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7-4: The Classroom Escape(教室脱出劇)

用務員の足音が廊下に響くたび、ロッカーの中で息を潜める俺たちの緊張が高まる。

狭い掃除ロッカーに押し込まれたせいで、雷の赤い髪が肩に触れ、独特の甘い香りが微かに鼻をくすぐった。

「やるじゃない、私を追い込むなんて」

雷が耳元で囁き、小さく笑った。

その余裕たっぷりの態度に、俺は心底呆れながらも声を低くする。

「言ってる場合か!」

「だって、これも学校生活の醍醐味でしょ?」

「普通は夜中に忍び込んだりしないんだよ!」

俺が怒ると、雷はますます楽しそうに口元を抑える。

ロッカー越しに用務員の気配が近づいてくるたび、心臓が跳ね上がった。

「誰かいた気がするんだよなぁ」

用務員がぼやく声に、雷が小声で提案してきた。

「ねえ、大声で驚かせて一気に逃げるってどう?」

「そんなの捕まるに決まってるだろ!」

「じゃあ、案内人さん。さっさと名案を出しなさいよね?」

完全にこの状況を楽しんでいる雷に、俺は頭を抱えたくなった。

だが、幸いにも用務員は気のせいだと思ったのか、足音を遠ざけていく。

息をつく俺を横目に、雷がぼそりと呟いた。

「なんだ、つまんない。もっとドキドキする展開かと思ったのに」

「お前なぁ……まあいい、とにかく出るぞ」

用務員が去ったあとの校舎は、静寂に包まれていた。

窓から差し込む月明かりが淡い筋を描き、廊下に影と光のコントラストを生み出している。

「さて、次はどこに行こうかしら♪」

彼女の無邪気な笑顔に、俺は不意に妹の葉奈の姿を重ねた。

葉奈もこんなふうに笑ってくれるのだろうか――いや、病室ではそんな顔を見たことはなかった。

「なあ、お前、いくつなんだ?」

俺が尋ねると、雷は不思議そうに首を傾げながら答える。

「14歳よ」

その言葉に、胸の奥が少し締めつけられる。妹の葉奈は12歳。戦場で散りゆく命がこの年齢に集中している現実に、俺はただ無力感を抱いた。

「どうして年齢なんか訊くの?」

雷が微笑みながら尋ねてきた。俺はしばらく答えを探し、ようやく口を開く。

「……妹がいるんだ。葉奈って名前で、今年12歳になる」 俺がつぶやくと、雷の顔が少しだけ険しくなった。

その瞳には、いつもの高飛車な輝きはなく、何かを測るような真剣さが宿っていた。

「ねえ、妹さんになにかあった?」

雷が短く問いかける。

鋭いな、と俺は思った。

「実は、自宅のゲーム機から、なぜかSENETにログインしてしまったらしい」

俺は胸の奥が苦しくなるのを感じながら話し始めた。

雷は黙って耳を傾けている。

「美月さんから聞いたんだ。家にあったゲーム機が、何らかの原因でSENETに接続されてたって。それで、葉奈は……」

その続きを言うのが苦しかった。だが、雷の視線は鋭く、俺の口を開かせた。

「葉奈は……SENET内で命を落とした。今は眠ったままだ。目を覚ますには、このゲームをクリアするしかない」

雷の表情に変化はなかったが、その瞳の奥で何かが動いたように見えた。

「……なるほど。SENETの中で死ぬと現実でも目覚められない。そういうことね」

「そうだ。それだけじゃない。なぜゲーム機がSENETに繋がったのかも、俺たちにはわからない。美月さんも原因は特定できていないらしい。ただ……」

俺は、葉奈と共有していたゲームアカウントのことを思い出し、拳を強く握りしめた。

「たぶん、俺たちが一緒にアカウントを使ってたから、葉奈まで巻き込まれたんだと思う。俺のせいで……」

雷はふっと息を吐き、少しだけ体を傾けた。

「……UAEの支部で、似たような事例があったらしいわ」 雷の声は冷静だったが、どこか慰めるような響きも感じられた。

「本当か?」

「ええ。そして、その子の意識データがゲーム世界に眠っていることが確認されたの。だから、まだ死んでない。あなたの妹さんも、同じように助かる可能性はある。極秘情報だけど、そういう前例があるってことを信じなさい」

雷の言葉に、胸の奥で少しだけ希望が灯るのを感じた。

「……ありがとう」

「礼を言うのはまだ早いわよ。私たちが戦って、このゲームをクリアしないと妹さんは戻れないんだから」

「ああ、そうだな」

「そうよ。それに、あなたの妹さんだけじゃない。矢神臣永と、散っていった仲間たちも、全員救うんだから!」

そう言いながら、雷は小さく笑った。その笑顔には、ほんの少しだけ温かさが含まれているように見えた。 雷との会話が一区切りついたとき、廊下の奥から再び足音が響いた。

「やばい、また来たぞ!」

俺は雷の手を引き、廊下を駆け抜けた。

月明かりに照らされた廊下を走るたびに、彼女が小さく笑い声を漏らす。

「ねえ案内人さん、意外と頼りになるのね」

「今は褒めるな!」

息を切らしながらも、ようやく校舎の出口が見えた。

二人して門を飛び越え、ようやく安全地帯にたどり着く。

「ふぅ、何とか脱出できたな……」

俺が額の汗をぬぐうと、雷がニヤリと笑った。

「ふふっ、まるで映画みたいだったわね」

「あのな……お前のせいでこんなことになったんだぞ?」

雷は軽く肩をすくめ、明るく答えた。

「細かいことは気にしないの。さて、学校はもう十分楽しんだから、次は横須賀に行きましょうか」

「横須賀? こんな明け方にか?」

「もちろん。結構大きい街なんでしょ?目いっぱい遊ぶなら、早くいかないと!」

「たしかに一理あるけど……」

「それに学校といえばサボり! せっかく学校に来たんだから、サボらなきゃ損よ! さ、案内人さん。ついてきなさい!」

「はいはい……」

俺は呆れつつも、どこか浮ついた足取りで、彼女の後についていくのだった。

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