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第43話

「え……?」

 そんな言葉を返すことしかできなかった。

 それほどにユリウスが口にしたことは信じがたいものだったから。

(なんで私の魂が別人だって……)

 当然ながらそんなことを口走ってしまったはずがない。

 私の魂が誰のものであるかなんて、分かるはずがないのに。

(この場合どうするべきなのかしら)

 困惑に思考を空回りさせながらも、私は適切な返答を模索する。

(カマをかけるにしては的確すぎるし、変に隠したほうがまずいのかしら……)

 一番まずいのはバレているのに嘘を吐くこと。

 ユリウスは魔王リュートを討伐した聖女パーティの1人。

 反感を買って逃げられる相手ではない。

 とはいえ認めるのも――

「おや」

 ユリウスはそんな声を漏らす。

「聖王国でも、魂という概念そのものは認識されていると思っていたのですが」

 彼はそう考えこむ。

「それとも、貴女は聖王国の方ではないのでしょうか?」

 そんな問いかけ。

 彼の声色からは、私が本物のエレナである可能性への不安など微塵も感じられなかった。

(やっぱり私がエレナ=イヴリスじゃないことそのものは確信してるみたいね)

「どうして……わかったんですか?」

 ここで嘘を吐くのは得策ではないと判断した。

 私がエレナ本人でないことが露見するのは、そこまで悪い状況ではない。

 このまま下手に話を引き延ばして、私自身の話に移るほうが面倒だろう。

「エルフは、人間や魔族よりもそういったものと近しい生き物ですから」

 なんてことはないように返すユリウス。

 エルフ。

 その種族の設定を思い返すと、思い浮かぶ存在があった。

「……精霊」

「そういうことです」

(体内の魔力を使う人間や魔族と違い、エルフは精霊の力を借りることで魔術を使う……だったかしら)

 作中でも、エルフが扱う力は人間とも魔族とも違うと説明されていた。

 エルフは排他的な側面があり、世俗に疎い。

 だが逆に言えば、人間や魔族が持たない系統の知識を多く持っているのだ。

 その1つが魂に関連するものということなのだろう。

「精霊は生物でありながら、世界の一部でもあります」

 そう微笑むユリウス。

 彼が掌を差し出すが――何も見えない。

 きっとそこには精霊がいるのだろう。

 作中でも説明されていた通り、人間である私には知覚できないのだけれど。

「だから精霊と関わりが深いエルフは、自然と世界の核心に近づくことになります。ゆえに魂という不確かな存在に対しても、他の種族よりも詳しくなるものなのですよ」

「……なるほど?」

 なんとなく分かるような分からないような。

 そんな塩梅だった。

 きっとリュートあたりなら関心を持ちそうな話だけど。

 残念ながら、私は平々凡々な頭脳しか持たないのだ。

(聖魔のオラトリオに出てくるエルフってユリウスくらいだから分からないことが多いのよね……)

 しかもユリウスはエルフの中では変わり者を自称していたのだ。

 そんな理由もあり、聖魔のオラトリオにおけるエルフの生態というものはあまりプレイヤーに開示されていないのだ。

「貴女がイヴリス嬢でないことが分かったところで――失礼いたします」

「っ」

 言葉を終えるより早く、ユリウスが唐突に距離を詰めてきた。

 相手はリュートを相手に戦えるほどの実力者。

 私はその接近を拒むことができなかった。

(なにを……!)

 彼の手が、私の額へと添えられている。

 まるで体温でも計ろうとしているかのような仕草。

 だが彼の力なら、このまま私の首を飛ばすことだって可能だろう。

 私は恐怖と警戒で動けない。

 そのまま時間がすぎて――

「……なるほど」

 ――嘆息と共に、ユリウスは私から手を離した。

 どうやら頭を吹っ飛ばされる事態は避けられたらしい。

「申し訳ありませんが、記憶を読ませていただきました」

「えっ」

 頓狂な声が漏れてしまった。

 記憶を読む。

 そんな魔術があるとは。

 原作で触れられていない力だったので知らなかった。

「魂だけになり肉体を乗り換えるだなんて外法そのものですからね。貴女がこの事象を故意に犯したのか否か、確かめて起きたかったんですよ」

 ユリウスはそう言った。

 他人の体に憑依する。

 たしかに、そんな技術を使う人間がマトモだとは思えないだろう。

 私のことを見極めたいという理屈は分からなくもない。

 そんな呑気なことを考えていたのだが――

「……まさか、魔王とつながりがあるとは思いませんでしたが」

「っ!?」

 ――私の過去には、特大の爆弾があったことを失念していた。

(そうだ! 私がエレナじゃないと分かっても、リュートとの関係を見られたら意味がない……!)

