル教授に教えてもらった術理技【硝子爪】だ。
【念動】からの応用技は、見えないだけにとても強い。
これを使いこなせるカル教授は、とても強い。
それなのに高深度のダンジョンに行けないのだから、俺でも不満は溜まってしまう。
ギィィィィ。
肌色トカゲが、変な鳴き声を上げながらこっちを見た。
「ようやく俺と戦う気になったか?」
だけど、自分で足を止めたのなら【念動】をそっちに割り振る必要もない。
【念爆】。
【俯瞰】の術理力を衝撃力に変換する【虎牙】の応用技だ。
やっていることは【虎牙】とそう変わりないんだけど、鍛えたからか、術理力じゃなくて魔力を使っているからか、衝撃波の発生がもっと大きくなって、周囲まで爆発している。
威力が拡散してしまって、勿体無い。
ううん、もっと制御して爆発力を収束させないと。
いろいろ勿体無い状態だ。
属性があればこれを火とかにできるんだろうけど、術理技ではそこまではできない。
やはり、爆発力の収束が甘かったから、肌色トカゲはあちこちに傷を作っただけで動けている。
こちらを見たその顔は、やっぱり人間だった。
だけど、目の色に知性は感じられない。
手足とか体色とか顔とか、人間要素がこんなに多いのは変化したてだからか?
時間が経ったら、あの肌に鱗が生えてきたり、顔もあの体に適応したものに変化していったりするんだろうか?
あの状態で固定されるんだったとしたら、なんか嫌だな。
カル教授に覚悟を聞かれた時に俺が答えた嫌なパターンを、まさしくこいつらが形にしている。
「顔が人間なら、まだ話せたりするのか?」
ギィアアアアアアアアッ!
刃喰を抜いて問いかけてみたけれど、答えは吠え声だけだった。