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第68話

(やってしまった……)

 しんと静まるホール。

 それが良い沈黙でないことは明らかで。

 思わず冷や汗が背中を伝う。

(どう考えても、止めたらまずい場面だったわよね)

 人間を庇うという意味でも。

 魔王の行動を阻害するという意味でも。

 出過ぎた行動だったと言わざるを得ない。

 事実、この場の視線はすべて私へと注がれていた。

「どうして止める!?」

 誰が発した言葉なのかは分からない。

 だがその言葉は、この場にいる魔族たちの大半が抱いた感想だったことだろう。

 事実、その声を止める者はいなかった。

「人間だから庇うというわけか?」

「いや……あの女の所業を思えばそれも妙か……?」

「であれば何故、奴は止めた?」

「自らの手で殺したいとでも言うつもりか?」

「そんな理由で魔王様の歩みを妨げるなど――」

 広がる困惑。

 口々に交わされる言葉。

 ホールにざわめきが広がってゆく。

 交錯する言葉はおおむね悪い印象のものだ。

 一番多い感情は、疑念……だろうか。

「構わん」

 そんな空気をおさめたのはリュートの声だった。

 彼が左手をあげれば、それだけで皆が黙り込む。

 そうさせるだけの力が彼にはあった。

「エレナ。なにか言いたいことがあるのか?」

 リュートは振り返ることなく、ロイから目を離さずにそう問いかけてきた。

「えっと……」

 一瞬だけ口ごもる。

 本音は、好きな作品のキャラクターの死を見たくないというものだ。

 しかしそれで周囲を納得させられないのは明白。

 もう少し、それらしい理由を述べる必要があるだろう。

「彼以外の人間が魔族領に侵入している可能性もあるので……殺さずに情報を抜き出したほうがいいかと……」

 リュートから目を逸らしながらそう答えた。

 思わずドレスをぎゅっと握ってしまう。

(多分、潜入しているのはロイだけだとは思うけど……)

 聖女の力で魔素から守る。

 そんなことを遠隔で複数人にできるとは思いにくい。

 仮に聖女ノアが同行していたのならば可能だとは思うが、王女となった彼女が聖王国を長期間離れるのも現実的ではない。

 だから、侵入者はロイ1人と考えるのが妥当。

 ただ100%ではないというだけで。

 きっと、そんなことはリュートも理解している。

 だから躊躇いなくロイを殺そうとしていた。

 しかし――

「そうだな。妥当な意見だ」

 あえて彼は私の言葉を受け入れた。

「がッ……!」

 そしてリュートは、剣の側面でロイの頭部を殴打した。

 そのままロイは床に伏せて動かなくなる。

「魔王様っ!?」

「安心しろ。気絶させただけだ」

 そうリュートが言うと、彼の手元の剣が黒炎となり消えてゆく。

 普通なら死にそうな一撃だが、手加減はしていたらしい。

「奴を地下牢に捕らえておけ」

「はいっ」

 指示を飛ばすリュート。

 すると魔族たちはきびきびと行動を始めてゆく。

「相手がかの聖女の仲間ということで、オレも平静を失っていたのかもしれんな」

 そう笑うリュート。

 心なしかその声は大きかった。

 まるで、周囲に聞かせるように。

(うそだ……)

 理由は明白だ。

 これは宣言なのだ。

 自分の判断は冷静さを欠いたものだった、と。

 私の意見こそ正しいものだった。

 そう周知するための言葉なのだ。

(リュートは冷静に、ロイを殺しておくメリットのほうが大きいと判断したから彼を殺そうとしていた)

 リュートの頭の回転は速い。

 状況から考えて、ロイが単身で行動している可能性が高いと分かっていたはず。

 もちろん味方がいる確率もゼロじゃない。

 それでもこの場ではロイを殺しておいたほうが得だと考えたからあえて生け捕りを狙わなかったのだ。

 このままロイを逃がすデメリットが大きすぎるから。

(それをやめたのは……)

 じゃあ、なぜリュートは自分の判断を曲げた。

 言うまでもない。

 この場で余計なことをした奴がいたからだ。

 そう。

 私が彼を止めてしまったからだ。

(そうしたほうが――私の立場が守られるからだ)

 ゆえにリュートは、私のフォローをする必要が出てしまった。

 私の言葉をただの的外れな意見のままにしてしまうわけにはいかなかったのだ。

 だからリュート自身が、私の意見の妥当性を認めた。

 私のわきまえない発言を、価値のある進言に変えるために。

 そうしなければ、私へとヘイトが向く可能性があると考えたから。

「悪いが、ここで今日の宴はお開きだ」

 そう宣言するリュート。

 それを聞いた皆は、真剣な表情でうなずいている。

 少し前までの穏やかな空気は消え去っていた。

「これから忙しくなりそうだな」

 城に漂い始めた緊張感。

 それは争いの匂いがした。

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