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7-5: Crossroads in the Morning(朝の交差点)

横須賀の街に足を踏み入れると、冷たい朝の空気が肌に触れた。

朝の8時を少し過ぎた頃。曇り空の下、街にはどこか物々しい雰囲気が漂っている。

「ここが横須賀のメインストリートだな」

俺は言って、初めてくる街を見渡した。

瓦礫が散らばる場所もあるが、行政による整備は進んでおり、完全な荒廃というわけではない。

それでも、崩れた壁やひび割れた道路が、以前起きた天変地異の強大さを物語っていた。

「ふぅん、思ったより普通ね」

隣を歩く雷はそんなことを呟きながら、瓦礫の上に軽く足を乗せた。

その赤い髪が曇天の下でも鮮やかに映え、どこか景色から浮いて見える。

「何が普通だよ。これだけ荒れてたら異常だろ」

俺が苛立ちを込めて言うと、雷は肩をすくめて笑った。

「でも、これくらいで止まってるだけマシじゃない?」

その無神経な発言に言い返そうとしたが、言葉を飲み込む。

彼女の表情にはどこか余裕があり、口元には薄い笑みが浮かんでいた。

少し沈黙が続いた後、雷が立ち止まってこちらを振り返る。

「案内人さん、世界ってのはね、もう少し壊れても動くものよ」

その言葉には、彼女なりの覚悟が含まれているようにも思えた。

「……壊れても動く?」

「そう、見た目がどうであれ、人間って意外としぶといのよ」

雷の言葉が風に流されるように響く。

「それよりも、お腹減った。ね、おすすめないの?」

「俺はここら辺の育ちじゃねえんだ」

言いながら、周囲を見渡す。朝早くだからやっている店も少ない。

少し歩いて、駅の近くに良さそうな店を見つけた。

横須賀駅近くの古びたダイナーに入ると、コーヒーの香りが鼻をくすぐった。

店内には数人の客がいるだけで、落ち着いた雰囲気が漂っている。

「ここなら悪くないだろ」

俺がそう言うと、雷はメニューを手に取り、ぱらぱらとめくった。

「まあ、悪くないんじゃない?」

彼女はそう言いながら、迷うことなくBLTサンドを注文する。

俺も簡単なサンドイッチとコーヒーを頼み、彼女の正面に腰を下ろした。

窓の外には整備された街並みが見える。

だが、奥に目を凝らせば、崩れた建物や廃墟が不気味に立ち並んでいた。

「なぁ、雷。第三次世界大戦が寸前で回避された話は知ってるよな?」

俺が切り出すと、雷はフォークを持つ手を止め、こちらを見た。

「もちろん。その直前に起きた天変地異のおかげで、戦争は止まった。それが?」

彼女の声は冷静で、その言葉の裏にどんな感情があるのかは読み取れなかった。

第三次世界大戦――俺たちが生まれる少し前、世界は戦争に突入する寸前だった。

しかし、その戦争が起こる直前、突然、地球全体を揺るがすような天変地異が起きた。

巨大な嵐が都市を飲み込み、海が異常に隆起し、一部の地域は地図から消えたと言われている。

世界各地で未曾有の被害が広がる中、戦争どころではなくなり、各国は渋々停戦を決めた――それが、この荒廃した都市の背景だった。

「これはすべて、上位存在の仕業か?」

俺が自分に問いかけるように呟くと、雷が目を細めた。

「なんでそう思うの?」

「なんとなく……直感だ。でも、あの天変地異のおかげで、VRゲームのプレイヤーは急増した」

そう。人々が家に閉じこもらざるを得ない状況で、娯楽のほとんどが失われていたからだ。

だからこそ、仮想世界でのゲームは新しい希望のように受け入れられた。

だが、今になって思う。あれは上位存在による「計画」だったのではないか、と。

自分たちのウォーゲームの参加者を増やすための……。

「へえ」

雷は少し笑みを浮かべた。「鋭いわね。でも、それを知ってどうするの?」

「……俺たちの敵のことなら、なんにせよ知るべきだろ」

俺の言葉に、雷は少し考えるような仕草を見せた後、軽く肩をすくめた。

「ええ。天変地異の背後にいるのが上位存在――そう言われてるわ」

雷の言葉には、不思議なほど冷静さがあった。

「じゃあ、ゲームをクリアしたら、この世界も元通りってわけか?」

俺の問いに、雷は肩をすくめながら答える。

「かもね。そして、私たちがそれを覆すチャンスを手にしているのも事実よ」

彼女の目には、どこか挑戦的な光が宿っていた。

「このゲームをクリアすれば、すべてが元通りになる――ねえ、案内人さん、あなた、名前は?」

唐突な質問に少し戸惑いながらも、俺は答える。

「灰島……灰島賢だ」

その名前を聞いた途端、雷の表情が一瞬だけ変わった――だが、すぐにいつもの無表情に戻る。

「ふぅん、そっか。やっぱり、あなたが……」

「やっぱりってなんだよ。俺のこと知って――……」

問い返そうとする俺の言葉を遮るように、雷は続けた。

「あんたに伝えておくことがあるわ」

「……伝えておくこと?」

「白波梓は信じるな」

その言葉には、彼女の普段の軽さがなかった。

雷の真剣な視線が俺の胸に突き刺さる。

「……どういう、意味だ?」

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