肌色トカゲが怒り、襲いかかってきた。
目標が変わったのだから、狙い通りだ。
手にかけた刃喰の柄に手をかけ、突進してきた肌色トカゲを避けつつ居合い切りで胴体を薙ぐ。
横腹に入り込んだ切先が深い傷を刻む。
内臓に至るほどの傷だったが……。
肌色トカゲは滑るように頭の向きをこちらに変える。
さすがに横腹に傷を受けて、そのまま動くことはできなかったらしい。
顎裏を地面に落としながらもこちらを睨む肌色トカゲの周囲で、魔力の動きがあった。
その魔力は傷口に注がれ、見る間に傷が埋まっていく。
だけでなく、【念爆】で付けた傷も消えていっている。
「元は、回復属性持ちだったとか?」
俺の質問には答えず、人の雰囲気を強く残したトカゲの顔が「にぃっ」と笑った。
その笑みでは意図がわかりづらい。
俺の言葉を肯定しているのか、傷が治ったことで攻撃が無駄になったと嘲笑っているのか。
「どっちにしても、その笑い方は性格悪い!」
どれぐらいの魔力を使えるのかわからないが、回復が使えるということは生半可な傷での出血狙いは難しいということだ。
それなら……出血ではなく魔力切れを目指すか、あるいは。
一度の攻勢で戦闘不能にするか。
グエッ!
変な吠え声を発したかと思うと、口からなにかを吐き出した。
液体か?
大きいのは避けることができたけれど、飛散した粒子は避けようがない。
だからだろう。
肌が痛い。
「毒か?」
酸みたいなのならいいんだけど。
目に入らなくてよかった。
続けて吐かれる前に、今度はこっちから動く。
カル教授から習った別の術理技。
【飛影】
俺の姿が二つに分かれ、肌色トカゲの目が踊った。
二兎を追えなかった視線は俺を見失う。
そして、本当の俺は、奴の首の側に立つ。
【居合術・山斬り】
鞘に戻した刃喰を解き放つ。
肌色トカゲの首を駆けた斬撃は衝撃波によってその破壊域を広げる。
【居合術・木霊返し】
その広がった傷口に返す刀を振り下ろす。
破壊域は首の向こう側に到達した。
首が落ちる。
血が吹き出す前に後ろに跳んだ。
首を切ったのだから、血と一緒にさっきの毒液が吹き出すかもしれないし、血そのものが毒の可能性もある。
「ふうっ」
さらに二歩三歩と後ろに下がってから、息を整えた。
だけどまだ気は抜けない。
スラーナがまだ蝙蝠モドキと戦っているはずだ。
今度は山を駆け上がる。
蝙蝠モドキは……まだいる。
スラーナは逃げ回って攻撃するタイミングを狙っているように見える。
それならっ!
【飛燕斬】
ミコト様に習った技の一つ。
飛ぶ斬撃。
いまになってわかるが、切るという現象を魔力を介して移動させている。
術理技とはまた違う魔力への深い介入を感じるけれど、それがどんな理屈なのかはわからない。
いまはただ、こうすればこうなるという理屈の表層を撫でているだけの状況だ。
それでも、蝙蝠モドキの羽を切ることはできた。
本当は胴体を縦に裂きたかったのだけど、察知されてしまった。
だけど、隙としては十分だ。
スラーナの弓が蝙蝠モドキの頭を貫いた。
「スラーナ!」
「タケルの方が早かったわね」
「まぁ、お互い無事でよかったよ」
おっと、援護したことが気に入らない雰囲気だ。
連携での戦いじゃないかったから、戦果が互角じゃないことを気にしているとか。
ううん、難しい。
いや、彼女は俺と対等になりたいと思ってる。
そのためには戦果も常に同じじゃないといけないと考えているのかな?
「ええと、スラーナ?」
「なに?」
「俺は、あの時にスラーナが組んでくれてよかったと思ってるし、その気持ちはいまも変わっていないよ?」
「……そんなの、知っているわ」
唇を尖らせて睨んでくる。
「だったら……」
「それとこれとは話が別よ。ほら、カル教授を待たせるわけにはいかないわ」
「え? うん」
なら、なんであんな態度になるわけ?
わからん。
スラーナを追いかける形で山を上がっていく。
戦闘を挟んだことで術理力を使うことへの躊躇は消えてしまい、いまは二人とも強化された身体能力で山道を駆けていく。
駆けて……カル教授が待っているはずの場所にまで戻ったのだけれど。
「いない」
カル教授の姿はなかった。
「もしかして、一人で上がっていったのか?」
「戦闘の形跡はないから、襲われたということはないはずよ」
「どういうつもりなんだ?」
「もしかして、あいつらみたいになるつもりなんじゃ」
「……そうかも」
そもそもカル教授は変わることを望んでいた。
なのに俺たちが術理力を使うことを躊躇っているのを見て、別行動を決めた?
「どうする?」
それなら、この先で起きていることもある程度想像ができる。
すでに二つの例を見てしまった。
この先にあるのは、『もしかしたら』ではなく『絶対に』起きることだ。
どうしたらそうなるかはわからないが、すでに一度起きかけているスラーナは避けようがない気がする。
どうする?
ここから先には、どうしても行かなければならない理由が、俺たちにはない。
変化することを受け入れてはいるが、それがいまだと決めたわけでもない。
どうする?
その言葉への答えがないまま、俺たちはそこで足を止めてしまった。