 現在、魔族と人間の争いはおおむね終息している。

 それは聖女であるノアが王女として、魔族を殲滅することより聖王国を安定させることに注力しているから。

 だがその前提にあるのは、リュートが死んでいると思っているからだ。

 彼の生存が露見してしまえば、状況が大きく変わる可能性がある。

(最悪の状況ね……)

 現在、魔族領は平穏なように思える。

 しかし人間との争いが活発化すれば、それも失われる。

(せめてソーマ君だけでも見逃してもらわな――)

 それ以前に、このままでは魔王の配下として殺されかねない。

 私はともかくソーマまで巻き込まれる事態は避けなければ。

 そんなことを考えていると、

「申し訳ありませんでした」

 唐突にユリウスがひざまずく。

 その声は真剣そのものだった。

「え……?」

 私は戸惑いを隠せない。

 記憶を読まれ、どう誤魔化すかと思った矢先に謝られたのだ。

 困惑しっぱなしである。

「貴女が信じるに値する人間かを見極めるためとはいえ、許可なく貴女の思い出に足を踏み入れてしまいました」

 その言葉は真摯なものだった。

 彼の謝罪が心からのものであることが伝わってくる。

「だから……申し訳ありませんでした」

 彼は聖女パーティの最年長であり、大人として振る舞うポジションだった。

 そんな背景もあってか、善良な性格でありながらも、必要であれば汚れ役も務めるタイプのキャラだった。

 今回も同じようなことなのだろう。

 倫理的に考えて、相手の記憶を読むことが褒められたものではないことくらい予想できる。

 それでも彼は私が持つ危険性を危惧して記憶を読んだ。

 結果として、私は白だった。

 だから謝ったというわけなのだろう。

「えっと……」

 とはいえ完全に納得できるわけではない。

 たしかに私は意図的に他人の体を奪ったわけではない。

 しかしそれと同等の問題を抱えていたことは事実なのだから。

「私が……魔王リュートと一緒にいるところを見たんですよね?」

 おそるおそる問いかける。

「それなのに……謝るんですか?」

「貴女の心に土足で踏み込んだことに変わりはありませんので」

 そう彼は答えた。

「この場で誓わせてください。今回、貴女の記憶から手に入れた情報は生涯誰にも口外しません」

「でもそれって、人間としては……」

「そもそも、エルフは人間と魔族の争いに関心がありませんから」

 私の言葉にユリウスはふっと微笑む。

 特に嘘を吐いているようには見えない。

 普通に考えれば、秘密にしていいような情報ではないと思うのだが。

「私はあくまで友人として支えたいからノアを手伝うことにしただけです。私はノアの味方であり、人間の味方ではありません」

 よく言えば中立、悪く言えばドライ。

 彼が口にしたのはそんな言葉だった。

 魔族=悪と扱われがちなこの世界としては異端の思考ではないだろうか。

「人間と魔族の争いは、結局のところ生物同士の生存競争でしかない。それがエルフのスタンスなんです」

 たしかにエルフは聖魔のオラトリオでもほとんど登場しない。

 エルフの森という存在が語られても、キャラが登場することはなかったのだ。

 どうやら彼らは我関せずという立場で人間や魔族を見ていたらしい。

「なので私が貴女の記憶を使って、人間に利するように動くということはありません」

 単なる口約束。

 とはいえ今の私にはそれを信じるしかないだろう。

 力関係を考えれば、私はどうこう言える立場にいないのだから。

「ちなみに……記憶はどこまで……」

(元の世界の記憶まで見られていたら大変なことになるんじゃ……)

 魔王の存在が漏れないとして。

 はたして彼はどこまで私の記憶を呼んだのか。

 それこそ、元の世界の話や、場合によっては聖魔のオラトリオの情報を読み取られている可能性も――

「――地下牢でノアと話している場面からです。それ以前は、なぜか読み取れませんでした」

 その言葉に、私は内心で安堵した。

(それなら大丈夫そうね)

 ユリウスが嘘を吐いている可能性もあるが、それを確かめる術はない。

 だから大丈夫だった。そう思い込むことにする。

(この状況なら、もしかすると……)

 そうなると思考は次の段階へと進んでゆく。

 どうにもならないと思いかけていた状況。

 彼の存在は、その打開につながるかもしれない。

「えっと……ですね」

 私はその場で膝を折る。

「はい」

 依然としてユリウスはひざまずいたまま。

 そんな彼と視線を合わせる。

「実は……お願いがあるんですけど」

 そう切り出した。

 現状、私はかなり追い込まれている。

 だから――

「私にできることでしたらなんでもおっしゃってください」

「でしたら……」

 罪悪感に付け込むようで不本意だが、この際仕方がない。

「町に戻るまで……護衛をお願いしてもいいですか?」

 私は、ユリウスへと協力を求めた。


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