「勇者の召喚……でしたか?」
ユリウスは語り始める。
少しずつ、物語を解きほぐすように。
「それは大枠では、召喚魔術に分類されるものでしょう」
そう彼は仮定した。
「呼び出すのが異世界の人間というだけで、一定の命令を与えて召喚獣を呼び出すという性質はよく似ています」
たしかにそうなのかもしれない。
相違点は多々ある。
しかし大雑把にいえば、召喚魔術と勇者召喚は似ているように思える。
「つまり、召喚魔術と同じ方法で彼を元の場所に帰すことが可能かもしれないということです」
彼はそう告げた。
「それなら……!」
(たしかにソーマとリュートが殺し合うことを防げるかも……!)
思わず声に喜色がにじむ。
これまでなんの光明も見えなかった問題に、進展があるかもしれないのだ。
期待してしまうのも仕方がないだろう。
「良かったわねっ。その方法ならソーマ君は誰とも殺し合わなくて済むし、元の世界に戻れるわね」
ソーマの手を取って笑いかける。
(ソーマは元の世界では普通の男子高校生だった)
リュートが超然的な存在であることへの対比として、ソーマはもっと身近な存在として書かれていた。
正義感のある好青年であるものの、その倫理観や思考は一般的な日本人とそれほど変わりはない。
(家族だって友達だっている)
そして彼は元の世界に多くの物を残してしまっている。
いくら剣と魔法の世界に関心があったとしても、切り捨てるにはあまりにも大きな存在を残してしまっているのだ。
(リュートと殺し合わなくて済んで、神託も聞こえなくなって、大切な人とも会える)
優しい彼に、殺人を強いる宿命を壊し。
それでいて彼を元の世界に帰すことができる。
万々歳ではないか。
(ユリウスの考えが正しければ、全部うまくいく……!)
「………………うん。そうだね」
一方で、ソーマの反応は煮え切らないものだった。
嬉しくないというわけではないのだろう。
小さく笑みを浮かべてはいる。
しかし同時に、困ったように眉を下げていた。
「?」
「いや、なんでもないよ」
私の様子に気付いたのだろう。
ソーマは笑みを漏らす。
しかしその笑みは弱々しく思えた。
「このまま僕がこの世界に居座ったとして。僕のためにも、みんなのためにもならない。分かっているよ」
うつむくソーマ。
「ただ……いや」
その言葉の先が紡がれることはなかった。
「ユリウスさん……でしたよね?」
少しの沈黙の後。
彼は顔を上げ、ユリウスへと向き合った。
「僕を元の世界へと送り返す方法を教えてください」
「……わかりました」
彼の言葉にユリウスはうなずく。
「私の仮説が正しければ、勇者召喚は召喚魔術と同じ方法で解除できます」
ユリウスはそう再確認する。
しかし彼は言葉を区切り、
「ですが、問題があります」
そう告げた。
「問題?」
「ええ、大きな問題が」
彼は目を閉じる。
「勇者召喚と召喚魔術の類似性。これくらいの考えに、あの魔王リュートが思い至らなかったとは思えません」
(たしかに……リュートは勇者の存在を知っていた)
言われてみればその通りだ。
私が思い浮かばなかったとして、あのリュートがこの可能性を考えなかったのか。
そうは思えない。
(魔術に詳しいリュートなら、この方法を思いついていた可能性は高い)
そして対策をしていたはずなのだ。
だが、実際にリュートはそういった行動を起こしていなかった。
「つまり、彼がこの方法を採用しなかったのには理由がある」
言い換えるのなら、リュートはこのアイデアを思いついた上で却下したということ。
「答えはシンプルです。召喚魔術は術者にしか解除できない」
ユリウスが口にしたのは、言ってしまえば当然ともいえること。
しかし同時に、
「つまり――
あまりにも無情な壁だった。
「そんな……」
彼の言葉に目の前が真っ暗になる。
(女神なんて……そんな存在のいる場所なんて分かるわけないじゃない)
元より私は神の実在なんて信じていないけれど。
もしも聖魔のオラトリオにおいて、神が実在するという描写があるのならまだ希望は持てた。
(そもそも、女神はこの世界に実在しているものなの?)
だが、ないのだ。
女神の祝福を受けたという聖女はいる。
女神から宿命を課せられたという勇者はいる。
(聖魔のオラトリオでも、女神は実体を持つ存在として書かれていない)
だが、肝心の女神の実在を証明するような描写は一切ないのだ。
(あくまで信仰の対象であって、会えるような存在じゃない)
誰かの前に姿を現したこともない。
聖女であるリリやノアも。
勇者であるソーマも。
作中で一度たりとも女神と接触したことはない。
だから私にとってこの世界で女神に会うというのは、日本で神様を探し出してみせろと言われているのと大差がない。
――つまるところ、現実的じゃない。
見えかけた希望が潰えてゆく感覚。
思わずうつむき、視線は地面へと落ちてゆく。
しかし――
「ですので、ここからが賭けになります」
そんなユリウスの言葉に顔を上げる。
性格的に考えて、もし本当にどうにもならないのであれば彼はこの提案そのものをしないはず。
思いついたとしても、希望を持たせないよう先程の考察を話すことはなかっただろう。
なら、なぜユリウスはこのタイミングでこの話題を挙げたのか。
……勝算といえないまでも、賭ける価値のある根拠があった。
だから彼はこの話を私たちにしたのだ。
「実際に会えた証拠などない、ただの伝承にすぎませんが――」
ユリウスは真剣な表情で言葉を紡ぎ出す。
「――女神に会うため、聖域に向かいましょう」