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第91話 大団円

 最初、浄化の光は辺りを照らしていたが、次第に怪物へと集まっていく。眩しさから足を止めていた三人は周囲の光が収まった事を確認すると、すぐに怪物から離れた。

 ズオウとジェフはコトハとアカネの前に陣取り、ヘイデリクは後ろで倒れているイーサンの元へと駆け寄る。

 コトハは倒れているイーサンを一瞥すると、先程なかった頬に黒い線のような紋様が現れていた。呪術が進行しているのでは、と感じたコトハは更に祈りを捧げて浄化の力を解放していく。


 すると何かがひび割れる音がする。力の増幅に耐えられなかったのだろう。全ての力を解放すると、その蒼玉はパリン、と音を立てて真っ二つに割れた。

 力を使い切ったコトハはふらりと足がもつれる。それに気づいたアカネはすぐさまコトハの身体を支えた。コトハは片膝立ちでアカネに身体を預け、二人で浄化の力に包まれた怪物をじっと見つめていた。

 怪物は浄化の力に抵抗する。しかししばらくして尻尾と思われる箇所が全て消えると、浄化の力に押されたのか悲鳴のようなものをあげて消えていく。

 風に乗って舞う砂のように怪物の身体が無くなっていく。イーサン以外の全員は怪物の最期を、固唾を呑んで見守った。


 怪物が消え失せると、同時に浄化の光も消えていく。その光が全て無くなるとコトハはイーサンの元へ向かうため立ちあがろうとした。だが全身に力が入らず、彼女はバランスを崩して地面に倒れ込んだ。


「コトハ様!」


 アカネの悲鳴が聞こえる。


「アカネ、大丈夫よ。力を使いすぎたみたい」


 今まで経験したことのない脱力感。手足を動かそうとしても、まるで自分のものでないと感じるほど、動かない。

 それでもコトハはイーサンの元へ向かおうとした。それを見たアカネは、ズオウに宝玉を渡してからジェフに協力を要請する。

 アカネとジェフの二人の肩を借りて、コトハはイーサンの側にたどり着く。そして二人に感謝を述べた後、イーサンの側で両膝をつき彼に声をかけた。

 先程まで刻まれていた黒い紋様は綺麗さっぱり無くなっている。既にイーサンにかけられた呪術は解けたのだろうが……彼はコトハが声をかけても目を覚さなかった。


「イーサン、起きて? 帝国に帰りましょう?」


 何度も、何度も、声をかけるコトハだが、彼がそれに応える事はない。しばらく続けていると、コトハの瞳から涙がこぼれてきた。


「どうして……どうして起きないの?」

「コ、コトハ様! 呪術は解けているようですが、体内に大量の穢れが取り込まれているようです!」


 アカネの言葉にズオウは声を上げる。


「体内に穢れだと……?! 一度に大量に穢れを取り込んだままでいると、最終的に目が覚めず……そのまま眠るように死に至ると書かれていたが……!」


 死に至る、という言葉に目を見開いたコトハ。彼女は急いで祈りのポーズを取る。その手は未だに力が入っていないため、小刻みに震えていた。

 イーサンの事を一心に考えて祈りを込めるが、コトハが浄化の力を感じる事はなく……時間だけが過ぎていく。

 そんな彼女の事をズオウとヘイデリク、ジェフは無言で見つめていた。途中から戦闘音が無くなったからと様子を見に来たセイキも、コトハとイーサンの様子を見て息を呑む。


 コトハの目からは次々と涙があふれる。


「なんで?! なんで浄化の力が使えないの?! イーサン、起きて。イーサン……」


 彼女は横たわっているイーサンに縋り付く。周囲に彼女の嗚咽が響く中、アカネはふとズオウの手にある宝玉が目に入った。赤い宝玉の光は怪物の浄化前と比べてほぼ輝きは失われている。だが小さな豆粒ほどの光が、宝玉へと入っていくのが見えたのだ。

