「この期に及んで話し合いを望むとは……奴らしいな」
リュートはそう笑う。
人間の中では、魔族を絶対的な悪として見る風潮が強い。
それは魔族が魔素で世界を汚染するからであり。
魔族に人間が殺されてきたという歴史に由来する感情であり。
連綿と続いてきた人類史の中で積み上げられてきた価値観だった。
そんな中で、魔族の王との話し合いを求める。
しかも人類の救済者である聖女が、だ。
たしかに聖女ノアらしくあり、それでいて常識から外れた行いだ。
「とはいえ、聖女も現実が見えていないわけではない。和解を目指しているというわけでもあるまい」
(さすがに平和的解決とは言えないわよね……)
人間と魔族。
それは分かり合えるものではない。
魔族は生きているだけで世界を穢してしまうから。
人間はそれを許容できないから。
人間と魔族の歴史は、徹頭徹尾争いの歴史なのだ。
ノアは優しいが、夢想家ではない。
彼が予想する通り、話し合いだけで事態を解決しようなどと思ってはいないだろう。
「会談の地は……ワーエッジか」
腕を組むリュート。
「ワーエッジって……」
その単語は、聖魔のオラトリオでも出てきたものだった。
(たしか魔族領に入る直前にある町よね)
境界街なんて呼ばれることもあるらしい。
ゲームでも登場する名前だったので記憶にあった。
立ち位置としては終盤のダンジョンに入るまでの、最後の補給路といったところか。
場所としては一応ながら聖王国。
同時に、それでいてもっとも魔族領に近い立地の町だ。
(まあ、さすがに聖王国で話し合うわけにもいかないものね)
逆もまたしかり。
だから、人間と魔族の国――その境界にあたる場所で話し合おうというわけだろう。
ノアらしいフェアな申し出であった、
「オレと聖女。互いに2人まで護衛を連れてきても良いらしいな」
「2人……」
それも妥当な話か。
話し合いの場が聖王国となれば、人数の上ではノア側が優位。
だからこそ彼女から人数の制限を告げたわけだ。
そして2人となれば――
「ふむ、向こうはおそらく王子と騎士か」
(アレンとロイ……たしかに妥当かも)
地位としても実力としても。
その場にふさわしい2人だろう。
共に戦った仲間としてはユリウスも当てはまる。
しかし彼は聖王国の人間ではないし、エルフの森に帰っている。
順当に考えれば、護衛として選ぶのは残り2人の攻略対象に絞られるだろう。
「そうなれば、オレも連れて行く者の選別をしなければな」
笑みを崩さないリュート。
彼が視線を向けたのは、
「まずはアンネローゼ。構わんな?」
「は、はいっ」
彼女は背筋を伸ばして応える。
その頬は隠しきれない喜色で満たされていた。
(嬉しそうね……)
聖女との話し合いという重要な場。
そこへと伴う部下として選ばれた。
その事実が嬉しくてたまらないのだろう。
彼女がどれほどリュートに心酔しているのかが伝わってくる。
「もう1人は――」
なんて、私は暢気に考えていたのだ。
言い換えるのなら、他人事に考えていた。
だって、
「――お前に頼んでもいいか?」
「……へ?」
自分が選ばれるはずなんてないと考えていたのだから。
魔族の進退を決する大切な場に。
2人という限られた人員。
そこに私を選ぶ理由なんてないと思っていたのだから。
「え? え? え?」
ゆえにみっともなく困惑することしかできない。
「わ、私ですか!?」
動揺で声が裏返ってしまった。
「ああ」
なにかの間違いではないか。
そんな一縷の望みにかけて問い直すも、無情にもリュートはその期待に応えてくれなかった。
「私じゃ護衛になりませんよ?」
当たり前だが、戦闘面で私は役立たずである。
もしも話し合いの場が紛糾したとして。
そのまま戦いに発展したとしても、私は足手まといでしかない。
貴重な2人の枠を埋めていい人材ではないのだ。
「分かっている」
しかしその事実を把握したうえで、リュートは先程の宣言を撤回しなかった。
「そもそも護衛ならアンネローゼだけで充分だ」
彼のそんな言葉を受け、アンネローゼが歓喜と誇らしさを混ぜ合わせたような表情を浮かべていた。
――できれば、彼女にも血迷ったリュートの決断を止めて欲しかったのだけれど。
「あ、そうだ! リリが一緒なら印象が良いかもしれませんよ!?」
苦し紛れにそう提案した。
リリ=コーラス。
彼女は聖魔のオラトリオの続編の主人公だ。
新旧主人公。
リリならば、この事態をより良い方向に導ける可能性があるかもしれない。
「1人の聖女の存在は秘匿しておきたい」
それも正論だった。
リリの――もう1人の聖女の存在は、おそらく聖王国も把握していない情報だ。
今後、魔族が人間と争うとして。
彼女の存在はジョーカーとなりえる。
ここでノアたちに見せたくないというのも分かる判断だ。
「嫌か?」
彼はそう問いかけてくる。
微笑み混じりではなく。
だからといって神妙というわけでもない。
ただ静かに、私の答えを待っていた。
「嫌……というより」
思わず、ドレスを強く握る。
心を占めるのは不安感だ。
「本当に私でいいのかな……とは思います」
私にしかできないことがあるとは思えない。
私にできないことが出来る人にはいくらでも心当たりがある。
だから、彼が私を選んだ理由が分からないのだ。
そこに明確な理由があったとして、自分ならば応えられると私自身を信じられない。
「そういうことならば気にしなくていい」
しかし彼はふっと笑う。
「オレにはオレの思惑があって、お前に来て欲しいと思ったのだからな」
「…………」
正直、彼の思うところは分からない。
私の知能では彼の思考に追いつくことなどできないのだろう。
だが、
それでも、彼が私に何かを期待しているというのなら。
「そういうことでしたら……よろしくお願いします」
それに応えたい。
私はそう思った。