戦場の喧騒は消え去り、沈黙が支配する――。
作戦本部は、オペレーターたちの指示が飛び交い、モニターには無数のデータが映し出されていた。壁一面を覆う大型スクリーンには、各部隊の損傷、戦果、プレイヤーのステータスがリアルタイムで流れている。
そんな無機質な場所で、俺たちは勝利の余韻に浸る暇はなく、その知らせを聞いた。
「矢神のアカウントデータ、確認した」
早乙女美月の冷静な声が響く。
その言葉に、俺は息をのんだ。
「じゃあ、矢神さんは……戻ってくるのか?」
秋月一馬が拳を握りしめながら尋ねる。
「データは無事よ。でも……」
美月の声が一瞬、ためらいを含んだ。
「ただの復元ではなく、『解凍』が必要だっていうの。つまり、解凍すれば……」
「矢神臣永は……ピーターパンではなくなる」
白波梓が静かに言葉を継いだ。
「……どういうことだよ?」
一馬が顔をしかめる。
「そのまんまの意味よ。解凍すれば……ピーターパンの枠組みから外れて、"ただのプレイヤー"になる」
「それって……まさか引退ってことか?」
「可能性は高い」
その言葉に、場の空気が凍りついた。
俺たちの矢神臣永が、戦場に戻ってこないかもしれない――。
「でも、もう十分じゃない?」
沈黙を破ったのは、ヴァレンティナだった。
「矢神はこの戦争で何年も戦ってきた。もう、彼が戦う理由はないはずよ」
彼女は腕を組み、冷静に言い放つ。
「このまま彼を引退させる。それが最善じゃない?」
「そんな……!」
俺は叫びそうになったが、言葉を飲み込んだ。
ヴァレンティナの言うことも、間違ってはいない。 矢神はもう十分に戦った。誰よりも長く、誰よりも多くの仲間を救ってきた。 彼がこのまま安らげるなら――それが一番なのかもしれない。
「しかし、お姉さま」
EU支部の戦乙女、フレイヤがヴァレンティナに言った。
「ここで矢神臣永を失うのは、世界にとって損失では?」
「そうそう」同じく戦乙女のひとり、サーラも頷く。
「それに、解凍しないことには、復帰か引退かもわかんないしなあ。なあ、イーダ?」
「知らない」戦乙女の一人、イーダは興味なさそうに肩をすくめる。
EU支部の面々が勝手に話を進める中、俺は拳を握り、ただ黙っていた。
その時――。
「黒磯先輩が……」
小さな嗚咽が、静寂を破った。
天草結衣が、涙をこぼしながら震えていた。
「黒磯先輩が……戻ってこないんです……」
その一言に、俺たちは息を呑んだ。
「……どういうことだ?」
「わからないんです……」
天草の声が震える。
「でも、どこにも、ログアウトの形跡がなくて……」
「……まさか」
俺の心臓が冷たくなった。
「それだけじゃないです……」
天草は目を赤くしながら続ける。
「凪ちゃんも、いないんです……」
その言葉に、場の空気が一気に重くなる。
「何だと……?」
俺は喉が詰まるような感覚に襲われた。
水上凪――彼女もまた、黒磯と共に姿を消したというのか?
「水上を最後に見たのはいつだ……?」
美雪が小さな声で呟いた。
「わかりません……凪ちゃんは……」
「今いないということは、そういうことだ」
ヴァレンティナが淡々と告げた。
「だから、諦めなさい」
「そんなの、諦められるわけないだろ!」
一馬が怒鳴った。
「黒磯と水上は仲間だぞ!? 放っておけるわけねえだろ!」
「戦場では、割り切ることが大切よ」
ヴァレンティナは表情ひとつ変えずに言う。
「今は次の作戦を考えるべき。彼らを取り戻すための戦力は?」
「そんなの……」
俺は拳を握りしめた。
今、俺たちに何ができる?
ピーターパン部隊は満身創痍。プレイヤーたちも消耗しきっている。
ここで、俺たちは――。
ピロン――!
突如、電子音が鳴り響いた。
「……新しいクエスト?」
早乙女美月が画面を操作しながら眉をひそめる。
「二つ……出てるわね」
その言葉に、俺たちは顔を見合わせた。
「二つ……?」
俺は緊張しながら、彼女の画面を覗き込んだ。
「美月さん、そのクエストの内容は……?」
《クエスト①: 解放の鍵》
――最強の戦士を取り戻す鍵を探せ。危険度: SSS
《クエスト②: 闇の深淵》
――失われたプレイヤーを救え。危険度: SS
※なお、本クエストは必須クエストとはみなさない。
「……このクエストは…………"矢神を取り戻す鍵"……?」
息を呑む。
「あの人を……救えるかもしれないってことか?」
「いや、それだけじゃない」
三輪蓮が慎重な声で言う。
「もう一つのクエスト……”失われたプレイヤーを救え"……?」
「つまり……」
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「黒磯と水上を、助ける手がかりがあるってことか……?」
場の空気が、一気に変わる。
そして、俺たちは決断を迫られた――。
最強のプレイヤー、矢神臣永を取り戻すか。
友人であり戦友の、黒磯と水上を救うか。
この決断が、俺たちの未来を大きく変えることになる。