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第80話

「この期に及んで話し合いを望むとは……奴らしいな」

 リュートはそう笑う。

 人間の中では、魔族を絶対的な悪として見る風潮が強い。

 それは魔族が魔素で世界を汚染するからであり。

 魔族に人間が殺されてきたという歴史に由来する感情であり。

 連綿と続いてきた人類史の中で積み上げられてきた価値観だった。

 そんな中で、魔族の王との話し合いを求める。

 しかも人類の救済者である聖女が、だ。

 たしかに聖女ノアらしくあり、それでいて常識から外れた行いだ。

「とはいえ、聖女も現実が見えていないわけではない。和解を目指しているというわけでもあるまい」

(さすがに平和的解決とは言えないわよね……)

 人間と魔族。

 それは分かり合えるものではない。

 魔族は生きているだけで世界を穢してしまうから。

 人間はそれを許容できないから。

 人間と魔族の歴史は、徹頭徹尾争いの歴史なのだ。

 ノアは優しいが、夢想家ではない。

 彼が予想する通り、話し合いだけで事態を解決しようなどと思ってはいないだろう。

「会談の地は……ワーエッジか」

 腕を組むリュート。

「ワーエッジって……」

 その単語は、聖魔のオラトリオでも出てきたものだった。

(たしか魔族領に入る直前にある町よね)

 境界街なんて呼ばれることもあるらしい。

 ゲームでも登場する名前だったので記憶にあった。

 立ち位置としては終盤のダンジョンに入るまでの、最後の補給路といったところか。

 場所としては一応ながら聖王国。

 同時に、それでいてもっとも魔族領に近い立地の町だ。

(まあ、さすがに聖王国で話し合うわけにもいかないものね)

 逆もまたしかり。

 だから、人間と魔族の国――その境界にあたる場所で話し合おうというわけだろう。

 ノアらしいフェアな申し出であった、

「オレと聖女。互いに2人まで護衛を連れてきても良いらしいな」

「2人……」

 それも妥当な話か。

 話し合いの場が聖王国となれば、人数の上ではノア側が優位。

 だからこそ彼女から人数の制限を告げたわけだ。

 そして2人となれば――

「ふむ、向こうはおそらく王子と騎士か」

(アレンとロイ……たしかに妥当かも)

 地位としても実力としても。

 その場にふさわしい2人だろう。

 共に戦った仲間としてはユリウスも当てはまる。

 しかし彼は聖王国の人間ではないし、エルフの森に帰っている。

 順当に考えれば、護衛として選ぶのは残り2人の攻略対象に絞られるだろう。

「そうなれば、オレも連れて行く者の選別をしなければな」

 笑みを崩さないリュート。

 彼が視線を向けたのは、

「まずはアンネローゼ。構わんな?」

「は、はいっ」

 彼女は背筋を伸ばして応える。

 その頬は隠しきれない喜色で満たされていた。

(嬉しそうね……)

 聖女との話し合いという重要な場。

 そこへと伴う部下として選ばれた。

 その事実が嬉しくてたまらないのだろう。

 彼女がどれほどリュートに心酔しているのかが伝わってくる。

「もう1人は――」

 なんて、私は暢気に考えていたのだ。

 言い換えるのなら、他人事に考えていた。

 だって、


「――お前に頼んでもいいか?」


「……へ?」

 自分が選ばれるはずなんてないと考えていたのだから。

 魔族の進退を決する大切な場に。

 2人という限られた人員。

 そこに私を選ぶ理由なんてないと思っていたのだから。

「え? え? え?」

 ゆえにみっともなく困惑することしかできない。

「わ、私ですか!?」

 動揺で声が裏返ってしまった。

「ああ」

 なにかの間違いではないか。

 そんな一縷の望みにかけて問い直すも、無情にもリュートはその期待に応えてくれなかった。

「私じゃ護衛になりませんよ?」

 当たり前だが、戦闘面で私は役立たずである。

 もしも話し合いの場が紛糾したとして。

 そのまま戦いに発展したとしても、私は足手まといでしかない。

 貴重な2人の枠を埋めていい人材ではないのだ。

「分かっている」

 しかしその事実を把握したうえで、リュートは先程の宣言を撤回しなかった。

「そもそも護衛ならアンネローゼだけで充分だ」

 彼のそんな言葉を受け、アンネローゼが歓喜と誇らしさを混ぜ合わせたような表情を浮かべていた。

 ――できれば、彼女にも血迷ったリュートの決断を止めて欲しかったのだけれど。

「あ、そうだ! リリが一緒なら印象が良いかもしれませんよ!?」

 苦し紛れにそう提案した。

 リリ=コーラス。

 彼女は聖魔のオラトリオの続編の主人公だ。

 新旧主人公。

 リリならば、この事態をより良い方向に導ける可能性があるかもしれない。

「1人の聖女の存在は秘匿しておきたい」

 それも正論だった。

 リリの――もう1人の聖女の存在は、おそらく聖王国も把握していない情報だ。

 今後、魔族が人間と争うとして。

 彼女の存在はジョーカーとなりえる。

 ここでノアたちに見せたくないというのも分かる判断だ。

「嫌か?」

 彼はそう問いかけてくる。

 微笑み混じりではなく。

 だからといって神妙というわけでもない。

 ただ静かに、私の答えを待っていた。

「嫌……というより」

 思わず、ドレスを強く握る。

 心を占めるのは不安感だ。

「本当に私でいいのかな……とは思います」

 私にしかできないことがあるとは思えない。

 私にできないことが出来る人にはいくらでも心当たりがある。

 だから、彼が私を選んだ理由が分からないのだ。

 そこに明確な理由があったとして、自分ならば応えられると私自身を信じられない。

「そういうことならば気にしなくていい」

 しかし彼はふっと笑う。

「オレにはオレの思惑があって、お前に来て欲しいと思ったのだからな」

「…………」

 正直、彼の思うところは分からない。

 私の知能では彼の思考に追いつくことなどできないのだろう。

 だが、

 それでも、彼が私に何かを期待しているというのなら。

「そういうことでしたら……よろしくお願いします」

 それに応えたい。

 私はそう思った。

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