 アカネはズオウの元へ向かう。ズオウはこちらに歩いてくる彼女の圧を感じ、思わず一歩足を後ろに下げてしまったほどだ。


「ズオウ様、もう一度……宝玉をお貸しいただけないでしょうか?」


 真剣な瞳を見て、ズオウも思うところがあったらしい。すぐに了承する。


「ありがとうございます。コトハ様、少々お待ちください」


 そう告げて、アカネは宝玉に祈りを捧げた。



 アカネの祈りは宝玉を通じて、村の者たちに届く。

 コトハが怪物を倒した事、その際彼女を助けたイーサンが眠りについてしまった事。村を助けてくれた彼を助けたい、だから力を貸してほしいとの事。


 それらを伝える間、宝玉は赤い光を帯びている。ズオウはその美しい光に目を見張っていたが、アカネが渋い表情をしている様子を見て、何か問題があるのだろうと判断した。


 彼がそう判断したのは正しい。アカネの言葉が届いた者たちは怪物を倒した事に喜んでしまい、その後の話が頭に入らなかったようだ。

 ズオウは先程から聞こえるアカネの声は、この宝玉によるものだろうと判断し、赤い光を帯びている宝玉に手を乗せる。そして言葉を紡いだ。


「皆、聞け。現在この村を守ってくれた男……イーサンという者が穢れに倒れた。身体を張って巫女姫様を助けた結果、体内に穢れを取り込んでしまい、現在昏睡状態にある。村を守ってくれた英雄だ。五ッ村の者たちよ。全員で彼へ感謝の祈りを捧げてほしい……頼む」


 ズオウは言葉を終えると宝玉から手を離すと、赤い光は消えていく。ズオウはイーサンこ方へ向くと、右手を胸に当てて目を瞑り祈りを捧げた。アカネが呆然と祈りを捧げる彼を見ていると、ふわふわと豆粒ほどの小さな光が宝玉へと近づいてくる。


 ひとつ、ふたつ……最終的には目視で数えられないほどの光が宝玉へと吸収されていく。アカネはそれを見て、泣き崩れるコトハに近づいた。


「コトハ様! もしかしたら宝玉を使えば、浄化の力を使用できるかもしれません」

「宝玉の力……? でも、先程宝玉の力は使い果たしたのでは……?」


 そう呟いたコトハはアカネから差し出された宝玉を見ると、宝玉は白い光を宿している。コトハはアカネへ視線を送ると、アカネは首を縦に振った。コトハの瞳にまた涙が滲む。


「ありがとうっ……アカネ」


 アカネは横に首を振った。


「ここまで浄化の力を集められたのは、ズオウ様のお陰です。皆さんに呼びかけてくださったのです」

「長……いえ、ズオウ様。ありがとうございました」


 コトハが地面に手をついて頭を下げると、彼は「別に大した事はしていない」と言い放った。


「それよりも彼を助けてやれ」

「はい」


 イーサンのお腹に宝玉を乗せる。コトハは左手を宝玉の上に、右手をイーサンのへその上辺りに置いた。そして目を瞑り祈りを捧げる。しばらく何もない身体の中を浄化の力が通っていくのを感じたコトハは、僅かながら自分の浄化の力も戻ってきているように感じていた。

 宝玉の光が失われた頃、コトハは目を開けてイーサンの上に置いていた宝玉をアカネに渡す。イーサンの体内にある穢れはまだ僅かに残っているようだ。コトハは宝玉のおかげで少しずつ取り戻した浄化の力を、イーサンへと使う。


 何度目になるだろうか。コトハが浄化の力を使おうとしたその時……。イーサンの手が僅かに動いた。


「イーサン? イーサン!」

「コトハ……? あっ、あの怪物はどうした?!」


 身体は問題なかったらしく、上半身を勢いよく動かして周囲を見回すイーサン。その様子を見てコトハの目からは涙があふれ、彼の胸に飛び込んだ。


「イーサン! 良かった……良かったぁ……」


 コトハはイーサンの胸に縋りつく。まるで彼が生きている事を確かめるかのように。


「あ……? えっと……?」


 胸から感じる温もりにイーサンはたじろぐ。イーサンの行き場のない手がコトハの後ろでピクピクと動いている。彼は何が起きているのかが分からず、ヘイデリクに戸惑いの視線を送るが、彼から返ってきたのは生温かい視線だけだ。


 イーサンが頬を真っ赤に染めるまで、コトハは彼に抱きついたままだった。

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