戦場を駆ける。
俺――黒磯風磨は、一人で神徒の群れを押し返していた。
振り下ろした巨剣が黒い血を撒き散らし、呻き声と共に一体の神徒が崩れ落ちる。
だが、それでも戦況は変わらない。押し寄せる敵は止まる気配がなかった。
俺は前へ、ただ前へと進む。
「オオオオオ!!」
巨体の下級特殊神徒が襲いかかる。
俺はすかさず横に跳び、巨剣を地面に突き刺す。
「喰らえッ!」
剣に込めたエネルギーが炸裂し、衝撃波と共に神徒の腕を吹き飛ばす。
「ハァッ……!」
そのまま剣を振り抜き、体勢を崩した神徒の胴を断ち切る。
黒い液体が噴き出し、倒れる。
「次……!」
俺は息を整える間もなく、別の神徒を迎え撃つ。
塔の時計は残り20分を指している。
この時間を持ちこたえられるのか?
いや、それ以前に……。
結局、俺は……なにをやっている……?
俺は、この戦場で、なにを成せた……?
周囲を見渡す。
特級神徒と戦うイニシエーターズの姿が目に入る。
彼らは桁違いの力で敵を圧倒していた。
一方、まだピーターパンですらない雷と翠すらも、特級神徒を足止めしている。
その戦いぶりに、俺は思わず足を止めた。
……皆が全力を尽くしているのに、俺だけがただ戦場を駆けているような気がした。
「くそっ……俺がもっと強ければ!」
巨剣を握りしめる手に、力がこもる。
何人もの仲間が倒れた。
なぜ俺は守れなかった。
矢神臣永――あの人なら、どうしていただろう?
俺は……このままでいいのか?
「ねえ、強くなりたくない?」
ふいに背後から声が聞こえた。
戦場の喧騒とは別の、まるで耳元で囁かれたかのような、静かな声。
俺は反射的に振り向いた。
そこにいたのは、黒いフードを目深に被った謎の人物だった。
「誰だ……?」
巨剣を構えながら睨みつける。
だが、相手は微動だにせず、ただそこに立っている。
「あなたの力を引き出してあげられる。条件は一つ――私に従って」
低く響く声。
その言葉は、どこか聞いたようで……わずかに甘美で……そして不気味だった。
「ふざけるな!」
俺はすぐさま距離を詰め、剣を振るおうとした。
だが――。
この距離なら、斬れるはずなのに、剣が届かない。
剣を振り下ろした瞬間、何かが揺らいだような感覚があった。
目の前の人物は、影のように消えていた。
「クエストの終了間際、4の門。城壁の下。あるはずのない影を見つけたら、飛び込んで」
どこからか、声だけが響く。
「飛び込んだら、どうなる?」
「あなたに、この戦争の――世界の、秘密を教えてあげる」
「……」
「考えておいて。その秘密を知れば、あなたは、もっと強くなれる」
その言葉を最後に、影は完全に消えた。
俺は何も言えず、ただ剣を握る手に力を込めた。
影の中で聞こえたあの声は、戦場の騒音とは異質だった。
俺に選択を迫るかのような、冷たく、それでいて確信に満ちた声。
強くなりたいか?
俺は、ゆっくりと剣を握り直した。
そして――
塔の時計を見上げる。
残り15分。
俺の心は、戦場とは違う何かに揺れ始めていた。