「クエストが二つ――?」
美月の静かな声が響いた。
俺たちは戦場に残されたまま、通信機に映し出された新たなクエストを見つめる。
《クエスト①: 解放の鍵》
――最強の戦士を取り戻す鍵を探せ。危険度: SSS
《クエスト②: 闇の深淵》
――失われたプレイヤーを救え。危険度: SS
※なお、本クエストは必須クエストとはみなさない。
「……矢神を取り戻す手段があるってことか?」
秋月一馬が眉をひそめながら画面を見つめる。
「でも、もう一つのクエストは……」
三輪蓮が慎重な声で言う。「"失われたプレイヤー"……って、黒磯のことか?」
「……たぶん、そうだろ」
一馬が言う、
そんな時、遠野美雪が小さく呟いた。
「助けに行きたい」
彼女の声は静かだったが、その奥には強い決意が感じられた。
「……だが、本部は矢神の解凍と第二波に備えて人員は割けない」
美月の言葉が場を支配する。
「いま、龍崎指令がEU部隊と調整中よ。おそらく、解放の鍵のクエストに回す。中国支部と合同で大隊を結成することになるはず」
「つまり、"黒磯奪還"のほうは、手をつけないってことか?」
一馬が語気を強める。
「そうよ。いま、任意クエストをやっている暇はない」
「任意……?」
天草結衣がぽつりと呟いた。
「黒磯先輩が……いなくなったのに?」
天草結衣の震える声が、静まり返った作戦本部に響いた。
だが、早乙女美月はその言葉に答えず、そっと視線を逸らした。
「……分かってるわ。でも、優先すべきは矢神の解凍。それに、第二波が来る可能性もある。無闇に戦力を割くことはできないのよ」
「そんなの……!」
天草の目に涙が溜まる。
「黒磯先輩は……まだきっと生きてる! なのに、見捨てるんですか!?」
その言葉に、沈黙が広がった。
「……」
誰も、すぐには答えられなかった。
「EU部隊は大型クエストに専念する。ピーターパン部隊も戦力を温存すべきだ」
その冷徹な声が響いた瞬間、作戦本部の入り口が開き、龍崎司令が姿を現した。
「龍崎司令……」
美月が敬礼をする。
彼の表情には深い疲労が滲んでいた。
先ほどまで各国との調整を行っていた彼が、重たい決断を下したのは明らかだった。
「EU支部、中国支部と協議し、部隊を再編成した」
龍崎は疲れた様子で椅子に座り、無造作にモニターを操作しながら続ける。
「結論として、現状で、SS級の救出クエストに戦力を割く余裕はない」
その言葉に、場の空気がさらに重くなる。
「じゃあしゃあねえな。な、イーダ?」
サーラが肩をすくめながら隣の戦乙女に話しかける。
「だから……知らないって」
イーダはつまらなそうに視線を逸らす。
「ふんっ……これが現実だ……矢神臣永を優先するのは当然」
フレイヤが冷静に言い放つ。「友人のことは、"あきらめる"んだな」」
その言葉に、天草の顔が歪んだ。
「なら、私ひとりでも…!」
天草が涙を拭い、必死に訴えた。
だが――
「舐めるな。難易度SSのクエストだぞ」
ヴァレンティナが冷たく告げた。
「気持ちだけではどうにもならない壁という者がある――下がっていろ。力のない者がむやみに戦場に出れば、損失を増やすだけだ」
鋭い言葉が天草の胸に突き刺さる。
「……私は、何もできないんですか?」
天草の震える声が、静まり返った作戦本部に広がった。
ヴァレンティナは答えなかった。ただ、静かに背を向ける。
「……自分で考えろ」
天草は唇を噛み締め、拳を握りしめた。
――寮の談話室。
俺たちは無言でソファに座っていた。
テーブルには誰も手をつけないままのコーヒーが冷めている。
気まずい空気。誰もがこの状況に苛立ち、しかしどうすることもできない。
その沈黙を破ったのは――
「俺たちだけで行こう」
その場に静寂が落ちた。
俺の言葉に、全員が驚いたようにこちらを見る。
「賢くん……」
美雪が目を見開く。
「行くって、どういう意味だ?」
一馬が問いかける。
「もちろん、黒磯と水上を助ける」
俺ははっきりと言った。
「誰が見捨てるって決めた? ここで行動しなかったら、絶対に後悔する」
「だが、戦力は……」
三輪蓮が慎重に言葉を選ぶ。
「だから、特別小隊を作る」
俺は彼を見て言った。
「本隊の戦力を割かずに、少数精鋭で挑む」
