横須賀の街に足を踏み入れると、冷たい朝の空気が肌に触れた。
朝の8時を少し過ぎた頃。曇り空の下、街にはどこか物々しい雰囲気が漂っている。
「ここが横須賀のメインストリートだな」
俺は言って、初めてくる街を見渡した。
瓦礫が散らばる場所もあるが、行政による整備は進んでおり、完全な荒廃というわけではない。
それでも、崩れた壁やひび割れた道路が、以前起きた天変地異の強大さを物語っていた。
「ふぅん、思ったより普通ね」
隣を歩く雷はそんなことを呟きながら、瓦礫の上に軽く足を乗せた。
その赤い髪が曇天の下でも鮮やかに映え、どこか景色から浮いて見える。
「何が普通だよ。これだけ荒れてたら異常だろ」
俺が苛立ちを込めて言うと、雷は肩をすくめて笑った。
「でも、これくらいで止まってるだけマシじゃない?」
その無神経な発言に言い返そうとしたが、言葉を飲み込む。
彼女の表情にはどこか余裕があり、口元には薄い笑みが浮かんでいた。
少し沈黙が続いた後、雷が立ち止まってこちらを振り返る。
「案内人さん、世界ってのはね、もう少し壊れても動くものよ」
その言葉には、彼女なりの覚悟が含まれているようにも思えた。
「……壊れても動く?」
「そう、見た目がどうであれ、人間って意外としぶといのよ」
雷の言葉が風に流されるように響く。
「それよりも、お腹減った。ね、おすすめないの?」
「俺はここら辺の育ちじゃねえんだ」
言いながら、周囲を見渡す。朝早くだからやっている店も少ない。
少し歩いて、駅の近くに良さそうな店を見つけた。
横須賀駅近くの古びたダイナーに入ると、コーヒーの香りが鼻をくすぐった。
店内には数人の客がいるだけで、落ち着いた雰囲気が漂っている。
「ここなら悪くないだろ」
俺がそう言うと、雷はメニューを手に取り、ぱらぱらとめくった。
「まあ、悪くないんじゃない?」
彼女はそう言いながら、迷うことなくBLTサンドを注文する。
俺も簡単なサンドイッチとコーヒーを頼み、彼女の正面に腰を下ろした。
窓の外には整備された街並みが見える。
だが、奥に目を凝らせば、崩れた建物や廃墟が不気味に立ち並んでいた。
「なぁ、雷。第三次世界大戦が寸前で回避された話は知ってるよな?」
俺が切り出すと、雷はフォークを持つ手を止め、こちらを見た。
「もちろん。その直前に起きた天変地異のおかげで、戦争は止まった。それが?」
彼女の声は冷静で、その言葉の裏にどんな感情があるのかは読み取れなかった。
第三次世界大戦――俺たちが生まれる少し前、世界は戦争に突入する寸前だった。
しかし、その戦争が起こる直前、突然、地球全体を揺るがすような天変地異が起きた。
巨大な嵐が都市を飲み込み、海が異常に隆起し、一部の地域は地図から消えたと言われている。
世界各地で未曾有の被害が広がる中、戦争どころではなくなり、各国は渋々停戦を決めた――それが、この荒廃した都市の背景だった。
「これはすべて、上位存在の仕業か?」
俺が自分に問いかけるように呟くと、雷が目を細めた。
「なんでそう思うの?」
「なんとなく……直感だ。でも、あの天変地異のおかげで、VRゲームのプレイヤーは急増した」
そう。人々が家に閉じこもらざるを得ない状況で、娯楽のほとんどが失われていたからだ。
だからこそ、仮想世界でのゲームは新しい希望のように受け入れられた。
だが、今になって思う。あれは上位存在による「計画」だったのではないか、と。
自分たちのウォーゲームの参加者を増やすための……。
「へえ」
雷は少し笑みを浮かべた。「鋭いわね。でも、それを知ってどうするの?」
「……俺たちの敵のことなら、なんにせよ知るべきだろ」
俺の言葉に、雷は少し考えるような仕草を見せた後、軽く肩をすくめた。
「ええ。天変地異の背後にいるのが上位存在――そう言われてるわ」
雷の言葉には、不思議なほど冷静さがあった。
「じゃあ、ゲームをクリアしたら、この世界も元通りってわけか?」
俺の問いに、雷は肩をすくめながら答える。
「かもね。そして、私たちがそれを覆すチャンスを手にしているのも事実よ」
彼女の目には、どこか挑戦的な光が宿っていた。
「このゲームをクリアすれば、すべてが元通りになる――ねえ、案内人さん、あなた、名前は?」
唐突な質問に少し戸惑いながらも、俺は答える。
「灰島……灰島賢だ」
その名前を聞いた途端、雷の表情が一瞬だけ変わった――だが、すぐにいつもの無表情に戻る。
「ふぅん、そっか。やっぱり、あなたが……」
「やっぱりってなんだよ。俺のこと知って――……」
問い返そうとする俺の言葉を遮るように、雷は続けた。
「あんたに伝えておくことがあるわ」
「……伝えておくこと?」
「白波梓は信じるな」
その言葉には、彼女の普段の軽さがなかった。
雷の真剣な視線が俺の胸に突き刺さる。
「……どういう、意味だ?」