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11-8: Duel in the Shadows(浮水の戦い・前編)

夜の渓谷に、風の音だけが響いていた。

先へ進んだ灰島賢たちの気配が遠のき、静寂が広がる。

広目と向き合ったまま、僕――浮水彪うきみずひょうは双閃刀を下げたまま動かない。

「さて、どこから始めようか」

広目が岩壁に張り付きながら、楽しげに笑う。

「お前、本当に"俺が一番倒しやすい"と思ったんだよな?」

「うん」

僕はあっさりと答えた。

「君の戦闘スタイルは、敵のデータを蓄積して戦闘力を上げるタイプ。でも、データが揃う前に倒せば意味がないよね?」

「……ククッ……面白ぇ」

広目は巻物を広げ、筆を握る。

「じゃあ、試してみるか? 俺が"戦況を記録するだけのデータ収集屋"なのか、それとも――」

筆を走らせた瞬間、周囲の空間が歪んだ。

「記されし運命の檻よ、我が敵を縛れ」

ズシャァァァ!!

地面と空中に無数の呪糸が張り巡らされ、一瞬で渓谷全体が蜘蛛の巣のような領域へと変貌した。

「お前が、ここから"出られない"ってことをな」

僕は周囲を見回す。

透明に近いが、僅かに空間の歪みが見える。

細いが強靭な糸が張り巡らされており、軽く触れただけで捕らえられそうな気配があった。

「なるほど、これが君の戦場ってわけだね」

「察しがいいな」

広目は岩壁の上から見下ろしながら、不敵な笑みを浮かべた。

「この呪糸は、"敵の動きを制限するための罠"じゃない。"俺にとって都合のいい情報を蓄積するための布陣"だ」

「……?」

「お前がこの中でどれだけ動いたか、どんな技を使ったか、すべてこの糸が記録し、俺にフィードバックする」

広目は筆を回しながら言う。

「お前が技を出せば出すほど、俺がそれを学習し、動きを先読みできるようになる――そういう仕組みだ」

「ふーん……つまり、"先に倒せば"問題ないってことだね」

僕は淡々とした口調で言った。

「言っただろ? 君が"最も早く倒せる"敵だって」

「……」

広目の笑みが少し引きつった。

「調子に乗るなよ」

筆が走る。

「第一の陣――幻影蜘蛛の絆」

シュバァッ!!

僕の足元に黒い呪符が浮かび上がり、無数の糸が一瞬で絡みついた。

「ほう、かかったな」

広目は薄笑いを浮かべる。

「見えてても避けられねぇんだよ。これが"記された運命"の檻ってやつだ」

「……なるほど」

僕は腕や足に絡みつく糸をじっと見つめた。

そして――

「……で?」

「……は?」

「これで、僕の動きが止まると思った?」

スパァン!!

次の瞬間、双閃刀が閃き、全ての糸が一瞬で切り払われた。

「なっ……!?」

広目が驚愕する。

「"張られた罠に引っかかったふりをする"のは基本だよね?」

僕はふわりと微笑んだ。

「それで、次は何をする?」

「……ハッ」

広目は息を吐き、唇を舐めた。

「いいねぇ……これは、思った以上に楽しめそうだ」

「僕は別に楽しむつもりはないよ」

「そんなつれねぇこと言うなよ」

広目は再び筆を走らせる。

「第二の陣――万象封縛」

ズバァァァ!!

今度は無数の呪符が宙に舞い、広目の周囲に六角形の陣が浮かび上がった。

「この戦いは、もう俺の支配下だ」

広目は腕を広げる。

「ここからは、お前の技は俺に記録され、動きはすべて先読みされる」

「……うん」

僕は双閃刀を軽く回しながら、淡々と答えた。

「で?」

「……は?」

「だから、君は"記録する"のが戦闘スタイルなんだよね?」

僕は呆れたように首を傾げた。

「それってつまり……"記録する前に倒せば関係ない"ってことじゃない?」

「……」

広目の眉がピクリと動いた。

「言っただろ? "最も早く倒せる敵"って」

僕の双閃刀が閃く。

「じゃあ、そろそろ終わらせようか」

ヒュン!!

僕の姿が一瞬で消えた。

「……!!」

広目が慌てて筆を走らせるが――

ズバァァッ!!

広目の肩口に、一閃が走る。

「ぐっ……!!」

「"記録"は便利だけど、"記録する前に圧倒的な速度で攻める"のが、君の最大の弱点だよね?」

僕は静かに言った。

「さて……"記録する暇"、ある?」

「この……っ……!」

広目が顔を歪める。

「はっ、いいぜ……! やっと戦う価値が出てきた!」

彼は呪符を大量に空へと放り投げた。

「ここからが、本番だ……!」

ズシャァァァ!!

空間全体が、真っ黒な糸で埋め尽くされる。

「この領域に入った以上、お前はもう俺の掌の上だ!」

「そっか」

僕は肩をすくめ、静かに双閃刀を構え直す。

「じゃあ、僕も"本気で終わらせる"よ」

* * * * *

――同時刻。

意識が揺れる。

身体が冷たい。

重い瞼をゆっくりと開けると、視界に映ったのは黒い天井だった。

天井……? いや、違う。

これは――岩だ。

薄暗い空間。ここは……洞窟……?

「っ……くそ……」

喉が渇いている。全身が軋むように痛い。

腕を動かそうとすると、手首に硬い感触があった。

「……なんだ、これ……」

手錠……か?

いや、それよりも重い。

首も、何か冷たい金属で縛られている。

まるで――檻の中にいるような気分だ。

「ようやく目が覚めた?」

声がした。

どこか聞き覚えのある、気怠げで、それでいて冷たい声。

俺はゆっくりと顔を上げた。

驚きと混乱が、一気に押し寄せる。

影が、こちらをじっと見下ろしていた。



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