「数人程度ならなんとかなるだろ。ログインして、クエストを開始しちまえばこっちのもんだ」
「でも、SSクエストなら、クエストを始めるのに、少なくともピーターパンがひとり必要」
三輪が静かに指摘する。
「緋野は?」と俺
「彼女はエース級、能力も応用が効くから、さすがに削れない。それに、まだ候補だし」
「じゃあ、僕が出るよ」
唐突に通信が入った。
モニターに映し出されたのは、チャットウィンドウ。
そこに表示された名前を見て、俺たちは息をのんだ。
「浮水……!?」
彼はピーターパン部隊の一員。いまは冷凍睡眠中のはず――。
「浮水さん……いいんですか?」と美月。
「いま、僕が出るって言ったはずだけど」
画面の向こうで、浮水は相変わらず淡々としていた。
「よし、ならこれで決まりだな!」
一馬が拳を鳴らす。
「リーダーは浮水。メンバーは俺、天草、蓮、一馬、美雪!」
「ちょっと待って」
「ああ? なんだと」
「えっと、天草……かな。君はだめだ」
浮水の冷静な一言が、場を凍らせた。
「なんで!」と天草
「戦力的に。それに、君、さっきのクエストでも、みんなを守るために無茶ばかりしてた。そういう子は危なくて使えない」
天草は拳を握りしめ、震えながら唇を噛み締めた。
「……わかってるんです」
彼女の声は震えていた。
「私が力不足だってこと……みんなみたいに戦えないこと……足手まといだってこと……!」
握り込んだ拳が、白くなるほど強張っている。
「黒磯先輩を助けたい。でも、私は弱いから、邪魔になる……?」
彼女は俯きながら、肩を震わせる。
「無理して、何かを守ろうとしたら、それは"無茶"になるんですか……?」
俺は何も言えなかった。
天草は普段、控えめで人の後ろに立つことが多い。けれど、あの戦場では、誰よりも必死に動いていた。
皆を守るために、全力で戦っていた。
それを"無茶"と呼ぶのか――。
「じゃあ、どうすればいいんですか……?」
彼女は顔を上げ、涙を浮かべながら俺たちを見た。
「私が今できることって……何なんですか?」
答えられる言葉は、なかった。
「君はまだ強くなれるよ」
浮水が静かに言った。
「でも、今の君を連れていくことはできない」
「……!」
天草は唇を噛み締める。
「今のままじゃ、君はきっとまた無茶をする。そして、それが仲間の負担になる」
浮水の言葉は冷静で、淡々としていた。でも、彼なりの優しさが滲んでいた。
「だから、今回は俺たちに任せて」
天草は震えながらも、それでもなお、何かを言おうとした。
「……でも……」
けれど、その言葉は最後まで続かなかった。
彼女は瞳を閉じ、深く息を吸い込んだ。
そして、まるで自分に言い聞かせるように――
「……お願いします……!」
彼女は涙をこぼしながら、俺たちを見た。
「私の代わりに、黒磯先輩を助けて……!」
「ああ」
俺は静かに頷いた。
「俺たち5人で必ず助け出す」
待ってろよ、黒磯!水上!
天草の想いを胸に、俺たちは走り出した。
――作戦本部・廊下
廊下を歩きながら、蓮が冷静に問いかける。
「お前、本当にやれると思ってるのか?」
「やるしかないだろ」
俺は即答した。
「……ったく。なんで僕のまわりは前向きバカばかり……」蓮は肩をすくめ、前を向いた。
その時――
「監視されてるってこと、知らなかったの?」
背後から、静かな声が響いた。
振り向くと、そこには早乙女美月副指令が立っていた。
「副指令……!」
「あなたたちの行動は、逐一監視しているわ」
彼女は淡々と告げる。
「それに、クレイドルのある部屋も、私の権限で開閉が制御できる」
「じゃあ!」
俺達は立ちすくむ。
しかし、次の瞬間、
「許可する」
と、早乙女美月の声が廊下に響いた。
「え、いいんですか?」
遠野美雪が不安げに聞く。「副指令……これって規律違反になるんじゃ……?」
「なるわよ」
美月は淡々と答えた。「それでも、これが"大人の役割"よ」
「早く行きなさい。時間は限られている。龍崎指令が気付いたら、上位権限で部屋を封鎖される」
彼女の言葉に、俺たちは何も言えない。
「無駄な戦闘は避けること。それと、私からの追加のミッションよ」
彼女は続けて言った。「必ず生きて、7人で戻りなさい」
「はい!!」
その声に背中を押されるように、俺たちは動き出した。