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107 カル教授の回想



 時は少し戻る。


 タケルたちが肌色トカゲを追いかけて山を下っていくのをカル・スーは見送った。

 山を登る時は躊躇して術理力を使わないようにしていたが、戦闘となればそんな考えは簡単に捨てる。

 適性者としての思考が完全に馴染んでいる証拠だ。

 喜ばしいことかどうかはともかくとして、その思考が二人の生存に関わっていることはたしかだ。

 しかし、これで……。


「あの二人の考えは見えたわね」


 変化することを恐れてはいないが、進んで変化したいわけでもない。

 それはそうだろう。

 いまの段階で変化しなければならない理由があるわけでもないのだから。

 現在に愛着もあるだろう。

 カルのようにいますぐ変化を受け入れたいわけでもない。

 このまま一緒に行動しても、カルの変化を見届けることはしても彼らがそうなっていることに黙っているかはわからない。


 カルは一人で山を登ることにした。

 二人の実力からして、あの二人の変化体との戦闘はそう長くかからないだろう。

 追いつかれないようにカルは術理力を全開にして走った。


 高度が上がれば上がるほど、大気に混ざる魔力の濃度が濃くなっていく。

 息を吸うだけで違和感が全身……だけでなくその裏側まで撫でてくる。

 喉を撫で、肺に染み、血管を伝っていく。

 細胞の色が変わっていくのを感じる。

 そしてそれに抵抗しない。


「ははっ!」


 受け入れる。

 時が近いことがはっきりとわかる。

 鏡がないのが惜しい。

 まだ表に出ていないのか?

 もう出ているんじゃないのか?

 ああ、腕の一部が光っている。

 血管が光っているのだ。

 指の先にまで届くのはもう少し先。

 そこから全身に至るのだ。


「は、ははは……っ!」


 笑いながら山の頂にたどり着く。

 大きな窪地となった山頂の底に、ひどく澄んだ青の湖のようなものがある。

 あれは、魔力が液体化したものか?

 以前の火山であれば、あそこにあるのはマグマか、あるいは雨水や地下水などの湯だまりとなるのだろう。

 噴き上がる煙には火山の成分による有毒ガスが混ざり、近づくのは危険と本や記録に記されていた。

 だが、いまあそこにあるのはマグマではない。

 熱せられた水ではない。

 噴き上がる煙や周辺の大気に混ざっているのは有毒ガスではない。


 全て、魔力だ。


 魔力なのだ。


「やぁ」


 興奮のままに火口を見下ろしていると、声をかけられた。


「やっと来たのかい?」

「その声は、ヤンさん?」

「ああ、そうだよ。カル教授。あなたのおかげでこちらは順調だ」

「そのようね」


 そちらにいる複数の姿を見て、カルは目を細めた。

 そこにいるのはヤンとその仲間たち。

 彼らとは、地上に上がった時に出会った。

 カルを待ちかまえていたわけではなく、戻るための手段を探してさまよっていたところ、偶然で鉢合わせてしまった。


 その時に人質として捕まりかけたのだが、彼らが事前に聞かされていた情報でハグスマド同盟の人間だとわかったカルは提案を持ちかけた。


 崩壊するダンジョンに追い詰められて生きるぐらいなら、地上に戻ればいいじゃないかと。


 ジョンが持ち帰った情報を彼らにも教え、ここにいるモンスターたちが元は人間であると知り、彼らは動揺した。

 だが、一部の者はその事実を受け入れた。

 そして、思考を先に動かした。


「姿まで変わることを受け入れる者は少ないかもしれないが、この地を避難場所を確保するためにも力は必要だ」


 と、ヤンは言った。


「暴れられればなんでもいいよ」


 という者もいる。

 考えは様々だ。

 様々でも、ヤンに付いて来ていた者たちで離脱する者はいなかった。

 そんな彼らと、カルはひっそりと情報をやりとりし、この龍穴と呼ばれる場所へ彼らを先行させた。


 なぜ、誰も恐れなかったのか。

 あるいは、彼らもすでに地上の魔力に取り込まれていたのかもしれない。

 タケルたちを襲った者たちの変化を見ても恐れてはいない。


 いや、それはそうか。


「後は、私だけでね」


 ヤンたちから再び火口に目を移し、そして窪地へと足を滑らせる。


「やってみてわかったことだがね」


 と、ヤンが背後から声をかけてくる。


「火口へとより近づける者ほど、強く変われるよ」

「そうなの? それなら、頑張らないと」

「ああ、しかし、ただ実力があるだけという問題でもないのが厄介でね。君の教え子はまだ戻ってきていない」

「そうなの? 大丈夫かしら?」


 彼の属性には面白い特性が隠れていると思ってはいるが、実力の方に期待していたわけではない。

 あるいは、無理をして途中で倒れているという可能性だってある。


「わからないけれど、あるいは……」


 そこでヤンの声が聞こえにくくなった。

 距離が離れたことで彼の声は小さく、そして近くなったことで火口からの音が大きくなったからだ。

 周囲が煙で白く霞み、視界が不良になる。

 それでもカルの足取りは遅くなることはなく、火口に落ちてもかまわないつもりで進んでいく。

 つま先に当たった石が転がり、水音を生んだ。

 火口に近づいた。


「ここまで来れたわね」


 ここまで見下ろせる体の部位に明確な変化はない。

 血管の光はかなり進行しているが、まだまだ……。

 これより先に変化を進めるには、火口に飛び込むしかない。

 ヤンの言う通りなら、かなり強い変化が起こることになる。

 強くなることができれば、その力でダンジョンに強行し、より深度の高い場所に強行し、謎の答えを見つけることができるかもしれない。


 どうして世界がこんなことになったのか?

 その謎の答えを。


「っ!」


 その時、火口の中から手が飛び出し、カルの足を掴んで中へと引き摺り込んだ。

 状況に対して静かな水音。

 変化はその中で進行していく。

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